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こぼれ話3 バレンタインデー

大変遅くなってしまいました。年内に間に合ってよかった。

 冬休みが終わり三学期も中頃、二月である。


 期末試験まであと少し。高校二年生がのんびり出来る最後の期間であろうか。もちろん既に受験生モードに入っている学生もいるが、学年全体としてはまだ余裕のある空気が漂っている。


 さて、二月には二つのイベントがある。言わずと知れた、節分とバレンタインだ。そしてこのうち、女子高校生にとって特に重要なイベントとなるのはやはりバレンタインであろう。


 昨年末、田島悠斗という偏屈の塊のような同級生とお付き合いを始めた小松笑麻にとっても、今年のバレンタインは勝負のイベントであった。


 笑麻の知る悠斗は、バレンタインのようなイベントを喜ぶタイプではない。むしろ斜に構えて、くだらないと切り捨てる対応の人間だ。


 だが、だからといってバレンタインをスルーしてもいいのだろうか。


 答えは否である。


 ただでさえ去年の年末は大変だったのだ。


 AV業界を揺るがした強要問題に巻き込まれ、高校生であるにも関わらず悠斗は釈明の記者会見を開くところまで追い詰められたのだ。


 当然クリスマスを一緒に過ごすことも出来ず、お正月に一緒に初詣に行くことも出来なかった。長い片思いをようやく実らせたというにも関わらず、あんまりだと笑麻は落胆したのだ。


 ようやく騒動も落ちついてはきたものの、まだ完全には収束しきっていない。普通にデートを出来るようになるのはまだしばらく先だろう。そしてその頃には、笑麻も悠斗も晴れて受験生というわけである。


 余談だが、悠斗が大学を受験するということを意外に思う人も多い事と思う。彼の性格を考えるに、高校を卒業したらすぐにAV業界で働くことを選びそうなものだ。


 実際、悠斗自身は高校を卒業してすぐに働き始めることを希望していたのだが、そこに待ったをかけたのが彼の母である香織である。


 人生何があるかは分からない。なので、大卒という資格を手に入れておくことは決して悪い事ではないというのが彼女の持論だ。


 最近では笑麻とメールをするようになり、「悠斗君とキャンパスライフを送りたいです」なんていう希望を聞かされたものだから、悠斗の大学進学をさらに強く主張している。


 基本的に母親には弱い悠斗である。渋々ながらも大学進学を受け入れたというわけだ。


 閑話休題。


 バレンタインとは意中の男性にチョコレートを渡すことが最大のハイライトである。つまりデートが出来ない笑麻と悠斗にとっても楽しめるイベントなのだ。


 受験生になってしまえば、カップルとして楽しめることは大いに減ってしまうことであろう。だからこそ、このバレンタインだけは最高なものにしたいと笑麻は思っているのである。


「というわけで! 悠斗君はやっぱり、チョコは手作りがいい?」


 昼休み。


 悠斗お気に入りの校舎裏のベンチは陽が当たって過ごしやすい。風も無いため、冬にしては大変過ごしやすい気候の中、笑麻と悠斗は二人で昼食を取っていたのだ。


 ちなみに綾香は、本日は生徒会のミーティングのためここにはいない。


「なにが『というわけ』なのか、さっぱり分からないんだけど?」


「バレンタイン! チョコは手作りがいいよね、って話」


 いかにも面倒くさそうな目で自分を見る悠斗を前にしても、笑麻が怯むことはない。


 はっきり言えば、もう慣れてしまったのだ。この程度で怯んでいては悠斗と付き合っていくなど到底無理な話である。


 偏屈の塊と付き合っていくためには、心の広さと鈍感さが必要なのである。


「いや……むしろ市販品の方がいい」


 まるでめげる様子の無い笑麻に対し、悠斗は珍しく苦笑いを浮かべながら答える。


 人を寄せ付けまいとバリアを張っているくせに、踏み込んできた相手には弱いのが彼の特徴だ。


「えぇっ!? なんで!? 手作りの方がこう、愛情を込めたって感じがするでしょ!?」


「相手のことを思って品物を選ぶ。込めようと思えばそこにも愛情はこめられるでしょ」


「それはそうかもしれないけど……」


 笑麻は不服そうに唇を尖らせる。


 せっかくのバレンタインなのだ。どうせならば自分で頑張って作ったものを食べてもらいたい。


 それにもしも悠斗が、仕事の関係で他の女性から義理チョコをもらった場合に、市販のチョコだと差別化が出来ないという不安もある。


 自分が本命なのだという意味も込めて、笑麻は手作りにこだわりたかった。


 そんな笑麻に対し、悠斗はこともなげにこんなことを言うのであった。


「手作りってよく貰うんだけど……リアクションに困るんだよね」


 笑麻にとっては聞き捨てならない発言である。


 笑麻の感覚では、バレンタインに手作りチョコを渡すということは、ある程度の好意があるということだ。つまり、悠斗が手作りチョコをよく貰うということは、自分の知らないところでそれだけモテているということである。


