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某月某日 因縁は信じるも信じないも 03

 遭難未遂事件の翌朝、オクサンの髪は一晩でまっ白になっていた、なんていうことはさすがになかったものの、それからしばらくの間は、彼女も静かに過ごしていた。

 さすがに子どもらの引率者としてかなり軽はずみな計画であったと感じていたし、無事に帰れたのも本当に幸運であった、と。

 それに、自分や子どもにもしものことがあったら。同居中の年老いた両親もまだ介護が必要、ということもあって更に行動には慎重になろう、とそれなりに年相応の反省。

 夫からも、心配はされたもののそれでもよかったねー程度でどうやら暮らしも落ち着きを取り戻し……それで済んだと思っていたのだが。


 まず一ヶ月後。夫がローカル新聞の記事をオクサンに見せた。小さな事件事故のエリア。


 何と、ハイキング客が近所の山で行方不明、一夜明けて尾根近くに遺体で発見される。

 それは彼女が子どもらと辿った尾根道のすぐ近くだった。

「すごいねー、今まであの山で遭難なんて聞いたことなかったのになー」と記事を読んでいた夫。オクサンは、亡くなった方は気の毒に感じ、ちょっと腕に鳥肌は立ったものの、へー、やっぱりあの山そこそこ危険なんじゃね? 程度の感想。


 その頃までには、懲りないオクサンはついに我慢しきれずまた、創作文章を書いては投稿を繰り返していた。あれほど天に誓ったのに、と自身で突っ込んではみたものの、いくら素人とは言え、やっぱり書くことは止められない! と。


 更に一ヶ月後、同居の父親が風呂の事故で急死。


 それ自体かなり衝撃的な出来事であったが彼女、葬儀まで済んで少し落ちついた時、ずっと引っかかっていた事実を改めて再認識する。


 遭難未遂の日は、本来ならば買い物に行ってごちそうを作る予定でいたのだった……その日は、父親の誕生日だったから。

 午後早く買い物に出かけ、父が好きな寿司でも巻こうかと最初は思っていた、確かに。しかし書き物に夢中になっていたせいで、買い物自体を忘れていたのだった。

 そして下山がすっかり遅くなったせいで、その晩は特に誕生日のお祝いはしていなかった。

 心の奥底に、既に静かな廃人と化した父親は自分の誕生日すら把握していないだろう、というつぶやきが聞こえていたせいもある。


 父親が亡くなってしばらくしてから、急にすべてのことがつながり合って彼女の中でぐるぐると廻り始めた。


 本当ならば記念すべき『その日』に無計画に山に入ったこと、自分の創作最優先の暮らし、誓いまでたてたにも関わらずそれをいとも簡単に破ったこと、それらが父の事故死とどこかで結びついていたのでは、と。


 子どもらと自分の身代わりになってくれたのでは、とそこまで思い詰め悶々としていた矢先、今度は長男が困った顔をしてこう言ってきた。

「こないだ、山で撮った写真さ……」

 山登りの時に、携帯で撮った何枚もの写真をSDカードに移し、それを更にPCに移してからビューワで確認しようとしたのだが

「何か、うまく撮れてないみたいで」

 オクサンも確認。すると、最初の方から数枚いったあたりで画像に黒や灰色の横縞が入り、ほとんどのデータが壊れていた。たまたま一緒に移動させた別の日時の写真には全く損傷はない。

 山登りの日の写真を、彼女はためらいもなく全て消去した。



 それから彼女は完全にペンを折った、ということならばこのお話もなかったことになりますでしょうが、不幸にも、というか幸運にもというか……彼女はそれからもダラダラとではありますが、書き続けているのですねえ。


 そして、父親が亡くなってちょうど1年も過ぎたということもあり、このお話を披露したというわけで。



 結局、何度も繰り返すのですが人間の世の中で一番恐ろしいのは、生きている人間のやることなすこと、考えることなのでは、とそこに落ちつくのでは。

 そして恐ろしい、ということは非常に魅惑的でもあり。

 喜怒哀楽に結びつく全ての情動は、表現者をつき動かすエネルギーにほかならないのです。

 そんなモロモロがある限り、我々書くことにトリツカレタ人びとは、書くのを止めることができないのでしょうね。


 とオクサンは案外からっとした表情で、そう語るのでありました。




<完> 


 ほのぼのとグロく、書き散らかしました諸々、今までお読み頂き本当にありがとうございました。

 ご縁がありましたらまたどこかでお会いしましょう。

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