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行夢来人  作者: 福谷莇生
9/16

≪8≫


子供の頃の夢を見た。


大切にしていた、バインダーノートが見つからないという夢だった。

いつも置いてあった場所は、本棚の一番手前。黒カバーのバインダーノートで、それが本棚からなくなっていた。引き出しの中も、押し入れも、いくら探しても見つからない夢。


小学校の入学祝いに何が欲しいか、祖母に聞かれ、父が使っているようなバインダーノートが欲しいと言った。ページを並び替えたり、継ぎ足したりするシステマティックな構造に「大人の道具」を感じたからだ。

しかし、バインダーノートは小学校には持って行けない。だから、家に帰ると、学校で使ったノートをバインダーに書き写すことに熱中した。中学、高校と進んでも、学校のノートを整理し直す習慣は続いた。学校での成績も悪くなかった。

それで、これまではすべてが上手くいっていた。


しかし、社会に出ると、バインダーの規格に合わせたリフィルばかりではなかった。

サイズも、穴ピッチもバラバラなことはいくらでもある。

学校の勉強など、"ひとつの規格"に過ぎなかったのだ。

初めて人生の挫折感を味わったのは、遅まきながらこの時だったと思う。

勉強が出来るだけで、成功行きという電車に乗っている気になってしまっていた。



目が醒めたときには、すでに朝になっていた。

昨晩は、酔って眠ってしまったらしい。

そもそもベッドに入った記憶がない。どうなったんだろう。

もちろん、松園涼子は部屋にはもういない。

部屋も綺麗に片付いている。彼女が片付けてくれたようだ。


ふと、テーブルの上に、昨日貰った、涼子の名刺が置いてあるのに気付いた。

手にとって、何気なく裏を見て驚いた。

「昨日は無理に飲ませちゃってごめんなさい。でも、楽しかった。また日本のどこかでお会いしましょう。涼子」

というメッセージと共に、真っ赤なキスマークが付けられていた。


時間は午前7時を回ったところ、まだチェックアウトはしていないかもしれない。

食堂に降りてみるとオーナーの姿があった。

「おはようございます」

「おはようございます。松園様はたった今、チェックアウトされましたよ」

「そうですか。挨拶できなくて残念です」

一言、詫びたかったな、と思ったのだが…。


朝食は昨晩と違い、目玉焼きとソーセージに味噌汁という日本風なものだった。



根室から北上し、野付半島、中標津を経由し、日が暮れる前には知床に到着した。

美晴との約束の場所である、"北海道の反対側"も、この辺だという思いが頭に浮かんだ。

未練たらしいと反省はするものの、どうしても美晴のことが気になる。

美晴は電車移動だから、そんなに早くは回れないだろうが、もし来たとしたら、どこに泊まるだろうと考えてしまう。

地図を見ると、電車は斜里までしか来てないみたいだ。ここまで来るにはバスなんだろうか、いずれにしても不便だ、「自分だったら、一周は断念しているかも…」という考えが頭を過ぎった。


知床で一泊。

翌日は、ホテルのパンフレットにあった観光スポットを片っ端に回って、網走で一泊。


網走から北に向かうと、メジャーな観光地は宗谷岬までない。

すれ違うなら、この辺だろうと思う。せっかくだから、もう一度会いたい。

網走から、屈斜路湖、摩周湖、阿寒湖を回って、網走に戻ってきた。


本当に、オレって成長しないよな…。

この旅を通して、いろいろ考えるべきことに気付いただけでも収穫だったと思う。

人間なんて、そんなに簡単に変われるものじゃない。…ことも悟った。


…もう諦めよう。先に進もう。そう決めた。



夜は、ホテル近くの料理屋に入ってみる。

たまには、こういう所もいいかもと思ったのだが、料理屋の中はすでに常連らしき客が、必要以上に大声で騒いでる。…こういう雰囲気は苦手だ。そう思いながらも、一歩踏み入れてしまった以上は、引き返すのは諦めてカウンター席に座った。

何かこの土地ならではの定食でも、と考えていたのだが、どうやらここは、酒類と一品料理の店らしい。

アルコールでは失敗したばかり、何品か食べてすぐに出ようと思ったのだが…。

店の女将に「おにいさん、お酒は?」と聞かれた。

「今日はちょっと体調が悪いので、軽く食事だけに」

ところが、出されたコップは、水かと思いきや、日本酒だった。

一口飲んで、すぐに、酒じゃないかと気付いたものの、すでに身体はカーッと熱くなってきた。

こうなったら、やけくそ。飲んで、忘れてしまえと思った。


立ち上がろうとして腰砕け、視界がグルーッと回り始めた記憶はある。

その後、どうなったのかは覚えてはいない。


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