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祈ることしかできない

エルが軍の医療院に運び込まれてから、遅れて私も到着した。

集中治療室にいるエルに出来ることは、祈る事しかない。


ずっと部屋の前で祈っていたら、ラナがやってきた。ここは、先ほどラナと別れた国家安全局の建物の隣だからだわ。


「お嬢様!大丈ですか?お怪我は?」

「私は大丈夫。でも……私を庇ったエルが」

「今、お嬢様にできることをいたしましょう。まずは血のついたメイド服を着替えましょう」


言われて初めて気がつく。

服にはエルの血がついていた。

「イステル中尉様が目覚めた時、いつもの綺麗なお嬢様と会いたいはずですよ?さあ着替ましょう?」

子供に言い聞かせるようにラナは優しい口調で促してくれた。


「でも……私のドレスはどれも派手でこの場にはそぐわないわ」

「大丈夫ですよ。昨日、街歩き用に予約しておいたドレスがあります。あの時は修道女の格好をしたので利用しませんでしたから」


今気がついたが、ラナはまたメイド服だ。

「お嬢様のドレスをずっと着ているわけにはいきませんから、お屋敷から持ってきてもらいました」

私は何も返事をせずに、ただ着替えて、ラナにメイクを整えてもらう。


「教会にいるわ」

なんとか声を振り絞って話す。


国の施設であるこの医療院には教会が併設されている。

任務で怪我をしたり、殉職する者もいるから、皆神に祈りを捧げるのだ。


私も、神に赦しをこいに来た。

ループしていると気がついた時も、いつループが終わるのかわからないと不安になった時も神に祈るなんて考えなかったのに。

でも、エルが大怪我をおった今は、私にできるのは祈るしかないから。


何故あの時、動いてしまったのか。

そのせいでエルが大怪我を負ってしまった。


私一人ではループから抜け出せたのかわからない。

不安だった時に支えてくれたから、今、こうしてここにいる。

……エルがあの剣を防いでくれたから。

いつも前向きで、人の為に行動できて。

そして、自分の事しか考えていなかった私を支えてくれて。

こんなに素敵な人、他にいないわ。

だから神様、お願いします。

私はずっとエルのそばにいたい。


ずっと祈っていると、ラナが急いでやってきた。

「イステル中尉様が目を覚しました」

「本当?」

「ええ。今御面会も可能になりましたよ」

「すぐに行くわ」


急いで立ち上がってラナについていくと、ベッドにエルが横たわっていた。

「エル!目が覚めたのね。よかった。本当によかった」

「アビー、心配してくれたのですね。ありがとうございます」

弱々しいがいつものエルだ。

安心したら涙が溢れてきた。


「泣かないでください?侯爵令嬢たるもの、人前では泣かないものですよ?」

「今はいいの。私の命の恩人のための涙ですもの」

「アビーは可愛らしいですね」

エルはにっこりと笑う。


「そのドレス、どうしたんですか?庶民のドレスなんか着て。もう、アビーらしくありませんね。今度素敵なドレスをプレゼントしますよ」

「嬉しいわ。そのドレスを着て、オペラを見に行くの」


「またオペラですか?もう飽きたのでは?それにオペラ座は当面休演でしょう。大捜索中でしょうから」

「ちょうどいいわ。再演が始まる頃にはエルの怪我もよくなっているでしょ?私をエスコートしてもらわなきゃいけないもの。私、何十回も見たけれど、全部途中からなのよね。初めは見てないもの」