「ふーん……悠斗君ってモテるんだぁ」


 自然と口調は拗ねたような感じになり、視線も冷たいものになる。


 そんな笑麻に対し、悠斗は一つため息をつくと弁解を始めるのだった。


「勘違いしないでくれる? 完全な義理……ってかほとんど仕事みたいなものだから」


 AV女優の世界は、まさに戦国時代である。


 次から次へと新しい女優がデビューしていき、また活動範囲も多岐に渡っていく中で、ファンを確保し続けるのは大変難しいことなのだ。


 当然女優は、良い作品を撮ること以外にもそれぞれ努力をする。握手会や撮影会以外にも、その女優ならではの個性を出すことで、AVファンにとっての特別な女優になろうと頑張るのだ。


――プロレスが趣味の女優がファンと共にプロレス観戦をするイベントを開催する。


――なぜか釣り堀でオフ会を行い、ファンとのんびりした時間を過ごす。


 挙げ出せばキリがないほどに、個性的なイベントは多い。


 そこまで努力をしなければならないのがAV業界だ。当然、季節ごとのイベントにも力を入れる女優が多い。


 クリスマスにはサンタのコスプレをし、ハロウィンには仮装をして撮影会を行い、バレンタインには手作りのお菓子をファンに振る舞うのである。


 さて、ファンのために手作りのお菓子を作るとなれば、その量はかなりのものだ。すなわち簡単なお菓子を大量に作ることになる。


 どうせ作るのならば少し多めに作っておいて、今後の仕事のために関係者に渡そうと考えるのは自然な流れであろう。そしてそれは、高校生ながらドップリとAV業界で仕事をしている悠斗も対象に含まれるのだ。


 このような事情から、悠斗は『愛情のたっぷり詰まった、手作りの義理チョコ』を頂くことが非常に多いのである。


「別に手作りのチョコをくれるのはいい。だけど、その場合、ほぼ確実に感想を求められることになる」


 たとえ義理であったとしても、手間をかけて作ったモノの感想が気になるのは当たり前のことだ。


「だいたいの場合、手作りのチョコなんてものは微妙なものだ。普段お菓子なんか作ったこともない人間が、ネットかなにかでレシピを調べて来て作るようなチョコがそこまで美味しいわけがない」


「そんなことは……」


「あるんだよ。なんだかよく分からない、お酒の匂いしかしないようなチョコレートボンボンを、僕が何度貰ったと思う? 基本すら出来ないくせに、無駄にオシャレなものに挑戦しなきゃいけないルールでもあるのかと勘違いしそうになるくらいだ」


 悠斗の相変わらずの皮肉屋っぷりに、笑麻は思わず苦笑いを浮かべる。どうやらよほど手作りは嫌なようだ。


「言っておくけれど、この件について君に気を遣うつもりはない。もしもチョコレートを作ってくれたとして、それが美味しくなかったら遠慮なく言わせてもらう。そして、僕はわざわざ君と喧嘩をしたいとは思わない。だから、もしもバレンタインにチョコレートをくれるのならば、市販のモノにしてくれた方が無難だ」


 暗に自分のお菓子作りの腕を信頼していない、と言われている気がした笑麻だが、「喧嘩をしたくない」と思ってくれていることが嬉しかったので気にしないことにする。


 少し前の悠斗ならば、喧嘩になろうがなるまいが知ったことかといわんばかりに、好きなことを言ってきただろうから。


「分かった……じゃあ、悠斗君が喜んでくれるようなチョコを探してくるよ!」


「別にそんなに気合をいれなくてもいいよ?」


「べっ! 美味しいチョコをあげて、ビックリさせるもんねっ!」


 両目をつむって舌をベッと出す笑麻。


 まるで漫画のキャラクターのようなその表情に、悠斗は気付かれないようにその頬を少し赤らめるのであった。



 あまり得意ではないインターネットを駆使し、笑麻がたどり着いたのは電車で三十分のところにあるデパートの地下フロア。通称デパ地下であった。


 普通、デパ地下といえば食料品を売っているイメージが強いが、そこのデパートでは地下二階で食料品を売っており、地下一階ではケーキなどのスイーツを販売しているのだ。


 普段から多くのスイーツショップが出店しているそのデパ地下であるが、バレンタインシーズンはさらに特設の店舗が出店するため選り取り見取りの商品から選ぶことが出来るらしい。


