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驚いたイステル氏の反応

「どうでしょうか。ダンフォード侯爵令嬢はそもそも狙われる理由がわかりませんからね」

「確かに心当たりはありませんわ。ですから、今できることをやります」


「では、そろそろ帰りましょう」

「ええ」

イステル氏は松葉杖を差し出してくれた。


ケガのふりをしているので受けとって立ち上がると、よろけてイステル氏にぶつかってしまった。


普段、杖なんて使わないからだわ。

イステル氏は、右手で私を抱き止めて支えてくれる。


グッと抱き止めてくれた腕は、筋肉質だがしなやかで、胸板は想像より厚くて、安定感があった。

「ごめんなさい!」

顔を上げると、思いのほか近い。

唇があと数センチの距離だ。


前回のオペラの時よりも断然距離が近かった。


びっくりして勢いよく離れたが、イステル氏は固まっている。

「いえ……お怪我が悪化…しなかったのなら…」

イステル氏は顔を真っ赤にして、こちらを向かずに下を向いた。


周りで見ていた、海兵隊員から笑い声が起きる。

「ドラテオ公爵未亡人から怒られるぞ!」

「女の扱いは百戦錬磨のエルヴェも、相手が侯爵令嬢じゃあ赤面か?」

海兵隊の制服組の皆が軽口を叩く。

お酒が入っているからだろう。


イステル氏は、周りから囃し立てられても微動だにしない。

もしかして、突然の事で恥ずかしかったのかしら?

偶然の出来事だったが、意図せず仕返しができたようで満足だ。


しばらく固まっていたイステル氏がゆっくりと顔を上げた。

「失礼しました」

いつものイステル氏だ。

顔色も表情も普通に戻っている。


「脱兎の如く私から離れられるのですから、その足、怪我していませんね?」

冷静に指摘されて目が泳ぐ。


「いえ。あの…乗馬で足がふらついて…」

しどろもどろに答える。

「やっぱり、ダンフォード侯爵令嬢は素直ですね。意図的に嘘をつこうと思うと、とことん上手に振る舞えますが、急に指摘されるとボロが出ますね」

イステル氏が意地悪そうにニヤリと笑う。


「いえ。そんな事!」

また失言しそうになる。

自分では、真実を話さずに会話をしていくのが得意だと思っていた。


言い換えるなら、嘘が上手だと思っていたのだが、イステル氏には通用しない。

やっぱりスパイだからだわ。


「真実って、どうやって見抜くのですか?」

ふと疑問に思ったことを言う。

「相手の言葉に引っかかりを感じたら、何故そう言ったのかを冷静に考えるのですよ。きっと何か意図があるはずなのです」

「ふーん。そうなのね」

イマイチ理解できずに適当に返事をした。


『今、自分が見ているものが全て真実である』って、当然のことを言われて納得しないはずはない。

しかし、ここである事に気がつく。


「ループの度に、少しずつ行動を変えていますが、そのどれもが真実って事ですよね?」

「そうですね」

「私が、エリーおば様とどんな話をするか、毎回違いますが、そのどれもが真実……。同じように、その時々によって色々な行動を取っていますが、その時に見たり聞いたりしたことも全て真実…」


「そうですね、どんなに行動を変えたって15時10分に雨は降るし、日が暮れるのだって毎回同じ時刻。真実を知るために、その先の未来に辿り着くために私達は行動しているのですよ」

イステル氏の声から強い意気込みが感じられた。


今まで見聞きしたことに、全てが含まれている。

ということは、違う角度から同じ物事を捉えているということになる。


「という事は、今まで見聞きしてきた事を繋ぎ合わせていけば、未来に繋がる何かが見えてくるかもって事ですよね?」

「その通りですよ。頑張りましょう」


「未来って素敵な言葉ですわよね」

このループを抜け出せたら、リュック様との未来が待っているわ。

まずは、二人きりでピクニックに行くわ。

でも…婚約前に二人きりになるのはよくないわよね?

