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疑いは深まるばかり

今から2日目に備えて事前に準備をしなければいけない。

「時計台広場に行ってちょうだい」

御者に指示を出す。

時計台広場の側のお店を二日間貸切にしよう。

とはいえ、どんなお店があるのかわからない。


「お嬢様、もうすぐ時計台広場ですがいかがいたしましょうか?」

御者が声をかけてくれた。

「時計台広場が見える、貸切にできる広いお店はないかしら?」

「貸切にできる広いお店ですか?」

唐突な質問に御者が驚いた声を出す。


「ええそう。明日と明後日貸切にできるお店よ」

「それはなんと難しいことをおっしゃいますね」

実際に行ってみると、広場の側には庶民向けの食料品店やカフェなどが立ち並んでいた。

どこも貸切は難しいかしら?


「どのお店でもいいわ。広場が見える位置にあれば」

「お嬢様、3日後には皇太子殿下即位式があって、どこもお祭りムードで、無理ですよ」

広場の周りを一周してみる。

すると、花を売る少女が立っている場所から道路を挟んで向かいのお店が真っ暗だった。


「ねえ、正面のお店、閉まっているけど定休日なのかしら?」

「そのようですね。前に張り紙がありますよ。見に行ってきますので、馬車の内鍵をかけてお待ちください」

鍵をかけて、カーテンの隙間から様子を伺う。


御者はお店の前の張り紙を見た後、中を覗いて、それから戻ってきた。

「不動産屋の張り紙がありました。この先のお店みたいです」

「この先って、治安があまり良くない地域よね。こんな格好ではいけないわ」

ダンフォード侯爵邸に帰ったところで、派手なドレスしかないから、自ら行くことは出来ない。


「じゃあ、あの空き店舗を明日明後日と貸切にしてきなさい。貸切にできるなら、いくら使ってもいいわ」

「お嬢様、それは無理な話ですよ!」

狼狽した返事が返ってくる。


「無理なんてないわ。頑張ればいいだけよ。貸切に出来るなら何をしたっていいわ」

強い命令口調で話す。

「…かしこまりました」

抑揚のない返事が聞こえたが、これでいい。

「じゃあ帰るわよ」


屋敷に着くと、御者は執事のクロノに早速相談したようだ。すぐに私の元にやってきた。


「お嬢様、何故あのような庶民しか行かない地域の建物を貸切にしたがるのですか?」

呆れた口調でクロノから質問を受ける。

「それは、ノブレスオブリージュよ」

お茶の準備をしている侍女を眺めながら答える。


「お嬢様、それは持てるものが持たざる者へ何かしらの施しをする時に使う言葉でございますよ?」

「それくらい知っているわ。バカじゃないもの」


「お嬢様、ドラテオ公爵未亡人様からお話を聞いて思いついたのかもしれませんが、あの方は筋金入りの慈善活動家でございますよ?お嬢様は何を真似されるのですか?」

「あそこに避難所をつくるのよ」

にっこり笑って答える私とは対照的に、クロノはさらに渋い顔をした。


「あのような街中に避難所は必要ないのではございませんか?」

「いえ。必要なの。二日間だけでいいのよ。ついでに庶民を診察できる医者も手配してちょうだい」

私の要求にクロノはまだ何か言いたそうだったが、治療院を作ると思ったのか、それ以上は何も言わずに下がった。

きっとドラテオ公爵未亡人邸から帰ってきて、慈善活動に感化されたと思っているのだろう。


どう思われようといい。

私が生き延びるためだもの。

これできっとうまくいくわ。


次に侍女を呼び、乗馬服の用意を指示した。

「アビゲイルお嬢様が、奥様の乗馬服をお召しになるのですか?奥様のお召し物とはいえ、『古着』でございますよ?」

「わかっているわ。明朝どうしても乗馬に行きたいのよ?それから、量産型のドレスも用意しておいてちょうだい」


「どなたかに差し上げるのですか?サイズはいかがいたしましょうか?」

「私が着るから、いつものドレスと同じサイズよ」


侍女のラナは驚いた顔をして、手に持ったカップを落としそうになった。


「お嬢様、量産型のドレスはデザインがどれも似たり寄ったりなうえ、お嬢様の絹のような肌には着心地が悪くて湿疹が出来てましまうかもしれません」

「いいのよ。目立たない事が大切なの。靴やカバン、帽子も揃えておいてね」

これで準備は出来た。成功を祈ってベッドに入ると、翌日に備えて早く眠りについた。


2日目、朝起きて乗馬クラブに行く準備をしていると執事のクロノがやってきた。


「おはようございます。申し訳ございません、昨日ご指示頂きました時計台広場の空き店舗でございますが、昨日の昼間に他所と契約してしまったとの事で抑えられませんでした」

