≪13≫
ホテルの部屋に戻り、そのままベッドに仰向けになって寝ころがる。
すべてから逃げて、閉じこもってしまうことは簡単だ。真奈美と会えなくなってからの二年間の自分がそれだった。その二年の間に彼女は、想像も出来ないほどの辛い目にあってきたわけだ。自分だけが不幸な目にあったと、いじけていた自分自身が恥ずかしい。
自分に何が出来るのか。恥ずかしながら、純粋に相手のために「自分に何が出来るか」を考えたことなど、いままで一度たりともなかった気がする。これまでは、「相手のため」としていたことも、すべて自分にとって都合が良くなることばかりだ。相手が喜べば、自分も満足できる。相手が悲しめば、自分も辛い。相手が消えてしまったら、自分が寂しい。結局、「自分」が基本になっている。
それは、それでいいのだろうか?
他の人たちは「相手」をどう捉えて行動しているのだろう?
そもそも、人間というのは自分を規準にしないと考えられないのかな…。
…よく判らない。今更ながらこんな事に気付いたわけだから、とてもじゃないが哲学者のように答えは出せない。
大学の人文学の教授の顔を不意に思い出した。不得意でろくすっぽ講義も聞いていなかった。彼に尋ねたら答えてくれるだろうか。
とにかく名古屋に戻って、就職活動を始めてみよう。
いま思いつくことはそれだけしかない。
そして、結果がどうであれ、一ヶ月後には、もう一度ここに戻って考えよう。
場合によっては、必ずしも名古屋にこだわる理由はない。
そんなことを考えているうちに、深い眠りに落ちていた。
◇
夢の中で、プラットホームに立っていた。
周囲は、右手に青い海と青い空、左手に緑の山。
また、あの夢か?
これも、あの男の仕業か?
あの場所に来いと言っているのだろうか?
もう来るなと言ったくせに…。
いや、、、これは自分で見ている夢かもしれない。
ならば、最初の場所に戻ろう。
後ろを振り返ると、すぐそこに大きな駅が見えた。
新幹線のホームに再び立つ。
そこへ新幹線がやってきた。今度こそ真奈美は降りてくるはず。
新幹線が停車し、ドアが開くと、真奈美の姿が見えた。
真奈美は、僕を見つけ、駆け寄ってくる。
「これから、どうしようか?」
夢の中の真奈美に聞いてみた。
◇
目が醒めて、しばし夢の余韻に浸る。
真奈美は、あの後、なんて言ったんだっけ…。
夢の記憶はどんどん失われていく。そもそも夢なんて、すべてを記憶していたら、やがて現実と区別がつかなくなる。それでいいのだ。
診察時間が始まる少し前に病院に到着したが、さすがに産婦人科には入りにくい。
駐車場から病院に電話をかけてみると、都合の良いことに対応に出たのは真奈美だった。少しだけ時間が作れないか聞いてみて、昨夜出入りした裏口で待ち合わせることにした。
裏口で待っていると、程なくして真奈美はやってきた。小走りで駆け寄ってきて、今にもくっつきそうな間合いで立ち止まる。"小さく前に倣え"の間隔。
「これから一旦、名古屋に帰るよ。でも、すぐに休暇を取り直して、一ヶ月後にはまた来たいと思っている。詳しい日程はメールで連絡するね」
すると、真奈美は、急に哀しそうな顔になり、両手で、ぼくの右手を掴んだ。
「私も仕事を探しますから…、ついていっては駄目ですか?」
そう言って、うつむき、涙を流した。
このまま連れて帰りたい衝動が、頭の中を駆けめぐる。
が、何も言えなかった…。
思わず左手で真奈美を抱きよせる………。
すべての感覚が真奈美を感じた。
それ以外のもの。重力さえも消えてしまったようだった。
頭の中は真っ白になった。
これも、、、夢?
そんな思いが、一瞬頭を過ぎる。
……遠くで鳴っている救急車の音だけは耳に残った。




