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彼の功績

 レミリアさんが自然と泣き止むまで、僕は動かずにいた。気持ちを吐き出すっていう点では、中途半端の方がまずいしね。


 彼女からしても急に離れられるとまた恐怖が戻ってくるだろうから無理だね。ここは大人しくしておこう。


 で、泣き止んでから。


 離れたのが分かったので「えっと、とりあえず携帯電話の電源入れていい? 時間分からなくて」と訊いてみる。

 それに対し若干困惑気味で「え、い、……よ」と返事が返ってきた。まぁさっきまで叫んでいたし、声が涸れているのは当然か。


 長期戦にコーヒーしか買ってこなかったなと思いながら電源を入れて時間を確認する。見たら9時だった。


「ありゃ、夜の9時だ。3時間もここにいたってことになるのか」

「! ……う…………か」


 あ、レミリアさんの声が聞こえにくい。ただ、本人がどう思っているのか分からないけど。

 とりあえず病院へ連れて行こうか。というか、元々それが目的で彼女探したんだし。


 あーやっと帰れるなんて思っていると、電話が鳴った。見ると姉さん。


 逡巡したけど、とりあえず出ることにした。


「どうしたの姉さん? なんか電話の頻度凄かったみたいだけど」

『どうしたの? じゃないわよ連! あんた、今どこにいるのよ!!』


 うるさいので携帯を離す。なんで普通の姉のように振舞っているんだろうかこの人はと思いながら。

 確かに自覚させたのは僕だ。だけど、正直言って、遅すぎる。姉さんが大人じゃないならまだ分からなくはなかったんだろうけど、社会人になってから今更親族のことを気にするのが。そんなことより自分の将来及び彼氏について考えて欲しいと身内からしたら思うんだけど。


 でも今冷たく突き放すとまた面倒なことになりそうだなぁと思った僕は「今忙しいから帰ってから説明するね。じゃ」と電話を切る。……結局冷たい感じになったなぁ。


 携帯電話の履歴を見たところ、電源を切ってから30分ごとに姉さんからの電話が来ていた。正直言ってストーカーみたいだ。実の姉に対する感想じゃないけど、ね。


 困ったものだなぁと思いながら息を吐いた僕は、首を回してから「そろそろ戻ろうか、病院へ」と提案する。


「……い」


 ひょっとして了承したのかな? そう捉えた僕は、立ち上がってレジ袋を手に持ち、「じゃ、行こうか」と彼女の顔を見ないように言った。見られたくないだろうし。


 で、彼女の状況を冷静に思い出した僕はレジ袋に入っていたパンを取り出して後ろに向けた。


「食べてないでしょ? あげる。この時間だけど、お腹空いてるでしょ? 感情の発露って結構エネルギー使うから」

「……あ」

「あ、飲み物はコーヒーしかないから飲ませられないかな? 寝不足になられても困るしね」


 ならとりあえず救急車…呼んで良いのかな……やっちゃうとアレな気がする。

 やるとしたらタクシーだろうか。そう思った僕はタクシー会社に電話をかけて一台要請する。お金だいぶかかるけど、まぁしょうがない。財布内で払える距離……のはずだから。うん。


 タクシードライバーは珍しい職業になってきてるし、そもそもタクシーに使われている自動車自体の数が少ないので割高になるのも仕方がないのかもしれない。

 深夜料金もこの時間帯からすでに発生するんだっけ……と思いながら彼女に向けていた手からパンが無くなったのを確認したので、手を戻してから「振り向いても大丈夫?」と訊ねる。さっきからの反応で、どうやら僕に見られたくないようだから。


