幕間
「ラ〜ラララ〜ラ〜♪」
暖かい陽光が刺す庭園に歌声が響く。
あたりには色とりどりの草花が生い茂り、なんとも幻想的な香りを漂わせている。
男はその中、楽しそうに歌を歌い花たちに水やりをしている。
「はぁ……。今日も綺麗に咲いてるわぁ……!」
彼の名は花綵茉莉。
「悪辣の十将」の1人にして、「綺語の勇者」。
水やりをしていた容器を地面に置き、しゃがみ込みながらそっと花に手を添える。
「ふふふ。これだけ綺麗に咲けばあの子達もきっと喜ぶわねぇ。
あー、早くあの子達をここに呼びたい……ん?」
ふと、茉莉はあるものに視線が止まる。
美しい花々の中にある異質なもの。
人骨だ。
肘から上の腕の骨が、こちらに手を伸ばすような状態で地面から生えている。
茉莉はそれに手を伸ばし、引き抜く。
ズボッ、と音を立てて引き出されると、地面に埋まっていた上腕骨の部分が露出する。
しかし、それは肩甲骨とつながる関節部はなく、途中から無理やり折られたように半分以上が消失していた。
「あらあら……、分解されずに残っちゃったのねぇ。
やだわぁ、景観が壊れるじゃない……。完全に地面に埋めたと思ったのに」
そう言ってため息混じりに茉莉は指を鳴らす。
すると突然、地面から植物が生えてくる。
見た目はウツボカヅラのような袋状の葉がついている。
しかし異質なのはその大きさ。袋のみで茉莉の身長と同等くらいの大きさがある。
茉莉はその袋の中に手に持っていた人骨を投げ入れる。
そのまま、植物は袋の蓋を閉じ地面の中に潜っていった。
「ここでは死体も余すところなく使われる。
なんで自然に優しい楽園なのかしら……!」
色とりどりの草花が生い茂る庭園。
しかし、それらの植物が色鮮やかに生い茂る栄養分は茉莉が殺した人間の死体から得られていた。
そしてその植物は庭園を超え領土中に広がっていた。
ここは元帝国領土の東に位置する「レグルス地方」。
帝国の人々が多く暮らす「ミルド街」を中心に、帝国の中でも随一の人口密度を誇る領土だった。
しかし、現在は植物が辺り一帯に生い茂り、かつての様相は見る影もない。
家屋には蔦が絡まり、石レンガの道からは木の根が突き破り道を塞ぐ。動物はいない、あるのはただ鮮やかに咲き乱れる植物のみ。そして、その下で植物の養分となり、分解され朽ち果てることを待つ死体の山だけである。
そんな楽園に……。
1人の男が訪ねてくる。
「……よぉ……。邪魔するぜ……」
数日前、楓の前に立ち塞がり圧倒的な戦闘力を見せるも魔王の一撃を受け撤退した勇者、本多景晴である。
「あら……景晴ちゃん……」
突然現れた景晴に視線を向ける。
あれだけの攻撃を受けたにも関わらず景晴の体に傷ひとつない。
その代わり筋肉異様なまでに肥大している。常に脈動を続け、若干赤みがかっている。
景晴はその筋肉を制御できないかのようにふらふらとした足取りで歩き顔色も悪い。ほんの少し気を緩めばそのまま地面に倒れ込みそうだ。
「随分やられたのねぇ……まったく……どうしようもないんだから……。
"誰もいない庭園"」
その言葉と共に景晴の地面から無数の蔦が生えてくる。蔦には無数の針が生えており、景晴の全身に針を突き刺しながら絡みつく。
「う……ぐぅ……!」
無数の針が全身に突き刺さり、小さく呻き声を上げる。
そして、肥大化した筋肉が少しずつ、少しずつ縮小していき、最後には……。
「よし! こんなところかしらね!」
と、一言発したのち、蔦が景晴の体から解かれ地面に戻っていく。
蔦が解かれた景晴の筋肉は、脈動が治り、血色も常人と変わらない色合いに戻っていた。
茉莉のギフト、"誰もいない庭園"は、あらゆる植物を使役し操る力。
石造りの家屋を破壊する大樹も、人体を分解し吸収する食肉植物も、使い方によっては人を癒すことができる毒を分泌する植物まで。種類は多種多様である。
「ふぅ……助かったぜ茉莉」
「まったくもう。戦いに行くのは勝手だけどね? 元の状態に戻れないほどダメージ負わないでよ。
私の植物の鎮静剤が無ければあなたそのうち死ぬわよ?」
景晴のギフト、"壊れかけの闘志"は与えられたダメージを自らの筋力にする力。ダメージを無効化しているわけでもなく、修復しているわけでもない。ダメージの総量以上の筋肉をその場で生成しダメージを無理やり帳消しにしている能力。当然痛みは感じるし、ダメージを受け過ぎれば自らの筋力に押し潰されまともに動けなくなってしまう。
景晴は筋肉が一度肥大化すると自分では元に戻せない。
だから大きなダメージを受けた後は茉莉のもとを訪れ鎮静剤をもらっている。
「わるいわるい。今回はここまでやる気じゃなかったんだかなぁ。
魔王、噂以上だったわ」
「だーから言ったでしょ? あいつは私たち以上の化け物だって。それこそ太陽ちゃんくらいしか対応できないでしょ」
「よく言うぜ。俺たちの中で1番喧嘩売ってんのはお前だろ?」
「だってー、あんな殺風景の土地誰が喜ぶのよぉ〜。お花で満たされた方が絶対に綺麗になるわ! むしろ感謝してほしいわね!」
「おうおう、そうだな。そのお花たちが毒を分泌する危険植物じゃなけりゃの話だがな?」
たわいない小言、たわいない会話。地べたに座り込み会話する2人の間に広がる心地よい空気。集合会議ではみられない、屈託のない笑顔を見せていた。
「あ、そっだ。楓はどうだったの? 元々あいつと戦うために魔王領まで行ったんでしょ?」
「あー、あいつな? 大したことなかったな。力も技術的にも、どれも足りてねぇ。
セチアの部下のやつが節穴だったってことだな」
「あらそう? ちょっと興味あったんだけどなぁ」
「まあだが……妙な雰囲気のやつだったな……。
なんかこう……覚えがあると言うか……歪……とういか……」
「ん?」
「まあいいやどうでも。俺は吹っ飛ばされてどうなったか知らねぇが、魔王に睨まれて生きてるわけねぇだろ」
そう言う景晴はあぐらで組んでいた膝を叩き立ち上がる。
「あら? もう帰るの? せっかくお茶淹れようと思ったのに……」
「悪いな。俺も領土を開けてきちまってるからな。また今度にするよ」
「ふふふ。そう。
それじゃ、また今度」
景晴は最後に茉莉に向かって手を振り、庭園を後にした。
茉莉もまたその姿に手を振りかえす。胸の奥に感じるわずかな痛みを抑えながら。




