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5 最終話

 太陽の光がオレンジ色に染まった。町に入ってきた最終便の馬車が停車場に入っていくのが見えた。ヨゼフは冷たい汗を流しながら麦藁帽子を深く被る少女の口元をずっと見ていた。どこか嫌な予感がしながらも、それを確かめる気にはなれなかった。


「去年のことです。気が付けば私は外の世界にいました。ブルジット山脈ではない別の場所に今の服装でいたそうです。私は生まれた記憶は勿論( もちろん )のこと、育てられた記憶もありません。そして今の自我を持ったのと同時に今のこの姿で外界にいる。それしか分かりませんでした。なぜ言葉が話せるのかも分かりません。そして目の前には魔女がおりました。魔法使いではなく魔女です。どうやら彼女が気まぐれに私を召喚したようでした。そして、私の周りにこびり付くお母さんの記憶の断片を読み取り、私にお母さんのことを伝えてくれました。お母さんの名前は分かりません。お父さんの名前も。ただ、少なくともわかっているのは、お母さんはこの町から馬車に乗って、王都へ向かい、それからブルジット山脈へと( おもむ )いたと言うこと。ここに来れば私はお母さんのことを待っているお父さんに会えるかもしれない。そう思ってここに来ました。

 話が長引いてしまいましたね。ごめんなさい。わざわざ見ず知らずの私の話を聞いてくれてありがとうございます。あなたがこの三ヶ月間ずっと停車場に立っていらっしゃったものですから、私のように誰かを待っているものかと思っていたのです。どこか親近感がわきまして、お話、といっても愚痴を吐けたらと思った次第です。

 私の分のお茶代、こちらに置いておきますね。お話を聞いてくれてありがとうございました」


 少女は机の上に銅貨を置いて椅子から立ち上がり、ヨゼフに背を向けた。ヨゼフはカタカタと身体を震わせながら、安定しない声で少女に尋ねた。


「き、君。名前は……?」


「名前は……。まだありません」


 少女はゆっくりと振り返った。今まで麦藁帽子で隠れていた少女の顔は、椅子に座ったままのヨゼフから丸見えになっていた。


 二重( ふたえ )だった。


 鼻は整っていた。


 目は宝石のように( あか )く輝いていた。


 特徴のない黒髪だが、風にたなびくその髪は、夕日にあたり、光り輝いていた。


 その少女の顔つきは、若い頃のシェリーそのものだった。


「師匠から名前はお父さんにつけてもらいなさいって言われてますから。それでは失礼しますね、おじさま。私はお父さんを待ちますから」


 少女はスカートの裾を引きずりながらそのまま駅へと向かっていった。


 ヨゼフは震える身体でその背中を見つめることしかできなかった。

 異世界の“ウマヤ”を舞台にした小咄はここまでにしておこう。

 さて、読者諸君、如何だっただろうか?

 満足いただけたのなら作家冥利に尽きるというものだ。


 だが、不満を抱く読者だっているかもしれない。その不満の原因はホラーというよりも異世界物と見えてしまったからかもしれない。


 そんな読者のために最後に一言付け加えよう。


 語り部の少女は裾の長すぎるスカートを履いている。では、そのスカート、一体どこで手に入れたのだろうね……?

 そもそも彼女は記憶を失う前まではどうやって生きてきたんだろうね……?

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― 新着の感想 ―
[一言]  仮説は立てど、確信には至らない。与えられた事実に薄ら寒い感情を抱きながら、真実には至らない。"判らない"ことへの恐怖を抱きました (それがホラーなのですがね……)。  彼女は、"娘"だった…
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