 ……ま、みてるんだけどさ。


 対峙してたからばっちりだ。裸足だったなんて驚いたけど納得できた。急いで逃げたのならそうなるよ。

 服装はまぁ、病衣じゃないだけましなのかな? 何日も着ている服なんだろうけど。


 それぐらいで特に顔立ちとかは注視してないから大丈夫……だと思いたい。彼女がどこまで気にしているのか分からないけれど。


 今更ながらどうなんだろうと思いながら返事を待っていると、彼女は黙って僕の手を立ち上がって握った。どうやら見られたくないらしい。


「じゃ、とりあえず降りようか」


 その彼女の意思を酌んで、僕は振り向かず事情も訊こうとせずにそのまま歩き出した。



 そのまま山を下りて道に出てきた。タクシーはまだ来てないらしい。道が迷いやすいからだろうか。まぁ今はその方が都合が良いかな。

 とりあえずそのまま近くの自動販売機へ向かう。彼女裸足なんだけど……うん。


「ごめんね」


 ここで彼女を一人にするのは良くない気がしたので引っ張っていることを謝りながら自動販売機に近づいた僕は、お金を入れて水を買う。

 ゴトンと落ちてきたペットボトルを取ろうと、缶コーヒーが何本か入ったレジ袋を地面に置く。そのまま取り出して振り向かないで「はいどうぞ」と水を渡す。


 彼女は特に何も言わないでそれを取り、僕の手を一旦離して両手で水を飲み始めた。だいぶ水分を摂取していなかったのか、それとも叫び疲れてのどがカラカラだったのかは想像するとして、ゴクゴクゴクと一気飲みしていた。その間も僕は振り向かなかった。


 水を勢いよく飲み干したらしい彼女は、自分で自動販売機の横に設置されているごみ箱に捨てる。そして、そのタイミングでタクシーのヘッドライトがこちらを照らした。


 ああ来たんだ。素直に僕は安堵し、「じゃ、行こうか。病院まで」と彼女に提案した。


「は……い」


 水を飲んだおかげか、彼女の声が聞こえるようになった。うん。良かった。

 このまま声が聞こえなかったら意思疎通が大変だったし。色々と弊害が出てくる可能性もあるし。


 まだ掠れているけど。内心で僕は現状を把握しながら、後部座席の方に彼女を先に乗せてからその隣に乗ろうか迷って、結局レジ袋を挟んで隣に乗り込んだ。どっちが負担にならないか考えた結果。

 シートベルトをしたのを確認してから「総合病院まで」と短く行き先を告げた。


「かしこまりました」


 運転手は詳しいことを聞かず、自動車を走らせ始めた。



 タクシーの中。静かな車内。僕達は一言も交わさない。彼女をちらりと見たときは俯いたまま。だから僕は窓の景色を眺めていた。


 夜の景色。街灯は多々あれど、静まり返った町の中。家の形は影しか見えず、またスピードがあるため景色が飛ぶ。


 昔はこれが普通に行き交っていたんだよなぁと思いを馳せながら、僕は原因を推測する。


 とはいってももう予測出来ている。十中八九あのバカが懲りずに病院へ行ったからだ。

 胸の奥に灯る。ここ最近戻ってきた狂気が。人一人壊そうがどうでも良くなる、むしろ壊したくてたまらない僕の狂気が。


 呆れる。苛立つ。嘲笑する。腹立つ。煮え立つ。憐れむ。それら負の感情をいつも通り(・・・・・)沈めていく。今まで通り。今まで通りだ。今回はちょっと制御が甘くなったけれど、これからは多分、大丈夫だろう。何かのきっかけでバランスが崩れてまた暴れだすだろうけど、完璧じゃないのだから仕方がない。理由次第では僕に非はなさそうだし。


 そんなことを考えながら窓の景色を眺めていたところ、「到着しました」との言葉と共にタクシーを止めたので、我に返る。


「ありがとうございます」

「料金はこちらです」


 うっ。やっぱり高い……けれど、まぁ払えない額じゃない。

 必要経費必要経費。そう思いながら領収書を書いてもらいお金を払う。そして先に車から出る。

 彼女はその後に降りてきた。まぁ僕は様子をうかがえないので彼女の半歩先にいるんだけど。

 やぁぁっと今日という日が終わる。内心安堵した僕は後ろでタクシーが動き出した音を聞きながらレミリアさんをエスコートする形で病院の入り口をくぐった。



 看護師さんたちに引き渡して感謝されて。

 最後レミリアさんの病室まで付き添って、彼女に「ありがとうございました」と弱々しい声でお礼を言われたことに対し笑顔で返し。


 看護師さんたちの「傍にいてください」と言う言葉を振り払って病院を出てきた僕は、一人の男と対峙していた。

 分かっていた展開だったので無表情になった僕。この馬鹿はこの後どうするつもりなんだろうか。とぼんやり考えながら。


 で、まぁそいつは何か言っていた。終わっている人間の戯言に興味なんてなかったし、どうせ自己的な他愛ない話だ。まだ何とかなるとか希望を抱いてるのだろうと状況を整理してみる。正確に状況が理解できてない残念な思考の持ち主みたいだ。


