126話
エルフ、と聞けばどのような印象を抱くだろうか。
清廉、潔白、誇り高い、自然を愛する、優れた容姿、不老長寿。様々な美辞麗句が浮かび上がることだろう。実際、セイが当初抱いていた印象はこれらだった。
だがシルフィン共和国のエルフ種はこれらとは逆を行く。
己の面子を守るためならば他を貶める傲慢さ、自然を破壊し文明を追及する姿勢、他種族を見下すことで優越感を見出す醜い習性を持つ。容姿が優れていること、長寿であることだけはイメージと一致していたが。
「いいか劣等種ども。貴様らの役目は花樹林の全容を知るためのセンサーだ。何としてでも進め。何を犠牲にしてでも奥へ行け。それすらできぬ馬鹿どもに生きる価値などない。貴様らはただ生まれただけで罪なのだ。我らのように『黄金』の特徴を持たないゴミクズ共が! 立ち止まるな、急げ、歩くな、走れ!」
エルフの軍人は厳しい口調で命じる。
ようやく車が止まったかと思えばこの調子だ。荷台に積みこまれていた虚ろな人々は淡々と命令に従い、セイとディースもまた大人しくついていく。
常に監視されているため、こっそり逃げ出すのも難しいだろう。エルフの軍人たちは武器こそ所有していないが、全員が精霊を所有している。下手な行動を見せれば魔法で袋叩きにされるのが目に見えていた。
(お? 魔力封じが消えたね)
セイはここで首輪の機能、魔力抑制が消えていることに気付いた。こちらが百人以上に対して、軍人の数は十数人程度。それでも叛乱された場合、制圧できる自信があるのだろう。あるいは、そもそも歯向かうことなどないと思われているのかもしれないが。
ただそれよりも気になるのは、目の前に広がる森だった。
「ここが俺たちの処刑場ってか? 見てみろよセイ。化け物みたいな森だぜ」
「無駄口叩くと魔法撃たれますよ」
「はは。どうせ俺たちは死ぬんだろ? 今殺されたって変わんねぇよ」
いよいよ死が近づいていると実感したのか、ディースには諦観が見える。彼の言った通り、目の前に広がる森はおどろおどろしい。まるで別世界のような空気感の違いを感じる。霞か霧のようなものも漂い、森の奥まで見通すことはできない。
そして何よりも目に留まるのが、奥深くでそびえる巨大な花であった。
少しばかり霞んでいるものの、ここからでもはっきりと見ることができる。周りの大樹を軽く超す大きさなのだ。常識を超えた光景のため、頭がおかしくなりそうだった。
(なるほど。だから花樹林なのか)
花が咲き乱れる美しい場所を想起させる言葉だった。実際、セイもそのように考えていた。
だが実際はその逆だ。奥深くにたった一輪の巨大花が咲くだけのおどろおどろしい世界。花の楽園とは程遠い、まさしく処刑場。
(あの霧みたいなの、ちょっとだけ色が付いている。もしかして毒?)
周囲をよく見れば、エルフの軍人たちは皆、ガスマスクを装着し始めていた。そればかりか風の魔法で身体の周囲に結界を張っているようにも感じられる。セイの推測は間違いではないだろう。
それと同時に恐ろしいもう一つの推測ができあがった。
(つまりあれだけの装備があっても突破不可能な毒ってこと?)
先の軍人の言葉から推察するに、花樹林の全容は明らかとなっていない。精霊の魔法を操り、毒ガスに対抗する科学技術を保有していてもなお、だ。
そんな中に生身で飛び込み、情報収集してこいと言うのだから、確かにこれは処刑である。
不意に気になって魔力抑制機能が消失した首輪に触れてみた。
「なるほど、これが監視装置ってことね」
「あ? どういうことだよ」
「首輪に周囲の情報を収集して送信する機能があるみたいだよ。俺たちは花樹林を解明するための探査機扱いってことさ」
「……腐ってやがる。エルフ共」
「そうだね」
他の人類も似たようなものだよ、とは口にしなかった。
状況はセイにとって悪くない。少しばかり機嫌も良くなった。
(アビス、後どのくらいで精霊樹海に到着しそうかな?)
