124話
1年ぶりですね。また週一くらいで進めます
シルフィン共和国は世界で唯一、エルフ主権の国家だ。王を擁せず、議会による統治を行う珍しさもある。その歴史は古く、文化的特徴も独特なものだ。同じ大陸にありながら、まるで孤島の国家のようだと評する学者もいる。
どこか排他的に思える文化のため、他の人類種は住み着かない。
(しまったな。結構目立つぞ)
セイはエスタ王国から脱出した後、真っ直ぐ南西へと向かった。シルフィン共和国そのものはエスタ王国から見て南側で接している国家だ。ただ聖都と呼ばれる中心地はシルフィンの西方に位置している。
この国を陥落させるならば、やはりまずは中心地を調査したい。
そんな思いから目指してみたものの、早速躓きに遭ってしまった。
「そういうわけですので私たちエルフ以外は聖都にいけないのです」
「……わかりました。折角ですので聖都も見てみたかったのですが」
「抜け殻の聖樹はここ、リステル市からでもよく見えます。あれはまさしくエルフ神話を象徴する樹。見分を広げる旅の途中とのことですので、是非とも勉強なさってください。組合の資料庫はお好きに使っていただいて構いませんので」
「ありがとうございます。やはり……方法はないんですか?」
「他国の貴人、外交官であれば聖都に招かれることもあります。あるいは長老方の目に留まるほどの人物であれば招かれた例はありますね。歴史上数えるほどですが」
「そうですか。助かりました」
少し肩を落としつつ、セイは自由組合を出ていく。大通りに出ると、天を衝くほどの大樹を見上げることができた。ただし大樹は冬の木々のようで、一切の葉をつけていない。しかもこれは季節性のものでもなく、ずっとこのままということだ。
『抜け殻の聖樹』と呼ばれる大樹の麓に、聖都は存在していた。
ただ人間種では近づくこともできず、セイもまた近郊の都市に立ち寄ることしか認められていない。
(厄介だね。多分、精霊王たちは聖都に囚われている。けれど聖都の結界のせいでアビスを送り込むことすらできない。エルフ種だけを通す特別な都市結界か……何とかすり抜ける方法を考えないと)
再び視線を戻せば、こちらを見つめる奇妙なものを見る目ばかり。一応は人間の立ち寄りが許されているリステル市とはいえ、かなり珍しい。
(やっぱり目立つなぁ)
これでは紛れるのもの難しい。何か少しでも問題を起こせば即座に通報されてしまう。
時間が限られている中、慎重な行動を求められるという点がもどかしい。まだシルフィンに入国して一日目。しかし幸先の悪い一日目であった。
◆◆◆
まずリステル市の宿を取ったセイは、状況整理から始めることにした。
悪魔たちが支配したエスタ王国は、現在進行形で東の大帝国と戦争をしている。悠長に時間をかけてしまうと、悪魔たちが討伐されてしまう可能性が高まる。討伐ならまだマシだが、封印ともなれば目も当てられない。
「アビス、シルフィンの情報はどうなっている?」
『常識程度でしか収集できず』
「そっか。やっぱり機密には入り込めなかったか。流石に最も古い種族と言われるだけはあるね」
『結界は強固。またエルフ種以外を通しません。複雑な魔術機構のため、無属性魔術で破れば気付かれる可能性が高いでしょう』
「そうなると学者として招かれる方法が一番まともかな……?」
アビスが集めた噂程度ではあるが、シルフィン共和国は最も魔力技術研究が進んでいるとされている。魔法や魔道具のような実利的な研究は勿論だが、何より基礎科学は他の追随を許さないとか。その技術力を恐れ、東の大帝国もエルフには手を出していないと言われている。
「手っ取り早いのは……特許でも出すかな」
『警告。人類が強化される危険』
「危なそうなのは出さないよ。とはいえ注目されたかったら魔法技術がいいか。んー……」
暇なアビスを総動員して思考を回す。
これまで手に入れた知識を活用すれば、すぐに良いアイデアが降ってきた。セイは白紙を取り出してアイデアを文字に変えていく。
その日は夜遅くまで明かりが灯っていた。
◆◆◆
翌日、再び組合を訪れたセイは早速とばかりに特許申請をした。
合計三つの紙束を提出し、事務的な手続きをする。
「ありがとうございます。『組成傾斜による魔力絶縁構造』『呪属性微細魔力付与による誤り訂正法』『中枢術式における魔素排気空隙構造』の三件で承りました。こちらは聖都に回して審査となりますので、お時間を戴くことになります」
「どのくらいかかりますか?」
「通常ですと三か月ほどでしょうか」
「早める方法はありますか?」
「特別対応金をお支払いいただけるのであれば即座に対応いたします。料金帯はこのようになってまして……」
