表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
9/32

第08話 暁天

今回も姉妹の回です。

よろしくお願いします。

【国東家】


 21時09分。突然立ち上がった零音ちゃんは、何も言わずにテレビをじっと見ていた。零音ちゃんの事が気がかりだけれど、こうなった彼女は集中が途切れるまで動かないことは分かっていたので、私もテレビの方へと視線を向けた。


「邪魔。」


 最初にテレビに映ったのは、カメラマンを不愛想にあしらう道着姿の女性だった。この人が東条響さんなのかな?中野さんが声をかけようにも、取り付く島もないと言う感じであった。


「コラ東条!失礼やろうが!」


 パンっと高いを立てて、彼女の後頭部に丸めた新聞紙が叩きつけられた。


「イテッ。」

「せっかく取材に来てくれたテレビの方々になんちゅう態度すんねん!」

「いや、頼んでへんし。」

「アホゥ!」


 御年配の女性が、再び東条さんの頭へ新聞紙を叩きつけた。放送禁止用語が多用されていたのか、副音声に切り替わりながらも、二人の罵り合いの映像が流れた。その数分後無事(?)取材が始まった。


「は、初めまして。中野と申します!」

「東条です。」


 見るからに不機嫌な東条さんを前に、中野さんもかなり緊張しているようだった。


「本日はお忙しい中お時間をいただ…」

「そういうのんええから。練習前やし。早よやろ。」


 見ているこちらが息苦しくなるほど、東条さんはご機嫌斜めの様子だった。


「す、すみません。ではまず東条さんが柔道を始めるきっかけになったことは何ですか?」

「う~ん。なんやろ。気が付いたらやってたしなぁ。」


 ちゃんと答えてくれた事に私は、安心を覚えた。


「あんまり覚えてへんけど、確かテレビかなんかで柔道やってて面白そうやなって思ったのがきっかけやったんちゃうかな。」

「なるほど。それはオリンピックとかですかね?」

「いや、覚えてへん言うてるやん!」


 さっきまでの不機嫌な態度ではなく、絵に描いたような関西人のリアクションを取った。所謂ツッコミと言うやつだ。感情の落差の激しい方のようだ。その後も質問と返答とツッコミが続き、最後の質問になる時にはスッカリ東条さんの機嫌は直っていた。


「お姉さんめっちゃおもろいやん。」

「は、はぁ。」


 中野さんはずいぶんと疲れの色が見えていた。


「えっと、次で最後の質問なんですが。ズバリ!ライバルは誰ですか!」


 空元気にも思える声のハリで中野さんが質問をする。


「おらんよ。」

「え?」

「いや、だからおらんよ。」


 私もテレビの前で「え?」と言ってしまった。


「アタシが一番強い。始めた時から今までずっと。その結果が今や。」


 つい先ほどまで機嫌が直り、ニコニコしていた東条さんの顔は、まるで今から試合でも始まるのかと思わせるほど、真剣な顔つきに変わっていた。


「この先もアタシは勝ち続ける。勝った負けた繰り返すライバルなんかおらんし、いらんよ。」


 中野さんもその覇気に当てられたのか何も聞けずにいた。


「んじゃ、練習行くけど、ええかな?」

「あ、はい。ありがとうございました。」


 その後テレビ局のセットに戻った映像からは、また中野さんが専門家の方々からいじられている映像が流れていた。


 東条響さん。怒ったり笑ったり不愛想だったり。とても感情の豊かな方だった。でも最後の質問の時の表情…。


(なんだろう…)


 たぶん喜怒哀楽で言うなら怒と哀なんだと思う。だけど一言では言い表せない。そんな複雑な感情が伺えた。零音ちゃんの方を見ると、緊張が解けたのかストンと力無く椅子に腰かけた。