まずは婚約してから。


想像は膨らむばかりで、夢見心地のまま立ち上がった。

「ダンフォード侯爵令嬢」

イステル氏が歩き出した私を追いかけてきた。


「軽い足取りですが、松葉杖を忘れてますよ?」

その瞬間、自分が足を怪我したフリをしている事を思い出す。


「なんだか、今なら歩ける気がいたしましたのよ。でも、イタタタ!」

ちょっと大袈裟に振る舞う。

イステル氏は演技だとわかっているみたいだったけど何も言わなかった。


3日目、また早起きをして乗馬クラブに向かう。

今日は、横乗りで馬を走らせるレッスンに入る予定だ。

リュック様と二人で遠乗りに行くには早く走らせる事ができるようにならないといけない。


でも、今日は少し寝坊をしてしまった。

1日目の夜、寝付けなかったから、その反動だわ。

イステル氏のせいだけど、あんな事くらいで動揺した私も悪いわ。


乗馬クラブに到着して馬車を降りた。

馬車の後部に積んだ馬への賄賂をクリフに降ろしてもらう。

ちょうどその時、黒塗りの大きめの馬車が通用口近くに停まった。

豪華な馬車だけど、1人乗り用ではないわね。


チラチラと見ていると、降りてきたのはリュック様だった。

馬車に紋章がついていないのは、強盗に狙われる事も多いからだろう。

しかし何人乗りなのかしら?

結構大きな馬車だわ。


リュック様の後ろから、若い使用人が出てきて、ジャケットを羽織る手伝いをしている。

それから歩きだしたリュック様の乗馬用ブーツを磨きだした。

リュック様の足取りに合わせて、移動しながら磨いていく。


歩いている主人の靴を磨いている姿を初めて見た。

どんなに躾けられた使用人なのかしら?

驚いて馬車の陰から眺める。


「お嬢様」

クリフが話しかけてきたので、「シー」と言って口の前で指を立てる。

こっそり見ている事を知られたくない。


「どうしたんですか?」

クリフが声を落としながら私の側に来て、視線の先を見た。

「あの狼藉貴族ですか!昨日、お嬢様に必要以上に近づこうとしていた」

「狼藉?違うわ。駆け引きよ。恋愛のね」


「お嬢様がそれでいいなら、よろしいですが。アレは、思わせぶりなだけで……。しかし、すごい光景ですね」

クリフも驚いている。


「本当に」

なんて威厳溢れる姿なのかしら。

ここまでしてでも仕えたい主人なんでしょうね。

建国以来からの由緒正き貴族って違うわ。


「どんな弱みを握られたらあそこまで仕えるんでしょうか。私は旦那様付きですが、お優しい主人でよかったと思ってますよ」

クリフは、そう言いながら荷物を降ろす作業に戻った。


視点が違っても驚く光景なんだわ。

リュック様付きの使用人は、慣れた手つきで靴を磨き、その後は礼をして見送っている。


思い返してみると、バレエやオーケストラの公演などで、見送りが一段と丁寧な使用人を見た事があるけれど、あれって皆、由緒ある貴族の使用人なのかもしれないわ。


「お嬢様、そういえば昨日、あの方をお見かけしましたよ。目立たない格好で一人で歩いてましたよ」

「お忍びね。たまにお兄様もやってるじゃない」


「そんな雰囲気ではありませんでしたけどね。さあ、準備は整っていますから、中に入りましょう」


この後は、いつも通り乗馬のレッスンに励む。

リュック様が見ているから手を抜くわけにはいかない。


「おはようございます、アビー」

リュック様が私のスピードに合わせて馬を歩かせながら近づいてきた。

「リュック様、おはようございます」

「今日は、少し早く帰らないといけないもので。今からお茶でもいかがですか?」


こんなふうに誘われるのは初めてだ。

2日目のモーニングの時、リュック様が会話をリードしたせいかしら?


「ええ、よろこんで」

「よかった!では先に厩舎に向かっていますね」


私もゆっくりと後を追うと、厩舎の前でリュック様が待っていてくれた。

「さあ、アビー。馬から降りるのを手伝いますよ」


踏み台のところで手を差し伸べてくれた。

私は笑顔でその手をそっと掴み、ゆっくりと踏み台に足をかけて降りる。


「昨日と同じ席でもよろしいですか?私はあの席が気に入っているんです」

「ええ、よろこんで」

リュック様にエスコートされて席に向かう。


「来月『失われし都市の銀細工展』が国立美術館でありますね」

「そうらしいですわね」

執事のクロノから聞いたが、銀細工展では何も購入できないらしい。

見るだけだから興味はない。

やっぱり購入できるような展示会じゃないと私は見に行かない。

だってつまらないじゃない?

