43回目の目覚め
なんとかここから仕上げて行きますので変わらずお読みいただけると幸いです
目が覚めると馬車の中だった。
これまでの事を思い起こす。
43回目のループだ。
1日目、イステル氏に、ネックレスを受け取りに行った後命を落とすから、あのネックレスが原因なのかもしれないと伝えた。
すると、2日目の結婚パーティーの時、イステル氏と合流してすぐに、エリーおば様の邸宅へ行く事になった。
人に聞かれては困る話をするらしい。
二人きりのお話をする時は、イステル氏がエリーおば様に向かって『名誉の誓』を立てなければいけない。
「私エルヴェ・イステルは、神に誓って目の前にいるアビゲイル・ダンフォード侯爵令嬢の尊厳を傷付けるようなことは致しません」
「その誓いを破った場合には、上に報告しますからね」
エリーおば様の声は低くて威厳を含んだものだった。
「当然でございます」
「その約束、しかと聞きましたからね。では私はこれで失礼します。アビー、となりの部屋には執事や騎士を待機させておきますからね、何かあれば壁を叩くなり、隣の部屋に飛び込むなりしなさいね」
私の目を見てそう言った後、悪戯っぽくウインクして部屋を出て行った。
イステル氏はにこりと笑顔を作りながら、向かい側に座る。
「今、疑問に思ったのですが、『上に報告しますからね』というのは、どんな意味なのですか?」
「私は国家の安全を守る任務についていますが、そもそもエリー伯母様からスカウトされて今の職についたのですよ。エリー伯母様は私の上官の事もご存知でしてね」
エリーおば様も何らかの国家の安全に携わる立場だって事?
驚いて質問しようとする私の言葉を遮るように、
「この話は口外しないようにお願いしますね。では早速ですが」
と胸ポケットから封筒を出した。
「これがダンフォード侯爵令嬢が落札した宝石です。オークション会場で配られた説明書と本当に同じ逸話しかありません。これが王家に残る事前鑑定の結果です」
封筒には、走り書きのメモが入っていた。
「数字ばかりでよくわからないわ」
「簡単に説明すると、ダンフォード侯爵令嬢は予想の2倍の値段で落札したって事ですよ」
「意外にリーズナブルでしたのね。欲しかったから気にしないわ。それよりもこの宝石に何か特別な価値があるのかしら?」
「無さそうですね」
「それならわざわざ私を殺してまで狙う価値は無いですわね」
「まあそうなりますね。結局、何もわかっていない事になりますね。他に何か思い当たる事はないのですか?」
「ないわ」
「本当ですか?男性に思わせぶりな行動を取ったとか?」
「あるわけないじゃない!」
「まあそうですね。駆け引きができるほど慣れてないですしね」
「うるさいわね。自分が気になる男性さえ、私だけを見てくれればそれでいいのよ」
リュック様と婚約できるならそれでいい。
私に求愛してくる貧乏貴族の事なんか知ったこっちゃない。
「変えられる事は変えて行かないといけませんね。今のところ思いつく限りの事は全てやりましたが、何一つ変わってませんから」
ソファーに深く腰掛けて、長い足を組むイステル氏の顔は真剣そのものだった。
真面目な顔の時は、少し眉を寄せて、一点を見つめてじっと考えるのがクセみたいだ。
整った顔のイステル氏が真面目な表情をすると、美術館のブロンズ像のようで芸術品のようだと感じてしまう。
そんな私の視線に気がついたのか、イステル氏が顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「いっいえ、何もありません」
少し気まずくなって視線をそらす。
「ダンフォード侯爵令嬢は、どうすればこのループが終わると思いますか?終わらずに永遠に続くのではないかと考えた事はありませんか?私は…たまに考えてしまいます」
イステル氏が珍しく不安を口にした。