『不明。我が王の位置を調査中』
(そっか。こっちは状況が変わったよ。俺のことはもう探さなくていいから、シルフィン共和国内での情報網を完成させて欲しい。霊峰から追加のアビスを送ってもいいよ)
『是』
花樹林は実に都合がいい。
セイはこれからの計画を迅速に組み直した。
◆◆◆
「どうだ? 探査機共は全員並べ終わったか?」
「はッ! 完了しました」
「うむ。おい! 装置の方はどうなっている!」
「こちらも設置完了です!」
「よしよし」
エルフの軍人は満足げに頷く。
今、この場で最も立場が高いのは彼だった。
「ラグト少士官、そろそろ」
「うむ……」
準備は整った。
彼の副官が風の精霊を操って声を広く届ける。それによって号令をかけた。
「イルズ・ラグト・サラマンド少士官である。探査機共を放て! 第六十四次花樹林探査を開始せよ!」
力強い声が周囲を震わせ、同時に整列させられた人間たちは走り出す。駆け足で毒々しい花樹林の中へと踏み込んでいき、霞の向こう側へと姿を消した。
ただこの状況を理解できない人間が二人。
死刑という名目で連れてこられたシュウとディースであった。イルズはそれを確認して舌打ちした。
「そうだったな。今回は死刑の愚物がいたのだったか。誰か奴らのケツを叩いてやれ」
「すみません。いつもの調子でやっていまって」
「馬鹿者が。今回はまぁよい。だが実戦でこの調子では仲間を殺すぞ」
「肝に命じます」
「分かったならさっさと取り返せ」
「はッ!」
敬礼した部下の男はすぐに精霊を呼び出し、水の魔術を撃ち出す。小さな水の弾を放つだけの弱い魔術だが、追い立てるにはこれで充分だ。まずセイが走り出し、ディースもそれに続く。そうして二人もまた、花樹林の奥へと消えていくことになった。
これでひと仕事終わり。
しかし気を抜かず、新しい仕事に取り掛かる。
「ラグト少士官、ご覧ください。レント基地からの通達通り、耐性持ち奴隷兵は順調に進んでいます。すぐにこれまでの最高到達地点を突破しそうです」
「彼らが自慢げに語るだけのことはある。処刑予定の二人についても生体反応を監視しておけ。奴らの死は別で報告を上げねばならんからな。万が一にも花樹林の奥へと進めるようなら儲けものだが……」
「自分はよく知らないのですが、そのような可能性のある素性なのですか?」
「若い方の愚物は上級の自由戦士らしい。しかも異世界人だ。希少能力を保有している可能性もある」
「そういうことですか」
彼らが眺めるのは幾つものモニターだ。そこには大量の波形図が並んでおり、絶えず振動している。その内の一つが不意に弱まり、そのまま消失した。
「早速一つ消えました。非耐性持ちですね」
「どうせなら全て耐性持ちにしてくれれば良いものを」
「いえ、どうやら対照実験のためにあえて混ぜているようですね。どのくらいの耐性を獲得したのか、定量的に測定するようです」
「なるほど。そういうものか。すまんな。技術に関しては疎くて」
「いえいえ。私のような技術士官はそのためにいますから」
連続して波形が途絶えていく。
花樹林へと押し込まれた人間たちが死んでいく。
だが彼らエルフにとって道具の一つが消えただけ。消耗品の武器が一つ減っただけ。
「あ」
「どうした?」
「死刑の……例の自由戦士が死にました。反応が消えています」
「そうか。期待外れだな」
ラグトは冷たく言い放つ。次の瞬間には、セイという人物の存在を記憶から消していた。
◆◆◆
花樹林の中は鬱蒼としている。少し奥へ行けば草や蔦が腰にまで及び、歩みを阻む。密集した木々のため日の光はほとんど差さず、苔が足を滑らせる。
そして何より、息が詰まる。
「クソ! クソクソ! クソエルフ共がァッ!」
ディースは息を切らしながらも恨み言を吐き続ける。
後ろから追いかけられているわけでもないので、もう走ってはいない。だが戻ることなどできない。そうなれば魔法で蜂の巣にされてしまう。
「調子はどうだ?」
「いいわけねぇだろうがッ! 頭痛ぇ、涙が止まらねぇ、喉も鼻も苦しい。最低最悪だ」
「そう」
セイは全く興味を示した様子もなく、首輪に触れる。魔素を流し込み、魔法術式を壊した。これで送信されている生体情報も消失したはずだ。
「なんだ、よ……てめ、何、感じない……のか?」
「悪いね。俺は毒とか、そういうの効かないんだ」
「は……ずりぃ」