「え?それは困るわ。一体誰よ」

「他国の富裕層としかわかりませんでした。そのため、とりあえず別店舗を用意いたしました」


「場所はどこなの?」

「時計台広場から一本通りを入ったところでございます」

「そう…。仕方ないわね。今日の夕刻からそこに警備兵を常駐させられるかしら?」

クロノは驚いた顔をしている。


「あの時計台広場のホームレスやストリートチルドレンの大量虐殺を計画しているって、嘘みたいな噂話を聞いたのよ」

「それは…あの…どちらで?アビゲイル様が行かれる場所ではそのような物騒な噂話など飛び交うはずが…」


「どこで聞いたかは忘れたけど、今晩だって聞いたから、ホームレスを保護してあげて。怪我をしていたら手当もね」

「それは警ら隊に通報した方がよろしいのでは」

「明後日、皇太子殿下の即位式で忙しいから無理よ。それにホームレスを守れって言っても誰も動かないでしょ?」


2日目の夜の出来事なのに、3日目の新聞には載らないのだ。

貴族社会からは、ギャングの抗争に巻き込まれたくらいにしか思われないのだろう。


「かしこまりました」

「我が家の警備兵から怪我人は出さないようにね。お父様に怒られちゃうわ」

「勿論でございます」

「それでね…。もう一つお願いがあるの」

「どのような要件でございましょうか?」

「乗馬クラブに行くのは早朝だから、狙われやしないかと心配なのよ。ほら、物騒な噂を聞いたばかりだから。目立たない警備兵に、馬車を警護して欲しいのよ」


乗馬クラブに向かう馬車の中で、リュック様との挨拶のシミュレーションをしてみる。

オペラで会ったからはじめましてではない。

なんとか感じよく、好印象を与えないと。

もし昨日の印象が悪かったら困る。


イステル氏はきっと昨夜、オペラ座を捜索しただろう。

きっと探していた武器も見つかっただろうし、私の計画でホームレスの少年達も助かるはずだ。


あとは、リュック様に感じた漠然とした不安を払拭できればもう完璧よ。

だからこそ、今日の振る舞いは完璧にしないといけない。


「お嬢様、御髪が乱れないようにヘアオイルをもう少し塗りませんと」

今日は本当に大切な日なので、侍女のラナを連れてきた。

ラナは若いのに気が利いているし口も固い。

今回でループは終わると信じているから、やり直しは効かないのだ。


ラナには、乗馬クラブに入っても控え室からは出ないように伝えてある。

髪型や服装を整えるために連れてきたんだもの。

リュック様と二人の時間は邪魔させないわ。


馬車は乗馬クラブに到着した。

クリフに馬用のお土産を降ろしてもらう。

そして大きく息を吸ってリュック様の姿を探した。


ループの間、3日間中、2日間は乗馬に通っているのだからかなり上手くなってきた。

自分で手綱引いて、馬をゆっくり走らせる。


乗馬クラブのインストラクターのシモーヌが目を輝かせている。

普通に考えたら、誰からも乗馬を教わっていない初心者が一人で馬を走らせているのだから、驚いて当然だ。


「なんて天才的な才能なんでしょう!アビゲイルお嬢様ほどの逸材はおりませんわ」

褒め称えるシモーヌを無視して、これからの事を考えていた。


すると、リュック様が私の馬のスピードに合わせて並走してきた。


「ダンフォード侯爵令嬢?」

「ええ」

「昨日は申し訳ありませんでした。リュック・ラブラジュリです」

「まあ!ラブラジュリ公爵令息様、昨日は不躾にお声をかけてしまい申し訳ありませんでした」


「こちらこそ、ドラテオ公爵未亡人様のお誘いをお断りして申し訳ありません」

「公爵未亡人様は全くお気になされておりませんでしたわ」


馬を降りるエスコートをしてくれた後、自然とカフェに案内してくれた。

「昨日は呼び止めてしまいまして申し訳ありませんでした」

感じよく丁寧に謝る。

本当はルアーナ様の事を聞きたいけれど、その話題を出すとこの先の進展は望めなくなる。

それに、根掘り葉掘り聞いて、身辺調査をしていると感づかれても困る。

だから、色々と言いたい事を押し留めた。