後ろ向きな事は考えないようにしていたけれど、心の奥底の不安が、薄い霧雲のように覆いを作って真実を隠してしまっているように思う。
「……実は心配な事があるんです。初めのうち、刺されて記憶を無くした後、またすぐにループしたのに、今は心なしか、タイムラグがあるような気がするんです」
「そうですか?私は感じませんね」
「私だけなんですね。そのうちループが終わってしまう合図なんでしょうか?私はもっと人に親切にしないといけないって事なんでしょうか?」
声が震えてしまう。
落ち着くためにテーブルの上のソーサーを持ち上げるが、手が震えてカップとソーサーが震えてカタカタと音がなる。
「お茶すら普通に飲めないなんてね」
自分にがっかりして笑ってしまう。
「ダンフォード侯爵令嬢は、初めてお会いした時から、大きく変わりましたよ。以前より穏やかになりましたし、親切にもなりましたよ」
「それっていい事ですか?」
「もちろんですよ。魅力的な女性に成長していますよ。だから自信を持ってください。ダンフォード侯爵令嬢となら、きっとこの難局を突破できると信じてますよ」
優しい言葉をかけられて、気が緩んでしまった。
頬が何だか冷たい気がする。
人差し指で触ってみると、濡れている。
「涙?わたくし泣いているの?何で……」
「ここまで頑張ってきたのに成果が見えずに、不安が押し寄せてきたからですよ。むしろ、今まで弱音も吐かずによく頑張りましたね」
「わたくし、頑張っていた?ほんとに?」
「ええ本当ですよ」
急に涙が溢れてきた。
この時ほど、一人でループしてなくて本当によかったと思えた。
誰かに相談できるってこんなに違うのね。
一人だったら頑張れなかったかもしれない。
イステル氏は優しい顔でハンカチを差し出してくれた。
その少しゴツゴツした指を見ただけで、何故か涙が溢れてくる。
こんな姿、人に見られるなんてありえない。
ましてや貴族社会で、気弱なところや後ろ向きなところを見られるという失態をおかしている。
この私が人前で泣くなんてありえないわ。
とうとう嗚咽がもれてきたけれど、イステル氏は何も言わずにずっと側にいてくれた。
「ごめん…なさい…涙が止まらなくて。ハンカチを貸していただいてありがとうございます」
洗濯して返さなきゃ。
「涙?見ていませんよ?高貴なご令嬢は人前では泣かないものだと存じておりますから」
これがイステル氏なりの優しさなんだろう。
意外と心地いい。
「自分のできることを全てやっているつもりなのですがね、運命の糸は絡まってしまっていて解けませんね」
「そういえばフローラに言われました。『結った後の紐は使用済みですわ。弛んで擦り切れてしまってます』って」
「使用済みですか。面白いことを言いますね。何か見落としている事がないかお互いに考えてみましょう」
「そうですわね」
「いつもより遅い時間までダンフォード侯爵令嬢を引き留めてしまってすいませんでした。外は暗くなってきています。危ないので、エリー伯母様に護衛の同行をお願いしましょう」
イステル氏かお願いをしなくても、エリー伯母様は心配だからと護衛の準備をしてくれていた。
護衛の馬を先頭にして、なるべく大きな通りを進む。
帰り道ラブラジュリ侯爵邸の前を通ったら、馬車が一台出てくるところだった。
ドアのところには、医療院の紋章が描かれている。
御者が馬車を停車させた。
「お嬢様、医療院の急患用馬車が出てきましたのでしばらくお待ちください。あの様子だと急患ですね」
連絡窓から御者が話しかけてきた。
急患って事は、ルアーナ様の容体がよくないって事?
ループをしていく中で知っている事がある。
それは、私とイステル氏以外の行動は変わらないという事だ。
もしも変化しているとしたら、それは私かイステル氏が起こした行動に起因するものに限る。
しかし、ルアーナ様が乗る馬車の事故に関しては、何も出来ていない。
という事は、私が思っているよりもずっと悪いのだろうか?