ディースはまだ死んでいない。
だが少しずつ、弱っている。セイはそんな彼の身体を調べた。服をまくり、肌の状態を確認した。赤い斑点が体中を覆っている。
「アビス、どう思う?」
『是。アナフィラキシーショックの症状と酷似』
「だよね。つまり花粉症か」
少し黄色っぽい霧の正体だった。
セイの感知で人間が次々と消えていく。目に見えるほど濃い花粉が人体を冒し、殺していく。これが花樹林を処刑場とする理由だった。そしてエルフたちが中へと踏み込めない理由であった。
「ここは空気が綺麗だ。魔素がほとんどない。エルフたちに侵略されていないってことを加味しても、本当に綺麗だ。澱んだ気持ちが楽になっていくよ」
魔力の足場を作り、空へと駆け上がる。鬱蒼とした枝葉をかき分け、陽の光のあるところへと飛び出た。見渡す限りの大樹林と、その奥にある巨大な一輪の花。
世界の広がりを感じる。
エルフによって嵌められたが、今や自由だ。
「思ってもみなかったところで安全地帯を手に入れられたね。本当に運が良かった。アビス」
『是』
手元に黒い短剣が現れる。いつも携帯して武器として操っている個体だ。武器は没収されるので、装飾品に擬態させておいた。これまで多くの人類の血を啜り、魔力を奪い、唯一無二と言えるほど成長している。
「ここから動き出そう。ここに来たのは何かの縁だ。だったら精霊樹海から手中に収める」
『大きな遠回りであると進言』
「急がば回れって言葉もあるからね」
雄大な景色を目に焼き付け、満足したセイは飛び降りる。再び鬱蒼とした森の中へと戻ったセイは、そこでピクリとも動かなくなったディースを見つけた。
念のために確認すると、もう息をしていない。
「すぐに死に至る花粉症か。怖……」
『普通の自然現象ではないと推測』
「俺もそう思うよ。そもそもあの花も大きさがおかしいからね」
『精霊の力が関連している可能性が高い』
「うん。そう考えるとエルフたちが花樹林を攻略しようとしていることにも説明がつくからね。つまり俺がするべきは……」
森の奥へと目を向ける。
霧のような大量の花粉の向こう側には巨大な花がある。そこらの大木など比較にならない、巨大過ぎる花が。魔法が存在するこの世界においても、おそらく異質な存在だ。超常の『ナニカ』がかかわっていると考えるのが通常である。
「行こうか。時間はかかりそうだけど、夜になれば星を読んで大まかな座標も特定できる」
『是』
もう魔力感知の範囲に反応はない。
おそらく投入された人間は全員が死んだのだ。人が足を踏み入れたことのない、花樹林の奥へと進んでいった。
◆◆◆
「全ての反応、消失しました」
「そうか」
「少士官、記録は更新です。また耐性持ちがより遠方まで進むことができることも証明されました」
「ならば最低限の成果は得られたということだな。では第六十四次花樹林探査を終了する。撤収せよ」
ラグト少士官の命令で軍人たちは装備品を回収し、片付けを始める。慣れた手つきで荷を車へと載せ、技術士官たちは収集したデータを記録チップに移していく。
「しかしこの地道な作戦はどうにかならないものか」
「昔は火で焼くという策もあったそうですね」
「ん? 知っているのか」
「有名ですよ。噂程度でしたが」
「まぁ隠すほどのものでもない。そういう策があったのも事実だ。だがより強力な精霊を確保するためには、焼くわけにはいかん。たとえ可能だとしてもな」
「……でしょうね。精霊は自然と相補的ですから」
エルフたちは花樹林を、単なる森だとは考えていなかった。この未踏の地には大量の精霊が隠れていると睨んでいる。そして精霊とは重要な資源の一つ。確保しておきたいという上の意思が絡んでいた。
「このようなことに軍の力を割かずともよいのだがな。精霊など気にせず滅ぼしてしまえばよい。精霊王は確保しているのだからな」
「同意です。それに上層部はもっと重要な目的を掲げています。アレさえ完成すれば、精霊など不要ですから」
「叶うならば私が生きている間に見てみたいものだな」
「我々エルフの悲願ですので」
そんな雑談を交わしているうちに、すっかり片付いてしまったらしい。ここに来た時と同様の状態に戻っていた。ただ一つ異なるのは、奴隷兵は一人として残っていないということである。
しかし彼らはそこに何の呵責も感じず、粛々と撤退していった。