「嫌、私こそ急いでいたからお断りしてしまって心苦しく思っていたんだ。それに、こんな美しい人と妹を介してお知り合いになれたなんて、運がいい」

ここからはいつもと同じ。

ルアーナ様の事を話題に出さなければ、事故には言及しないのだ。


考えてみたら変よね。

それに、名前で呼んでほしいと言われて、婚約者の有無を聞かれるこの一連の流れにも、疑問が湧いてきた。

ここまでが決められたセリフのように感じてきたのだ。

もしかして、他の女性にも同じ事を言っているのかしら?


「もしよかったら私を婚約者の候補の一人にしていただけませんか?」

「そんな、婚約者の候補などおりませんわ」


リュック様と話せば話すほど、疑問が湧いてくる。

これを何としても払拭してみせるわ。


「私の婚約者候補は、リュック様だけですわ。昨日、初めてお会いしたなんて思えませんの。すごく胸がときめきますの」

にっこり笑ってアピールして見せた。


「嬉しい事を言ってくれますね、では近いうちにバレエ鑑賞に行きませんか?それとも馬での遠乗りがいいですか?」


今回でループが終わるはずだから未来の約束をしても大丈夫よね?

「バレエ鑑賞がいいですわ」


でもこのまま未来がやってきても、一旦生まれた疑念が消えることはない。

意を決して、それとなくルアーナ様の事を聞いてみる。


「ところでリュック様、わたくし本日、分家のオーレリア子爵家の結婚式に参列しますの。オーレリア子爵令嬢がボイド伯爵家に嫁ぎますのよ。確か、ボイド伯爵家はラブラジュリ公爵家の一部の領地を管理しているとか」

「ええ。農業地帯の管理を任せておりましてね」


「おめでたいお話ですわね。私といたしましては、リュック様と多少のご縁ができたと感じまして喜ばしい限りでございますわ。では、本日の結婚式は参列なさるのですか?」

「……本当は参列の予定だったのですが」


話し出すまでに間があり、少し難しい顔をしている。

これって、どうやって誤魔化そうか考えているのかしら?

過去のループでも言葉に詰まることなんてなかったわ。

今、言い訳を考えているのかもしれない。


「昨日、妹が事故にあいましてね。身内が事故にあった私が出席すれば、ボイド家が気を遣ってしまう。お祝いに水を差すような結果になってはいけないからね」


バレエに行く約束をして、『妹が重症で』とは言えないものね。


「お優しい気遣いですわね」

にっこり笑ってみせると、リュック様も微笑み返してくれた。

この笑顔が偽りではありませんように。


「アビー。あなたにも最大限の優しさを注ぎますよ」

甘くて優しい言葉は中毒性があって、うっとりしてしまう。


「そろそろ行かなくては。また明日、ここにいらっしゃいますか?」

「ええ。もちろんですわ」

「ではまた明日」

リュック様は私の右手を取り、そっとキスをして立ち上がったので、私も立ち上がり後を追う。


出入り口で馬車を見送ると、すぐに馬に乗った我が家の警備兵を呼んだ。

経験豊富で目立たない人をお願いしたら、クロノの息子であるガイがやってきたのだ。

「ガイに命令よ。ラブラジュリ公爵令息を尾行してちょうだい。絶対に見つかってはダメよ。どこで何をするか知りたいの」


「お嬢様、高位貴族の後をつけるなど、絶対にしてはいけない事ですよ。もしもバレたらお家問題に発展します」

「大丈夫よ。今求愛されたから。婚約するかもしれない相手を調べる事だってあるでしょ?」


「それは爵位の低い貴族、または爵位のない金持ちが相手の時だけです」

ダンフォード家の未来の執事頭のガイは、父親のクロノに似て口うるさい上に常識を振りかざす。


「わたしは、知りたいのよ。ラブラジュリ公爵令息は、オーレリア子爵家の結婚式をドタキャンする気でいるの。人の結婚式をドタキャンしてまで行きたい場所ってどこ?」

「それは…その…」

思い浮かばないのか、何も言えない。

私に反論する言葉が思い浮かばないようだ。


「でしょ?だから尾行して。わかった?」

「…ええ」

「返事は、ハイでしょ?ほら、早く行って!」

無理矢理送り出す。


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