「私がエスコートするんですか?」

「当然でしょ?エルがドレスをプレゼントしてくれるんだもの」

「困りましたね。アビーがオペラに着ていくような高価なドレスなんてプレゼント出来ませんよ。エリーおば様も、呼ばなきゃいけないし」


「エリーおば様は抜きでお願いしたいわ」

「それはいけません。二人でそのような場に出かけるのは、沢山の人に誤解されてしまいます」

「いいのよ、誤解させておけば。エルにプレゼントしてもらって、エスコートしてもらうのが目的だもの」


「それはダメです」

「何故?……もしかして、エルに婚約者や恋人がいるの?」

「いませんよ。ダメな理由はただ一つ。変な噂や誤解がうまれるからです。アビーにいい縁談が来た時、そのせいで破談になったら困るからですよ」

「縁談なんてどうでもいいわ。もう婚約者探しはしないの。だって、条件が変わったもの。今の私が婚約者に求める条件は一つ」

「なんでしょうか?」

「私を守ってくれる事」


思わず本音を言ってしまい恥ずかしくなって立ち上がる。

「エルは今、体を休めないといけないわ。じゃあおやすみ。今は夜中よ」

振り返らずに病室を出た。


私と入れ違いで、偉い人達が沢山やってきた。

きっと事件について聞かれるのだろう。

この後、国家安全局所有の、来客棟に宿泊させてもらうことになった。


ホテルで命を狙われた私は、ホテルに戻れず。

お屋敷も火事のため戻れないからだ。

部屋は簡素だったが、でもいい。

だって4日目がやっと来る。


朝目が覚めて医療院に向かうと、軍服を着たエルが帰り支度をしていた。

左腕は首からかけた黒い革の腕釣りで固定している。


「おはようアビー。今日は即位式だ。私にとって今日が本番なんだ。元々予定していた仕事は出来ないけれど、やる事は山ほどあるからね」

「もう大丈夫なの?」

「ああ。急所は外れていたから大丈夫だったよ。心配してくれてありがとう」


エルは私に近づくと、おでこにキスをくれた。

「即位式と、その後片付けが終わったら連絡するよ」

私が何か言いかけた時、30代くらいの男性が、やってきた。

「イステル中尉、会議が始まります」

「わかった」

エルの声は今まで聞いた事ないくらい低く、ピリッとしている。


「お嬢様失礼します」

男性が言い、エルを誘導する。

その先には沢山の軍服を着た男性たちが待機しているのが見えた。


「アビゲイルお嬢様、私たちも着替えて参列の準備をいたしませんと」

ラナに促されて、シルファランスホテルに向かう。

窓を開けて、初めて感じる4日目の風に心躍らせる。


次の日がくることを『終わらない始まり』なんて言う人もいるが、『始まり』が来ることが嬉しい。

外の空気を吸って、景色を眺めて。

昨日とは何一つ変わらないけれど、でも昨日とは違う1日が始まることに期待できる。


ホテルに行くと、お母様が私を抱きしめてくれた。

「自分のドレスを侍女に着せて、自分は脱がせた侍女服を着るなんてすごいわね!大冒険をしたのね。詳しく聞きたいけれど、その安物のドレスを脱いで、すぐに支度しなさい」

私は頷くと、侍女に促されバスルームに向かう。

体の汚れを洗い流して、綺麗に支度をした。


ドレスは髪の色に近い、ピンク色のプリンセスラインのドレスで、胸元は谷間が見えるくらい浅い。

そして、クリーニングから戻ってきた王室払い出しの大きなルビーのネックレスをつけてイヤリングもつけた。

これで完璧だ。


ジェローム第一王子の皇太子即位式は各国の要人が参加して盛大に行われた。

テレンス王国のお席にはセドリック王子がいらっしゃったが、ブリス王子の姿はなかった。

下着姿でそそくさと逃げるところを見たが、馬鹿そのものだったわ。

あの姿を見てしまうと、顔が似ているセドリック王子を見ても、馬鹿に見えちゃう。

ダメダメ、彼の方も一国の次期国王よ。


皇太子殿下は即位式の場で、かねてから噂があった公爵令嬢との婚約が発表された。

高位貴族のご令嬢の大多数は残念がってるが、私にはどうでも良い話だから気にしない。


この後、エリーおば様から高位貴族だけのアフターパーティーに誘われた。

「イステル様が怪我をしたのは私のせいなので、今回は大人しくしておりますわ」

自分でも驚いたけれど、私は辞退したのだ。

結局、私は辞退したが家族は参加した。


「お嬢様、お屋敷のボヤは消し止められております。お屋敷のメイン部分は煙が来なかったので、利用できますから、お戻りになりますか?」

ラナが聞いてくれたが、私は首を振る。


「教会に行きたいわ」

ラナは何も言わずににっこり笑うと教会に連れて行ってくれた。


祈るわけでもなく、ずっと祭壇を眺める。

長い長いループから抜け出せたのは、人に尽くしたからなのかしら?

私は今まで自分の事しか考えていなかったけれど、それは大きな間違いだったのかもしれない。

死なずに生き延びることが出来たのは、神様の気まぐれだったのかしら?


「アビー」

呼ばれて振り返ると、エルが立っていた。

「長い長い3日間だったね」

「ええ。本当に。長かったわ」


エルも祭壇をじっと見る。

「神に感謝します。長い3日間を経て、私は大きく成長できた。そしてアビーにも出会えた」

声からも顔からも希望が感じ取れる。


「私も、生き延びれたし、エリーおば様ともお知り合いになれたわ」

「それだけ?」

エルが不満そうに言う。

「エルに出会えたのは、私の人生観を大きく変える出来事だったわ」


私はエルの正面に立った。

「今まで、婚約するなら。私よりも爵位が高くてお金持ちじゃないと嫌だって思ってたのよ」

「アビーらしいね」


「でも今は違うわ。あなたほど魅力的で、あなたほど献身的で、あなたほど前向きな人は知らないもの。私が結婚するなら、あなたしかいないわ」

「今のは……冗談?」


「いえ、本気よ。私と結婚してくださらない?」

胸を張って自信たっぷりに言ったが、本当は逃げ出したい。

でも、この人を誰かに取られるのは絶対に嫌。

だから、心に決めたのなら実行に移すしかない。

時間は限られているもの。

人違いで殺される可能性だってあるわ、シルファランスホテルで襲われたように。


エルはふっと笑ってから跪いた。

「私から言わせて欲しかったですよ。アビゲイル・ダンフォード様、どうか私と結婚してください」

胸ポケットから出てきたのは、何故か勲章だった。


「これはオペラ座で武器を見つけた時に授かった勲章です。ほぼアビーの手柄ですよ。今お渡しできるのはこれくらいしかありません」

そのおかしな行動がエルらしくて、思わず笑ってしまう。


「愛してますよ、アビー」

エルは立ち上がり、右手だけで抱きしめてくれた。

左手が釣られているので不格好に抱きしめてくれたが、右手からはエルの熱が伝わる。

顔を上げると綺麗なラピスラズリ色の瞳がじっと私を見ていた。


恥ずかしくて少し下を向いてしまう。

「今から、私もアビーも捜査に協力しなければいけませんから、しばらくお会い出来ないかもしれませんね」

「私も協力しないといけませんか?」


「そうですね。事件解決に導いてくれたのはアビーですから」

「事件の真相が知りたいから、渋々ですが協力しますわ」

「ループ中の3日間のうち2日間顔を合わせていましたから、しばらく会えないかもしれないのは寂しいですね。なんならもう少しループが続いてもよかったかもしれませんね」

二人で顔を見合わせて笑った。

「そろそろお互いに迎えが来ます」

胸にかかる髪をよけ、そっと頬にキスをくれた。

止まった時間が大きく動き出したのを感じる。


教会の重い扉が開く音が聞こえた。

「イステル中尉、ダンフォード侯爵令嬢、お迎えに参りました」

国家安全局の職員が迎えにきたのだった。





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