リュック様は2日目と3日目の朝、乗馬クラブにいらっしゃるので、そんなに悪いと思っていなかった。
早く解決方法を見つけなくては。
「しかし不思議な馬車ですね。医療院の馬車なら、御者は医療院の腕章をつけているはずなのに、あの御者にはついていない」
御者が独り言のように呟く。
「きっと急いでいたのよ。高位貴族の邸宅に向かうんですもの」
「連絡窓を閉めなかったせいで、お嬢様に独り言が聞こえてしまいましたか。すいません」
「気にしなくていいわよ」
返事をしながらすれ違う医療院の馬車を眺めた。
ダンフォード邸についてドレスを着替えた。
結婚式の悪趣味なドレスから、ディナー用のドレスに着替えながら考える。
イステル氏は自分の出来ることを全てやっていると言っていた。
でも、私はまだ全てを試してはいない。
手始めに身近な人に相談してみようかしら。
今まで一度も家族に相談した事がないのだから。
意を決してディナーの席で相談してみることにした。
幸いな事に、この3日間のディナーはどれも好きなメニューなので、ループしていても飽きない。
「もしもの話をしていいかしら?」
グラスにワインが注がれたところで切り出した。
「もしも、よ?他国から武器の密輸が行われているとしたら、どこに隠してあると思います?」
「ドラテオ公爵未亡人のところから戻ったらいきなり何の話よ」
お母様はころころと笑う。
「亡くなったドラテオ侯爵様は、軍の最高責任者をされた経験のある方だからな。ドラテオ公爵未亡人からそんな謎かけをされたのか?」
お兄様が不思議そうに聞いてきた。
「ダンフォード家の製造する砲弾は特殊だからな。密輸出を心配されたのだろうか?」
お父様は不安な顔をした。
これはやばいわ。
「違うのよ。ゲームの話。こんな謎かけをしてゲームを楽しんでいらっしゃるみたいよ」
焦って変な言い訳をする。
「ゲームか。また不穏なゲームだな」
お父様は笑い出した。
「大切な物は隠そうとすればするほど、皆探そうとするから、わざと目に付くところに置いておくよ。敢えて隠さないかな」
お兄様が安心したように答えてくれた。
「次の質問なんだけど。一度に沢山の人に移動してもらうには、どうしたらいいと思う?動けない人や病気の人も混ざっているの」
「姉さんがとうとう福祉に目覚めたのか?明日は雪が降るよ」
「なによ!文句あるの?」
「ないけどさ。ドレスと宝石にしか興味がない、気位の高い姉さんがね」
弟はニヤニヤ笑う。
「簡単ではないわね。一番手っ取り早いのは、相手に移動してもらわずにこちらが相手の居住地に移動することね。どんな人であっても、相手の気持ちを聞いて行動しないといけないわ」
お母様が言葉を選びなが言ってくれた。
「動く気持ちのない人に『来てください』と言っても動いてはくれないよ。『動いた事による利益』がないと難しいね」
お父様も答えてくれた。
「地位の高い方々はチャリティーに熱心だわ。ちゃんとした方とお話しする時って、自分の考えや、知識もつけないといけないわね」
「ありがとうお母様」
「アビゲイルが成長してくれて嬉しいわ」
少しだけわかった気がする。
ここからの対策を考えたが、まだ整理できない。
まずは明日の朝、リュック様にルアーナ様の事を聞いてみないといけないわ。
3日目、いつものように早朝に乗馬クラブに向かった。
もしもリュック様が来ていなかったとしたら、考えられる事は一つ。
私達の他にタイムループしている人がいる事になる。
いつものように準備をしていると、リュック様がやってきた。
「おはようございます、アビー」
にっこりと微笑むリュック様の笑顔に心奪われる。
オレンジ色の髪が朝の柔らかい光の中でフワリと揺れた。
「おはようございます。あの、昨日、友人からルアーナ様の事故の事を伺いました。ルアーナ様のお怪我は大丈夫なのですか?」
これまでのループの中で、この件には触れて欲しくないと思っている事は薄々感じていたが、聞かずにはいられなかった。
結婚式の欠席の件はあえて伏せて、リュック様の反応を見る。
「事故の事、聞いたんだね。ルアーナは足の骨折と、口の中を切ってね。唇が腫れているが大した事はないよ。昨日は妹の話し相手になっていたんだ」
「酷いお怪我ではないんですか?」
「一昨日、オペラの帰り道、暴走した馬が馬車に激突したんだけどね。妹は運がいい。軽い怪我で済んだよ」
初めて小さな疑問を感じた。
ルアーナ様は大怪我をおったのではなかったの?