 人間ってやっぱり一度簡単に成功するとこうなるものなのかなと無表情のまま憐みの感情を抱いていると、僕が話を聞いていないのが分かったのか叫ぶながら何かを取り出す。

 時間帯とか場所とか気にならないぐらいに切羽詰まってるみたいだ。自業自得だけど。

 思考は冷めたまま。敵は彼一人。さてどうやって壊してあげよう。まるでサディストのような思考で一歩踏み出したところ、僕の肩を「何か」が掠り、窓ガラスが割れた。


 ……持っていたの拳銃か。特に痛みがなかったので平然と正体を突き止めたら、「な、なんだよお前!?」と撃った本人が怯えていた。きちんと構えているのに、その腕は震えている。照準も定まっていない。

 そこまで怖いものを見た顔で見てくるなんて、一体どういうことなんだろうか。普通に銃撃してきた人に言われたくないんだけどなぁ。


 ああそうか。銃弾撃たれて死んでいた可能性があったのに平然としてるのが怖いのか。今そこまで思考が回ってなかった。

 これ以上撃たれるのも面倒だなと思ったけど、病院から警備員がわらわらと出てきて彼を取り押さえようと包囲しようとしたら、彼が突然吹き飛んだ。


 視線がそちらへ向かう。だけど僕はそいつが吹き飛んだ先ではなく、空を眺めていた。


 宙に浮いてフード付きのマントで全身を隠している、不気味な存在を。





『報告書


 今回当該地域を襲った集団洗脳事件について


 我々〈連盟〉によって判明した計画をそのまま使用した今回の件。しかし予想外のケースが重なったことにより計画通りに進行されなかったと推測できる。

 一つは対策を取られたこと。もう一つは当人にもともと効かなかったこと。そして最後に、イレギュラーが二人発生したこと。


 藤木花音と池田連。この二人の存在がこの計画を狂わせ、終息へと向かう切っ掛けになった。


 藤木花音は普段から活躍が耳に届いているので池田連の今回の行動をまとめる。


 彼は『閲覧制限』であるが、当人は気付いていない。おそらく、説明されてないからと思われる。

 彼は、この事件に巻き込まれる直前に気分が悪いといい保健室へ回避した。普段からは想像もできないが、身内が来ることに対する精神的プレッシャーに負けたと言っていた。信じやすいウソだが見極めがつかないのが彼らしい。

 彼は戻ってきてから周りに様子を合わせていたようだったが、何気ない会話により気付いたらしい。急いで体育館へ向かった。何を確認したかったのか分からなかったが、問いかけに答えられなかったところから考えるに異常に気付いていたようだ。

 二日目の彼は昨日とは打って変わって『普通』だった。気付いただろうにその話題をあえて触れないことで「日常」を送っていた。昼休みに一緒に話を聞いてもらった時にはすでに事件の概要を把握していた。

 三日目。彼は放課後に犯人からあることを告げられたらしい。が、それを平然と返したことから向こうですべての計画が狂い始めたとみられる。尤も当人曰く強がりらしいが。

 そして四日目からの行動は勉強、掃除、料理、と日常的に彼がやっていることしかやっていなかった。というより、彼が外に出るのを拒んだからそれしかなかった。


 以上がさなかでの彼の行動である。この中で気づいたことと云えば、彼は我々のように情報の信憑性を確かめるわけでもなく、事実と事実、あるいは他者の心理や状況などを鑑みての推測の精度が抜群に高い。中等部時代からもそうだったが、流石の一言に尽きる。当人は謙遜している。

 また、幼い頃からの家庭内事情により彼の心は闇に染まっているようだ。一緒に行動を共にしていた時には違和感がなかったが、今回の件で彼が身内の心を折ったと発言したり自分を「戻った」「壊れている」などと発言していることでようやく気付けた。〈連盟〉に所属している身としては屈辱だが、素直に称賛したい。その上で彼にこれ以上笑顔の裏に闇を抱えさせた場合、どこにどんなことが起こるのか予想が困難なので、下手に刺激しない方が良い。


 以上で池田連に対するこの件の報告を終わる。なお、個人的感情であるが、池田連の情報に関する取引は今後禁止して頂くことを進言する』



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