「……これでお願いします」
時間はかけられないし、セイも金銭には執着していない。
料金表の最速プランを選択した。
「承知しました。ではセイさんの口座より『アルム』が引き落とされます。ご確認ですが、両替所でアルムの発行は済んでいますね?」
「はい。充分に入れているはずです」
「もしも残額が不足していた場合、通常通りの対応となりますのでお気を付けください。今回ご指定の特別対応でしたら、三日以内には審査が終わるはずです」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
一通りの手続きが終了し、セイはこのまま組合の資料室へと向かう。今回の勝利条件はシルフィン共和国を陥落させ、精霊王を解放すること。ただし時間はかけられない。なんとかして聖都内部に侵入する方法を探さなければならない。
資料室に向かうのも、シルフィンの歴史などを調査することで結界をすり抜けるための手がかりを見つけようとしていたのだ。
(アビス金貨が使えたらこんなことしなくていいのに)
思わず溜息が出てしまう。
(両替所のアビスはどう? 動けそう?)
『否。我々は金庫で厳重に管理され一切の行動ができない模様』
(だめか。なんでこの国は急にハイテクなのかねぇ)
これまで経験したアルギル、三公国、エスタの三国はそれぞれの国家が発行する貨幣を使って経済を形成していた。金や銀による貨幣であるため、アビスを使った偽造は容易い。またばらまくことで効率的にアビスを配置することもできる。
だがシルフィンの経済は全くの別物だった。
「アルムの発明は百年以上前か。口座システムの本体は当然のように聖都。これまで様々な犯罪も経験し、セキュリティも万全。円滑な取引、偽造不可能、税の管理など利点は多数、か。まさか紙幣を飛ばしていきなり電子マネーとはね」
シルフィンでは全ての国民に個人番号が配布され、同時に個人口座が紐づけられている。実物の貨幣は存在せず、システム上の通貨によってあらゆる取引が成立するのだ。
勿論、外国人にも仮番号と口座が配布される。通常はかなり面倒な手続きが必要なところを、セイは自由組合員であることを利用して代理手続きしてもらった。両替所では外国の金貨などを『アルム』に交換し、口座に入金している。
(この国じゃアビス金貨は使えない。聖都に入るには要人であるか、エルフに直接招かれる必要がある。まぁ入ったところで監視付きみたいだし、やっぱりこっそり入る手段が必要かな)
調べれば調べるほど状況が苦しい。
自由組合理事のネイエス・フランドールを利用するという手も思いついたが、今回は相手方に利益を示すことができない。あくまでも双方に利益あっての取引だ。借りを作るような真似をすれば、いつ不利益を被るか分かった者ではない。
ただでさえネイエスとの取引は危険が伴う。今回は使いにくい。
「色々方法を考えないといけないかな」
技術的価値を提供し、エルフたちの興味を引く。それが今の作戦だ。そのために三件の特許を同時に提出したし、特別料金も支払った。だが上手くいくかどうかは運次第だ。
次の策も考案中ではあるが、準備のため長期間リステル市から離れる必要がある。組合で調べ物をしながら待つしか、今はすることがなかった。
◆◆◆
特許申請してから二日後の午後。
組合の資料室で調べ物をしていたセイは、外が騒がしくなっていることに気が付いた。魔力を感知してみれば、強い魔力がこちらへと近づいている。
(有名な自由戦士でも来たのかな?)
シルフィン共和国を攻略するにあたり、注意するべき強者にも焦点を当てて調べている。エルフは長寿の種族だけあって、伝説的な活躍をした人物も多い。ただそういった人物の中に自由戦士はほとんど存在せず、大抵は軍に所属しているようだ。
最近得た知識を反芻しているうちに、感じ取れる魔力は資料室の前までやってくる。
(嫌な予感がする)
こういう予感は当たるものだ。
勢いよく扉が開かれ、五人のエルフが入ってきた。彼らは皆、緑基調のしっかりとした服を着ていた。日本で言うところの黒スーツに相当する正装だ。
「組合員の人間、セイというのはお前だな?」
「……えぇ。はい。そうですけれど」
「我々は公安だ。お前には諜報行為の疑いで逮捕状が出ている。一緒に来てもらおうか」
「は?」
有無を言わさず彼らはセイを取り囲み、一瞬で取り押さえてしまう。手首には錠もかけられ、魔力までもが抑制されてしまった。
突然のことで何一つ理解ができなかった。
『状況不明。我々の活動はエルフに露見していない』
(は? じゃあ何でだよ!?)
