記録の26 魔法の呪文
戦いを終えた今、あの悪霊はかなりの強敵であったと改めて思う
テッセ王国最強の騎士である私が疲労やダメージで動けなくなるなんてこと、今まで一度だって無かったのだから
全身の力を使い切り、もう宙に浮いていられる程の気力なんて残ってない
というかなんで宙に浮くだけじゃなく自由に動き回れたのか分からん
地面に叩きつけられるまでの僅かな時間の中、目を閉じて戦いを振り返ってみたが答えは出ない
「みんなぁぁぁ! 急げぇぇぇ!!」
この声はウンボバンボか? 安心しろ。もう敵は倒したんだ。急ぐことはなにもないぞ
「せーのっ!!」
……何故だろう。地面に叩きつけられたはずなのに痛みを感じないのは
それどころか妙に温もりを感じる。不思議に思い目を開けると、4つの馬面が私の顔を覗き込んでいた
「目を開けたぞ!」
「大丈夫ですか!?」
「うおおおおぉ! ありがとうございました!」
「疑ってすいませんでした!」
心配や感謝、謝罪の言葉がこれでもかと言うほど浴びせられる
すまんが順番に喋ってくれ。今は全員の言葉を一度に聞き入れるだけの気力はないのだ
「どうしましょう……リッツさんが死んじゃいます……」
それは要らぬ心配だなラビトよ。魔王を討伐するその時まで私の命が尽きることはないからな
「みんな落ち着いて! リッツなら大丈夫だから!」
そう。スイの言う通りだ。みんなして騒ぐ必要は無い
少し疲れただけだ。ちょいと寝て飯を食えばすぐに元気になるだろう
「だって私……回復魔法使えるんだもん!」
……はぁ? ちょっと待てスイ。そういう事じゃないぞ?
寝て飯を食えば元気になるって言って――ないな。なぜなら声に出してないから
だがそこは察するべきだろう? さっきは親指立てて応えてくれたじゃないか。あの時の以心伝心はどこ行った?
事情を知らないオルトナリアは置いといて、ウンボもソボンボもイルブンボもその手があったかと歓喜の声を上げている
貴様等、その身をもって体感しておきながらよく人に勧めようと思えるな
スイの回復魔法の凄さと恐ろしさはよく知っている
死んでさえいなければどんな傷だって元通りになる。ただしのたうち回るほどの激痛と引き換えにだ
今まで何度も間近で見せられ、それでもなお『お願いします』と頼める勇気はない。もしそんな奴が存在するならば是非とも顔を見てみたいものだ
そうこう考えているうちに私は身動きが取れない状態にされていた
バンボ達に四肢を押さえられ、腹の上にはラビトがのしかかっている
いよいよ覚悟を決める時が来たようだ。このような結果になったのも全て、私の弱さ故のこと
ならば腹を括り受け入れようではないか
「リッツ! 死ぬんじゃないわよ!」
死ぬことは無い。お前に殺されることはあるかもしれないがな
スイの掌が淡く光り、私の傷口に触れた瞬間だった
「ーーーーーーッッッ!!!!?? ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この痛み――想像以上だ……。全身の毛穴全てに針が突き刺さるような痛み
かと思えば鈍器を延々とフルスイングされ続けられたり、四肢の末端からローラーのようなもので徐々にすり潰されていくような痛み、おろし金で擦りおろされるような痛み、剣で何度も刺され続けるような痛み、金的等々――
この世に存在するありとあらゆる痛みのオンパレードだ
しかし襲い来る痛みは肉体だけに限らず。ふと私の脳内に流れ込んできたのは幼き頃の記憶であった
あれは私が14歳の頃――。当時の私は必殺技というものに憧れを抱いていた
ただ剣を縦に振っただけものを『裁きの鉄槌』と呼んだり、体を回転させて連続で相手を斬りつけることを『妖精達の輪舞』と呼んだり――とにかく全ての動き名前をつけて必殺技と呼んでいたのだ
開発するだけならまだよかった。誰にでもそんな時期はあるものだと私は思っている
問題はその全ての必殺技を国の剣闘大会で叫びながら戦っていたこと
当時まだ無名であった私はそれがきっかけで変に目立ってしまい、『技名叫ばなきゃ剣を振れない男』、『縛りプレイ』、『神聖なる光の騎士(笑)』などと呼ばれるようになった
当時の私は非常に辛い想いをした。なぜ人は才ある者を疎んでしまうのか。特別な存在というのはこうも人々の心を歪めてしまうのか、と――
『嗚呼……世界はこんなにも残酷なのか……。私は孤独な存在……。そう……私はきっと神の生まれ変わり……。神と人は永遠に分かり合えぬのだ……』
『今宵の月は三日月だ。弓のように欠けた形状は私の心によく似ている。月にも私にも、いつかあの闇を埋めてくれる存在が現れる日が来るのだろうか……』
リッツ著。『孤独なる騎士の呟き~神に選ばれてしまった者の苦悩~』より抜粋
ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!
心が痛い! 死にたい! いっそ殺してくれ!
なんということだ! まさかトラウマまで甦らせるとは!
時代が時代ならスイは拷問官として重宝されていたに違いない。それほどまでにこの回復魔法は恐ろしい
だが私は騎士である。世界最強の騎士である
どうしても辛い時、苦しい時の吹き飛ばし方というものを昔、父から教わったことがあった
「だァァァァァァッ!!」
まずは思いっきり声を出すこと。ここは我慢をせずに"痛い"という気持ちを声に乗せて飛ばしてしまうのだ
「ふんんんんんんん!!」
次に踏ん張る。ひたすら耐える。痛みに耐えている自分の姿をしっかりイメージするのだ
これにより自分は強い。この程度の痛みくらいなんてことないと自信を持つことが出来る
言ってしまえば暗示のようなものだが、大事なのはここでも声を出すことを忘れないこと
「だァァァァァァッ!!」
あとはこれらをひたすら繰り返す。父はこの方法で幾度となく危機を脱してきたらしい
どのような状況で使ったかは聞いてないが、とにかく凄い魔法の呪文なのだと鼻高々に語っていた
それともう1つ大事なこと。使う言葉は『だぁ!』と『ふん!』ではならないということ
『はぁ!』や『うおぉ!』では駄目らしい。それだと詠唱が失敗してしまうとかなんとか
まぁ呪文とはそういうものだ。ちゃんとした詠唱があってその先に効果があって――
「ちょっとバカリッツ! あなたなんてこと言ってくれたのよ!?」
バカとはなんだバカとは。急に人のことをバカ呼ばわりするなんてこの妖精、変なんです
「とにかくここから逃げるわよ! リッツを抱えて――ってズッコケてる場合じゃないから!」
体が軽くなったと思ったらバンボ達もラビトも何故か同じ格好で尻もちをついていた
「……はっ! お約束だったもんでつい……」
「早くしろ! 塔が崩れるぞ!」
塔が崩れるだと……? 私と悪霊との熾烈な戦いに耐えきれなかったということか
確かにあれだけドッカンドッカンやったらそうなるのも無理はないな
「リッツも早く――」
「すまない。大丈夫だ、もう動ける」
差し伸べられたスイの手を軽く取って私も立ち上がり、全員が塔の入口目掛けて全力疾走
そして外に出た瞬間、タイミングを見計らったかのように塔が崩れ落ちた
「ハハハ……見事なオチがつきましたね……」
全壊した我が家だったものを見つめて呟いたウンボバンボの声は少し震えているように感じた




