いつもなら眺めるだけだった雨なのに
そのまま長居していたら渋滞に巻き込まれたわねと安堵した事もあれば、帰路の途中で大事な用を思い出して事なきを得た事もあったから、帰れと言われたら急いで帰った方がいい。
馬車が走り出したのが15時だった。
あと10分で雨が降るので、御者にその旨を告げて、雨対策をしてから馬車を走らせる。
御者は懐疑的だったが、従ってくれた。
15時10分の雨を馬車から眺めながら帰路に着く。
急に降り出した雨のせいで、色々なショップに足止めになっている人が、ショーガラスの向こうから、外を眺めているのがわかる。
カフェは長居するお客様が増えるのかしら?
外の様子を見ながら馬車を進めていくと、一つのお店に目が止まった。
庶民向けのカフェだが、人でごった返している。
そこから一組の男女が、ジャケットを傘がわりにして仲良く小走りで出てきた。
背丈や一瞬見えた笑顔がリュック様に似ているからドキッとしたけれど、髪色が全く違うし、傘がわりのジャケットだって見た感じ高価そうではない。
見間違えね、頭が混乱しているのよ。
第一この雨だもの。視界が悪いのだから顔だってきっと全く違うはずだわ。
連れの女性は、背筋がスッと伸びたオートクチュールショップの店員のようなお洒落な女性だ。
仲睦まじい様子で、肩を寄せ合い、路地を曲がって行った。
私も早くループを終わらせて、リュック様と本物のデートをするのよ。
誰でもリュック様に見えてくるなんて末期症状ね。
冷静にならなきゃ。
このまま行くと、本当にタイムストーカーだわ。
3日目からの先の未来を見たい。
それにはイステル氏との協力は欠かせない。
いつまでも怒っていたって、ダメよね。
イステル氏に今日の結婚パーティーに行かなかった事を謝ろうかしら。
イステル氏に会いたくなくて逃げたのだもの。
言い訳するなら手紙しかない。
42回目の出来事は、このループの中で完結した方がいいに決まっている。
けれど、ここで初めて、私はイステル氏の連絡先を知らないという事がわかった。
知る必要がなかったからだ。
外はまだ雨が降っている。
今から結婚式に戻れば、イステル氏と合流できる。
悩んだ挙句、また結婚パーティーに戻ることにした。
パーティー会場に戻ったのは、15時30分だった。
「ダンフォード侯爵令嬢、お戻りいただけたのですね!」
新婦の父親が、嬉しそうに出迎えてくれた。
馬車から降りる時、思い出した。
さっきは足を引きずって見せたのだったわ。
今の私はさっきとは違うドレスを着ている。
フローラに着せられたのは、『フローラのお兄様が送ってきたサイズの合わないドレス』だ。
フローラには合わなかったかもしれないが私にはピッタリだったし、何故だか仮装パーティー用のドレスのようで、包帯と松葉杖がセットされていた。
ドレスのデザインは、至って普通なのに、仮装パーティー用とタグがついていたのだ。
フローラはサイズの合わないドレスを順番に着て欲しいと言ったから、面白そうだし着用してみたけれど、まさかこのタイミングで追い返されるなんて!
ご丁寧に、松葉杖まで馬車に詰め込まれている。
私は、松葉杖を持ち、いかにも治療してきました風を装って会場に戻る。
イステル氏はびっくりした顔をして駆け寄ってきた。
「どうされました?もしや乗馬で怪我ですか?以前は、足指を怪我されたとの事でしたが、大丈夫ですか?」
本気で心配してくれている様子を見て、嘘ですとは言えなくなってしまった。
「心配無用ですわ」
不自然な笑顔しか作れないが、とりあえず席に案内してもらう。
「さっき気がついたのですが。私、イステル様の連絡先を存じ上げておりませんわ。もしもイステル様に連絡しなければならない時はどうしたらいいのでしょうか?」
「海兵隊は手紙の検閲があるので無理ですからね。では、ヴァンペルト教会に手紙をください。封筒には『至急・エル会計士へ、アビー』とお書きください」
「会計士?ですか」
「こう書くと、開封されませんし、確実に私に届きます。しかも至急でね」
「お金の催促だと思われるんですか?」
「まあそうです。それ以上は聞かないでください」
ここからはフローラの話をした。
「パッセラ侯爵令嬢の所に行っていたんですね。パッセラ侯爵家といえば、沢山のワイナリーを経営していて、その品質は世界最高級ですよね」
「ええ。何で、宝石商が立ち並ぶ一角に邸宅があるのかしらね?」
「その昔は、パッセラ家のワインの価値は宝石と同じだったからですよ」
「えー!知らなかった!」
「パッセラ家は、長い間、貴族籍を辞退されていたのですが、あまりにもワインを狙った犯罪が多すぎて、国で警護をする事になったのです。それで渋々、叙爵を受けたのですよ」
「だから、新興貴族の私達とは全く違うのですね」
「フローラ嬢は沢山の噂がありますね。未来が予知できるとか。霊が見えるとか。聖女だとか」
「そうなの?知らなかったわ。確かに変わった子だし、アドバイスを聞くといい事があるんだけど」
「アドバイスを貰えるんですか?」
「友達ですもの」
「それはすごい!なかなかとお会いするのも難しいと伺いますが」
「そうなの?いつ行ってもいるわよ。あの子、引きこもりだし」
イステル氏は、クスクスと笑った。
「このようにご友人の話を聞くのは初めてですね。なんだか面白い。で、今回は何かアドバイスを貰えたのですか?」
全部を話すつもりはない。
リュック様の事を少し懐疑的に見ている事とかは話さなくてもいいわよね。
「二人が同時刻に『殺される』と感じているなら、その時刻を一緒に過ごすべきだって」
「そう言われましても。かなり難しい事を言いますね。何かを見たなら、それを理由にして強引に進められますが。何も見ていない、聞いていないのではどうしようも出来ません」
「確かにそうですわね。フローラも目で見た事実が大切だって言っておりましたわ」
「目で見た事実か。もう少し広くを見て見ます」
「私達は見えない敵を追いかけているのでしょうか?」
「どうでしょうか。ダンフォード侯爵令嬢はそもそも狙われる理由がわかりませんからね」
「確かに心当たりはありませんわ。ですから、今できることをやります」