でも、そんな素振りは見せずに返事をする。


「珍しい銀杯が展示されるそうですよ」

どんなに珍しくても、自分の物にできないのなら興味はないけど、笑顔をふりまく。

「まあ!きっと素敵なデザインなんでしょうね」


「私は美術品を見るのが趣味でして」

ここから、どこかの美術館の絵画や、彫刻の話が続いた。

絵画や彫刻は、纏う事ができないし、そんな物を見たって面白くもなんともないので、一度も見に行った事はない。


オークションには価値の高いドレスや、高価な宝石類と共に、絵画や彫刻、ビンテージ陶器などが出品されるから仕方なく見ているだけで、興味を持った事は一度たりともない。


「何度かオークション会場でアビーを見かけた事があるんですよ。どこのご令嬢だろう?って気になっていたんですよ」

「まあ!嬉しいわ」


オークション会場では、私達は直接落札しない。

お抱えの美術商に落札させるのだ。

ただし、美術商は数人の貴族と契約している上に、自分のお店にも出す商品を落札する。


だから。どこの誰が買ったのかはわからない仕組みになっているのだ。

「最近では、王家の払い出しのオークション会場でお見かけしたんです」

「迎賓館のオークションにリュック様もいらしたのですね。沢山の品物がオークションにかけられておりましたわね」


その時に落札したネックレスとイヤリングの対は、宝石商にクリーニングに出しており、この後受け取りに行く予定だ。

フローラが言っていた『宝石を持っていることをお忘れなく』ってこの事なのかしら?

きっとそうに違いないわ。


「アビーは何か落札したのですか?」

「落札できなかったんです。素敵なティアラが出品されていましたが……」


あの時は、いくつもの宝飾品のオークションに参加していた。

王室のオークションの場合、高価な品物は競にかけられる。

その前段階のデモンストレーションとして、中程度の宝飾品は入札方式のオークションがあるのだ。

目的のティアラは、入札方式で購入できずに、後で結果を見たら僅差で他の人に落札されていた。

あの時、すごく悔しい思いをして帰ってから怒鳴り散らしたんだったわ。


ネックレスとイヤリングのような高価な品物の落札に関しては誰が聞いているかわからないようなこの場では他言する物ではないというのが常識だ。


「競で負けたのですか?」

「いえ。入札方式でしたの。次は是非ご一緒したいですわ」

「残念ながら、ああいった場では他国の取引先の方を招待しているものでしてね。ご一緒できるなら、したいですが、なかなかと難しいですね」


「お仕事関係の方とご一緒なら仕方ありませんわ」

オペラでも仕事関係の方であろう人とお話していたのを目撃したから、普段から仕事の事ばかり考えているのだろうと容易に想像できる。


「リュック様は何か落札されたのですか?」

「私は珍しい万年筆を集めておりましてね。いいものがないかと思って参加したのですが、残念ながらありませんでした」


ここから、過去に見たオークションの話題で盛り上がったが、頭の片隅でフローラの言葉が何度も響く。

すぐにでも対策を立てなければ。


乗馬クラブからの帰りの馬車の中で考える。

ネックレスを取りに行かなければいいのかしら?

ダメよ、皇太子殿下の即位式である明日は、全てのお店がお休みだから、今日取りに行く事になっている。


じゃあ、あのネックレスを利用しないことにして今日は取りに行かなければいいんじゃないかしら?

これもダメ。

王室の放出品なのよ。明日着けずして、いつつけるよのよ!


フローラに言われるまで思いもしなかったけれど、今日私が殺されるのはネックレスを持っているからなのかもしれないわ。

あの宝石にそんな価値があるとは思えないけど……。

そうとしか考えられない。

なんとかして宝石も自分の命も守ってみせるわ。


そう誓ってはみたものの、この日はどんなに抵抗しても自分の思い通りにはならない。

宝石を受け取った後、お屋敷に戻ってみたら火事で。

そしてシルファランスホテルに行くことになり……。


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