「零音ちゃん?」

「…。」


 零音ちゃんは相変わらず沈黙している。流石に心配になった私は肩に手を触れてみた。


「零音ちゃん…?」

「あっ…彩音さん…。」

「どうしたの?体調悪い?」

「いえ…大丈夫です…。」


 零音ちゃんは大丈夫と言ったものの、顔色は優れなかった。


「もう9時過ぎだね。御馳走さまして寝る準備しようか。」

「…はい。」


 手を合わせて御馳走様をした後、結局食べきることが出来なかったハンバーグにラップをして、私はお皿洗いを始めた。零音ちゃんはと言うと自分の皿を運んだあと、テーブルを拭いてくれている。


 最後は少し気まずかったけれど、今日は少しだけ、ほんの少しだけ私たちの距離は縮んだ気がした。この距離は、一歩と言うにはあまりにも短いのかもしれない。だけれど確実に一歩を踏み出せた。それが嬉しくて私は自分でも気が付かないうちに鼻歌を口ずさんでいた。




【零音の部屋】


 22時49分。晩御飯を食べ終わった後、部屋に戻った私は、明日の確認テストに備えて少しだけ復習をしようと机に向かい、今に至る。突然だけど私、国東零音には苦手なものがたくさんある。小テスト、抜き打ちテスト、定期考査。勉強自体は好きだけれど、テストはどうも苦手だった。


「ハァ…。」


 思わず溜息が零れる。私は天を仰ぎ、今日一日の回想に耽り始めた。まずは学校。香川さんと同じクラスになってしまったことは、どうしようもない事とは言え、思わず溜息の蛇口が全開になりそうになる。ほかのクラスメイトはと言うと、正直言って知らない人ばかりだった。


「そう言えば森川さんも同じクラスだったっけ。」


 森川由美(もりかわゆみ)さん。柔道部のマネージャー。私達スポーツ推薦組と違い、入学した時は普通科だった。でもマネージャーとしてとても優秀だったようで、二年生からはスポーツ推薦組と同じクラスになったとのことらしい。


 森川さんは、香川さんとはまた違った圧がある。苦手と言うほどではないけれど。ただ特別親しい訳でもないので、あまり話すことはないと思う。


 出来れば今年も穏便に、平和に、慎ましく一年を過ごしたい。しかし学校も家も環境が変わってしまった今では、それはとても遠い理想に思えた。


「彩音さん…。」


 テレビでお父さん達の仕事の話が出た時、とても、とても悲しそうな顔をしていた。初めて見る彩音さんの表情に、胸が押し潰されそうになった。いつもの笑顔が見たい。あの時私は確かにそう思った。


 彩音さんはいつも笑顔で優しくて強い人だと思っていた。だけれど私と一つしか歳の違わない同じ中学生なのだ。それに…。


「彩音さんもお父さんを…。」


 それ以上は言わなかった。言ってしまえば、自分のトラウマを呼び起こしてしまいそうだったから。ただでさえテレビで()()()を見てしまい、今の私の心境は穏やかではなかった。


 またしても鼓動が暴走してしまう前に、私は意識を再び机の上に広げられたノートに戻した。




【彩音の部屋】


「ハンバーグは結局少し残しちゃったけど明日の朝ごはんにしよう!」


 私は日課の日記を書いていた。私は日記を書くとき、どうしても内容を口ずさんでしまう。この癖だけは、日記を書き始めたころからどうしても治らなかった。


「もっと零音ちゃんとの距離が縮まって、お母さんと弦さんの仕事もひと段落ついて、家族皆で…。」


 皆で…。皆でなにしよう。まずはどこかにみんなでお出かけしたいな。もう少ししたら桜も見ごろになるし、今年は4人でお花見したい。ショッピングも行きたい。テーマパークもいいな。あ、でもお母さん達は疲れているよね。だったらお庭でバーベキューもいいな。


「ふふっ。」


 楽しい未来を想像していると、思わず口元がほころんでしまう。あれもしたいこれもしたいと考えていると、ピピっと壁に掛けてある電波時計が鳴った。時刻は23時になっていた。


「もうこんな時間かぁ。寝ないと。」


 寝る時間なのは分かっている。だけれど何だか胸がドキドキして眠れそうになかった。しかし夜更かしをしてしまえば、お弁当を作る時間に起きれないかもしれない。私は日記を閉じるとベッドに潜り込んだ。