『不明。理解不能』
瞬時のアビスネットワーク会議でも混乱ばかりが流れていく。セイは勿論、アビスたちですら状況が理解できず困惑していた。
あっという間に無力化されてしまい、そのまま組合から連れ出されていく。
その道中でもセイは当然抗議した。
「俺は何で逮捕されているんですか? 何もしていないんですけれど……」
「黙れ。諜報行為の疑いだと言っただろう」
「入国してから組合と宿にしか行ってませんよ。証言を調査してもらえれば――」
「必要ない。証拠は既に挙がっている」
「そんなはずありませんって! そもそも何を諜報したって言うんですか!」
「詳しい話は後で聴かせてもらう。いいから大人しくしろ人間」
何を言っても聞き入れてもらえず、強制的に連行されてしまう。当然ながら助けてくれる人物はいない。そればかりか冷たい目を向ける者ばかりだった。
「これだから劣等種は……」
「人間なんて全員追放すればいいのに」
「あいつ何したって?」
「機密でも盗もうとしたんじゃね? あれ公安だってよ」
「へぇ。大帝国とかの諜報員だったのかな。カッコいー」
「馬鹿。滅多なこと言うなよ。犯罪者だぞ」
すっかり罪人を見る目である。
シルフィン共和国は人間とは別種族の国家だ。その点からも、外国人に対して排他的な性格であることを否めない。自然な様子で見下しているところも見受けられる。
(これ無理に逃げたら指名手配だよな……いや、もしかしてチャンスかも)
セイを逮捕した彼らは公安だと名乗った。
その正式名称は国家公共安全捜査局という。より大きな視点で国内の安全を保障する警察機関の一種だ。勿論、本部は聖都の内部に存在する。このまま連行されるとすれば聖都の可能性も高い。
(犯罪者扱いは気に喰わないけど、聖都に入れるかもしれない。一旦大人しくしてみるか。どうせ心当たりのない逮捕だし、すぐ釈放されるでしょ)
この時のセイは少しばかり楽観的になっていた。
◆◆◆
シルフィンの聖都には最も格式高い学府が存在している。国家が運営する研究機関と教育機関を備えた巨大な施設だ。
その名称には古エルフ語で『黄金』と名付けられた。
完璧で、一分の欠けもなく、全てにおいて最高位である。そう望まれた。
アルルリウス国立学府と、そう呼ばれている。
「教授、例の技術盗用疑惑がある人間は逮捕されたようです。公安から連絡がありました」
「そうですか。安心しました」
ある研究室で二人のエルフが向かい合う。二人とも随分若々しい見た目だが、二百年以上は生きている。ただ彼らエルフに年齢を数える習慣はないため、正確な歳は覚えていない。
教授、と呼ばれた男の方は手に紙束を持っていた。
「中枢術式の魔素排出は教授が長年研究されていた分野。もう間もなく発表するはずだった論文の内容と、例の人間の申請した特許内容が酷似していました。あり得ないことです」
「その通りです」
「ですが驚きました。どうやって研究を盗んだのか……経路を調査させていますが、それよりもあの人間を尋問する方が早いと思います」
「さて、どうでしょうね」
教授は意味深な笑みを浮かべた。
「公安はあの人間を歴史あるアルルリウスから研究データを盗み出した人物だと見ています。そんなことが表沙汰になれば面子に関わる話ですよ。尋問なんてされないでしょう。公安は特権を使って罪を確定させますよ。外国人による諜報活動であるとして、『死刑』を」
「そういうことですか」
「ええ。そういうことです。お陰で私たちの研究は守られます。よかったですよ。僅かな差で特許を失うなど、私は到底認められませんから」
偶然が引き起こした事故なのか。あるいは嫉妬が巻き起こした故意だったのか。
セイという人物に対して、シルフィン共和国は厳しい裁きを下した。




