◇13 あるほしのおとぎばなし
「……と、いうわけだ。あらかたのことは話せたな」
着陸を無事に終え、おとぎ話も語りきった俺はリサにすべてを話した。憶えているかぎりの、この惑星で体験したことぜんぶを。
真剣に聞き入るリサの表情は大人びていて、記憶にあるこいつと暮らした日々がまた遠くなったような気がした。
「俺はクロエのおかげでいまもこうして生きている。そして彼女と出会い、斜に構えて生きることをやめたんだ。……『大人』という存在が嫌いだった俺だが、ほんのすこしだけ大人に近づいた、そんな瞬間だったのかもしれない」
窓の外に目がいく。ごみ惑星はあのころとまるで変わらない、赤茶色の大地と空が広がっている。
「クロエっていう人は、ドロイドだったのね」
「……いや。案外そうとも限らんぞ」俺はリサに続けた。
「クロエが正気を失っているあいだに閲覧した大型端末だが、そもそもあのたぐいの機械には地理情報が保存されないらしい。だが彼女は惑星の地形どころか、奇岩の下、地中構造まで語っていたんだ。もしかすると、本当に『惑星の精』だったかもしれん……なーんてな。ははは」
「ようし、俺はぜんぶ話したぞ。リサお前が隠していることはなんだ」
リサは俺を見据えていちど息を吐き、ゆっくり口をひらいた。
「……あるうわさを耳にして。親父さんのこと……あなたが『人殺し』だっていう」
彼女は言ったすぐに謝った。
「ごめんなさい。いきなりこんな話を……。たしか三か月くらい前だった。新規で開拓した星域に馴染んできたとき同業者から言われたの。『あんたの師匠のユーリは、むかし仲間を三人殺した人殺しだよな』って。私びっくりしてあちこち聞きまわったわ」彼女は続けた。
「実はそのうわさは以前から囁かれていて、『少年時代のユーリが、投棄座標のごみ惑星で船員を殺した』とかいう内容だった。……頭によぎったのは、親父さんが語ってくれた『おとぎ話』……。余計に気になって、もしかしたらなんて酷いことも考えはじめて、私は居てもたってもいられなくなったの」
「親父さんと偶然会ったなんてウソ。あなたの行方を調べて、先回りして宿泊所のロビーで待った。そわそわするうちに近くの花屋でガーベラを買っていた。それから親父さんを見つけたの……。親父さん、疑って本当にごめんなさい」
涙ぐみながらリサは隠していたことを話してくれた。俺は「大丈夫だ」と言い彼女をなだめた。
不自然に思えたあらゆることがようやく腑に落ちる。と同時に俺がおとぎ話を語るあいだこいつは不安でしかたなかったのだ。亜麻色をした髪の頭にそっと手を置きたくなったが、やはりやめた。
「……ったく。マークの野郎、うっとうしい置き土産を残しやがって」
「マークって、クロエをしっている船員のこと?」
俺はうなずいた。
「ああ。やつはダグラスたちの死を、俺になすりつけたんだ。クロエの懸賞金は期限切れで金をもらえない可能性があった。エル国との交渉も面倒だ。しかし人は死んでいる。……マークはクロエの存在を記録から消し、俺が三人を過失で殺したことにすることで保険金を手に入れた。そのうえで俺を雇い続けまわりから同情を得た。マークとおさらばできたときには、俺のうわさは尾ひれがついて『仲間を殺した少年』になっていたのさ」
「……ひどい話」
「ふっ。俺のうわさなど気にするな、お前はお前で生きれば良い。どうせ商売敵がリサを叩けるネタを見つけたとか思ったんだろうよ。いっそ俺と縁をきるのもありだぜ」
「ううん親父さん。そんなこと私はしないよ。逆にみんなに伝えたいくらい。親父さんが見た本当のこと、クロエのことをね」
「おいおい……」
俺は思わず、人差し指で頬をかいた。