「明日はどんなお弁当にしようかな。」


(ミニハンバーグはテリヤキソースで絡めてミートボール風にしよう。ポテトサラダはコロッケにリメイクして、それから…。)


 いけない。楽しくてつい考えてしまう。いい加減に寝ないと。


(零音ちゃん…。喜んでくれるかな…。)


 零音ちゃんが食べているところを見るのが好きだ。とても美味しそうに、嬉しそうにに食べてくれるから。零音ちゃんは、私の料理好きなのかな?ふと夕食の時の、彼女の言葉を思い出す。


(料理に不満は…無いです。だけどおかずは…もう少し多くても…大丈夫です。)


 不満は無い…か。少なくとも嫌いではないよね…?不安が過りそうになる。


(大丈夫。いつもあんなに美味しそうに食べてくれるんだもん。)


 自分に言い聞かせると、少しだけ意識が薄れてきたのをを感じる。


(よーし!明日もがんばるぞぉ…)


 心の中で気合を入れたのを最後に私の記憶は途絶えた。




【零音の部屋】


 05時15分。スマホのアラートが鳴る。やっとの思いでアラームを止めると、私は瞼を擦りつつ、布団をはぐ。ぼやける視界と(もや)のかかる頭。カーテンの隙間から白み始めた空が見える。窓を開くと朝の澄んだ空気が鼻腔をくすぐった。


 まだ冬の名残の強い空気は冷たく、深呼吸すれば一気に思考がクリアになる。靄の晴れた頭で、私は先ほどまで見ていた夢を思い出していた。


 昔からよく見る夢だ。幼い日。母の最期を看取る記憶。しかし、いつも母の最期の言葉を聞く前に、夢から追い出される。あの時、母がなんて言ったのか。私は思い出せないでいた。いや、きっと思い出したくないんだ。


 少しだけ鼓動が早くなるのを感じた私は、もう一度深く深呼吸をする。冬の香りに交じって、春の香りも仄かに感じられた。パンっと両頬を叩くと、私は制服に着替えるためベッドを抜けた。




【リビング】


 5時52分。朝食を終えた零音ちゃんは、お弁当箱と洗濯したての道着を両手に持つと小さな声で「行ってきます。」とお辞儀をした。


「いってらっしゃーい!」


 私は、洗物をしながら少し大げさに言った。零音ちゃんは少しだけ頬を赤らめる。相変わらず目は合わせてはくれないけれど、ちゃんと声は届いているようだ。


 いつも零音ちゃんは、6時前には家を出る。柔道部の朝練に出るためだ。律明大付属は柔道の名門というだけあって、練習はとても厳しいのだろう。所々解れた柔道着を見れば、その壮絶さが伺えた。


「大変だなぁ。」


 私の独り言は、蛇口から流れる水音にかき消された。


 引っ越してきて、もう一か月近く経つ。その間、零音ちゃんはほぼ毎日部活に励んでいた。春休み中も、週末祝日問わず。ずっと、ずっと頑張っている。


 私に出来ることは家事くらいしかないけれど。支えてあげたい。家族として。姉として。…姉として?


(そっか。私、お姉ちゃんなんだ。)


 当たり前のことだけれど、忘れていた。だって、一度も呼ばれていないのだから仕方ない。


(いつかは呼んでくれるかなぁ。)


 零音ちゃんが私を「お姉ちゃん。」と呼ぶところを想像する。あまりにも()()()()()()ので思わず笑ってしまう。


 どちらかといえば「お姉ちゃん。」より「姉さん。」と呼ぶ方が()()()思う。いつかは呼んでほしいな。その時は私も…。


「零音」


 いざ口に出してみると、思ったより恥ずかしい。しばらくは、お互いこのままの呼び方の方がいいかな。


 私は、食器を洗い終えると次は、洗濯機に足を運んだ。

冬の朝の澄んだ空気が好きです。

夜空は四季を通して好きなんですが、朝は冬が一番好きですね。とても寒いですけど。

次回からはやっと今まで紹介だけで終わっていたキャラが動き出す予定です。

精一杯頑張って書くので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