では、過去のループの時に大怪我をしたと聞いたのは何だったの?
それにあの物々しい医療院の馬車も。
「明日の皇太子殿下の即位式にはご出席できるのですか?」
「妹は松葉杖の上、口の中を切ったせいで、口元に大きなガーゼを当てていてね。欠席をするかもしれないんだ」
「まあ。それはお可哀想に」
「リュック様はご出席なさるのですか?」
「勿論だよ。我が家は、今回の戴冠式に出席される司教様の送迎を任されていてね」
「軽症なのに、明日欠席なさるってお可哀想ですわ。お見舞いにお伺いできますか?」
「ガーゼを当てた顔を誰にも見られたくないらしくてね。会うのは無理だけど、気持ちだけ頂いておくよ」
漠然とした不安が心の奥で警告のアラームを鳴らす。
でもそれが何なのかわからない。
ここからは当たり障りのない会話へと移って行った。
8時になったらリュック様は帰ってしまう。
どうしようかしら。
この漠然とした不安を打ち消すにはどうしたらいいかわからない。
好きな人を疑うのも嫌だ。
でも今の私にはどうする事もできずに、乗馬クラブから帰るしかなかった。
昨日見た医療院の馬車。
御者が急患だと思うくらい物々しい感じだったのに、ルアーナ様は軽いケガ。
過去のループでは、リュック様からあまり容体はよくないとも聞いたはずだ。
何が真実なの?
漠然とした不安はルアーナ様の事と、リュック様のなんともいえない態度のせいだ。
お屋敷についても落ち着かない。
乗馬の後はスパに入るのだが、すぐに切り上げた。
やっぱりフローラに相談に行こう。
先触れをを出して、急いでドレスに着替える。
お母様にフローラの所に行くと告げると、時間になったら迎えに行くと言われた。
やっぱり宝石商に行くことは変えられないのね。
あまり時間がないとわかり、急いで向かおうとしたが、フローラから会えないというお断りの連絡が帰ってきた。
「フローラ様からのお手紙が届いております」
と執事のクロノに差し出される。
『目の前に見えているものも、中を開けば全く違う。
残された時間はあと僅か』
もしかして、ループの回数に上限があるってこと?
それを超えると、私は死んでしまうかもしれない。
この後の未来はほとんど変えられない。
だったら、出来ることをしよう。
今感じているリュック様に対しての不安や疑問はどうやったら解決できるか?
答えは一つ。
真相を突き止める事だ。
そういえば、以前のループの際、お忍びで街歩きをしているリュック様を見かけたとクリフが言っていた事を思い出す。
「お父様付きのクリフを呼んで頂戴」
侍女にお願いをして呼んできてもらった。
「アビゲイルお嬢様、いかがなさいましたか?」
「質問がありますの。私が乗馬クラブでお会いしたリュック・ラブラジュリ公爵令息を街でお見かけしたりした事はあるのかしら?」
「ええ、昨日お見かけしました」
「それは何時頃どこで?」
「たしかお昼過ぎだったと思います。ミッタブ地区の通りを歩いていましたよ。一見すると貴族には見えない感じで」
結婚式に出ている時間だわ。
というか、その時間にお忍びで外歩きができるなら、結婚式をキャンセルなんてしなくてもいいじゃない。
「わかったわ。ありがとう」
真相を確かめる方法は、次のループで結婚式を欠席することだけれど。流石にそれはできない。
どうしよう。
この不安はイステル氏に話せないから、フローラのところに行ったのに。
どうすればいい?
考えなきゃ。
ちゃんと計画を立てなきゃ。
不幸中の幸いなのは、次のループがあると信じられる事と、記憶はなくならない事。
「アビゲイル、そろそろ宝石商に行く時間ですわ」
お母様に呼ばれて、エントランスへと向かう。
不安を打ち消して、婚約へと向かって頑張るのよ!
ここからの変化は何も望めなかった……。