惑星の大地を車輪で駆け抜ける。貨物船に備えつけていたローバーがここで役立つとは考えもしなかった。悪路のような地面もかすかにゆれるだけ。備品をケチらなくて正解だった。
「親父さん、目的地は?」
「まだだ。あと一〇分程度は走るかな」
俺が『惑星のある場所』に向かうとリサにに伝えると、彼女は同行を望んだ。ローバーを猛スピードで走らてせそろそろ三〇分が経つ。
「リサ。……お前に『おとぎ話』を語ったのは俺のためなんだよ。過去の思い出は長く生きるうちに記憶から溶けていく。忘れたくない瞬間もだんだんあいまいに滲んで、終いにはわからなくなる。お前がおとぎ話をせがみ、俺の口からとっさに出てきたものは、クロエという女性と過ごした『あの日々の思い出』だった。急ごしらえなお話だが、俺はある程度満足している」
「どうだった。出来はよかったかな」
「もちろんよ。だってあのお話を話してくれる親父さん、とても輝いていたから」
リサは柔らかく頬笑んでいた。そうして俺の手元を見る。
「それ、気晴らしのつもりで買ったけど、役に立ちそうでよかった」
「……うむ。ありがとよ」
俺のハンドルそばのドリンクホルダー。そこには透明な小箱に入った『青のガーベラ』があった。
きみに花を渡す――しばらく走るうち地平線からは巨大な岩の先端が顔をだしていた。
ローバーのエンジンを切った。ここはクレーター状のくぼみが広がる大地。フロントガラスのさきに、クロエと別れたあの奇岩がそびえ立っている。
「じゃあ、いってらっしゃい」
見送るリサの声を背に、船外服を着た俺はローバーのドアを閉めた。歩きだす。
奇岩の根元には穴があった。近づくにつれて地面の傾斜はきつくなり屈折率のちがう気体がそこに満ちている。おそらくクロエが言っていた『腐食性のあるガス』が奇岩の穴から湧きでているのだろう。すでにヘルメットを閉めているこの船外服は腐食ガスに強い設計だ。
穴に入ると内部はまるで洞窟だった。ヘルメットについたライト以外に光はなく、入り組んだ道を進むうち、ひらけた空間につきあたる。
そこはクロエが落ちていった暗闇のなか。岩のようにぼこぼこな壁面は、色も形も失ったごみたちのなれの果てだ。暗闇の穴はさらに下層へと続いているようだ。
慎重に進むと右上の突起にミイラ化した人間が引っかかっていた。服装からして貨物船の船員だとすぐにわかった。
そして、俺は足をとめる。
きみはいた。そこに。
壁にもたれ、足を投げ出した姿で、クロエはまぶたを閉じ静かに座っていた。衣服はほつれ頬の一部や腕についた傷からは機械の部分が露出していた。だが彼女の面影も姿も、過ぎた年月を感じないほどに、美しかった。
思わす息をのんでしまう。でも、俺は言う。
「クロエ、きたよ。ユーリだ。遅れてごめん」
船外服のポケットから、透明な小箱に入ったガーベラを取りだす。小箱をあけた。
「約束したよな。花を渡すって。このガーベラはランチボックスにあった黄色じゃないし、根っこもないけどさ、きみも好きな色だと思う。花の命は短い。だから、大切にしてほしい」
ガーベラをクロエに差し出した俺は、彼女の右の手のひらにそっと置く。もろくなっているはずだから、そっと。
眠ったように動かないその顔は、穏やかで、ほのかに笑っているようだった。
「おかえり、親父さん」
ローバーに戻った俺をリサが迎えた。
ドアを閉め、エンジンをかける。
リサは言う。
「ねえ親父さん。もしさ、きょうのことをおとぎ話に加えたら、どうなるの」
「うーん。……そうだな」
来た道筋をローバーで走りながら、俺は語る。
――長い月日がたち少年はふたたびごみの惑星にやってきました。女性と再会できた彼は、彼女に約束のお花を渡します。
少年と女性がいるごみの惑星は、きょうも美しく輝いていました――
おわり