「ごめんね、あやちゃん。付き合わせちゃって」


 バレンタインを二日後に控えた日曜日。笑麻は綾香に付き合ってもらい、(くだん)のデパ地下へ悠斗へのチョコレートを買いにやってきた。


「気にしなくていいよ。私もお父さん用のチョコとか買いたいし」


「翔太君にも、ね?」


「笑麻ー」


 からかうように笑う笑麻の首に冗談っぽくしがみつく綾香。笑麻も大袈裟に『苦しいよー』とリアクションをとる。


 綾香と翔太の関係性はよき友人のままである。


 いまだ、幼少期からの憧れの女性である北村優衣への想いを抱える翔太と、その想いを知ってなお、翔太を想い続ける綾香。


 複雑そうに思える関係だが、互いの性格もあってかドロドロとした感じには一切ならなかった。


 綾香は待つと決めたのだ。


 翔太が決断する日を。それがずっと優衣を追い続けるという決断であったとしてもいいと考えている。なので、翔太が結論を出すその日まで、よき友人として振る舞っているのだ。


 対する翔太は、綾香の気持ちを理解したうえでこれまた友人としての態度を貫いている。気まずそうな様子を見せることも、思わせぶりな態度をとることも一切しない。


 そんな二人だからこそ、友人としての間柄を持続しているのだろう。


 ただ、それを傍からみている笑麻をしてはもどかしいかぎりである。


 綾香の気持ちは理解できるし尊重もしている。


 しかし、やはり友人として綾香には幸せになってほしいのだ。


 友人同士の間柄とはいえ、バレンタインに思いを込めたチョコレートを贈るくらい許されてもいいのではないかと笑麻は思うのである。


「まぁ……良さそうなのがあったら買う事にする」


 ボソリと照れたように呟く綾香に、笑麻はただ笑顔を向けるのであった。



 目的地であった地下一階のスイーツ売り場は、凄まじいまでの人出であった。どこを見ても人の頭があり、思った方向に行こうとするだけでも一苦労である。


 もはや暖房など必要ないほどの熱気の中、笑麻も綾香もすでに上着を脱いでいた。それでも額には汗が浮かぶ。


「うーん……せっかくだから珍しいのがいいな」


 日本人にもお馴染みの、チョコレートショップの先駆け的な店の前で呟く笑麻。少し値は張るものの、ここのチョコレートならば別の機会に食べることも出来るだろう。


「ねぇ笑麻! ベルギー王室御用達のパティシエさんにお店だって」


 綾香の指さす先には長蛇の列。それも、お金を持ってそうなお姉さまばかりが並んでいる。さぞかし有名な店なのだろうと笑麻が気おくれしている隙に、綾香はその店をスマホで検索していた。


「うわぁ……なんか世界でも有名なお店なんだって。すごい有名なパティシエさんのお店らしいよ」


 綾香が見せてくれた画面には、その店がいかに素晴らしいかを羅列した紹介文が並ぶ。中には、『大人のバレンタインにオススメ』なんていう、笑麻の琴線をくすぐるような文章もあった。


「結構高いけど……美味しいんだろうなぁ」


 スマホの画面をスクロールしながら綾香が呟く。口コミ評価なども軒並み高い。


 客の数が多すぎてショーケースに並ぶ実物を見ることは出来ないが、ポスターに映るバレンタイン限定のショコラは見た目もカラフルでとてもかわいい。


「うん! 決めた! ここにする!」


「えっ! いいの? まだ見てないお店あるよ?」


 といいつつ、綾香はもう笑麻が店を変えるとは思っていない。


 普段は大人しく、見た目にも華奢な笑麻であるが、一度決めたことは曲げない頑固な性格をしているのだ。この店で買うと決めた以上、もう揺らぐことはないだろう。


 そんな綾香の予想は的中し、結局二人はこの店の長い行列に並ぶことになる。


 並び始めてから五分もしないうちに、二人は最後尾ではなくなっていた。


 その場で食べるカフェのような場所ではなく、チョコを買った人から捌けていくのでそれほど行列の回転が悪いわけではない。


ないのだが、ギフト用の包装を希望する客も多数いるため、やはり並ぶ時間は長くなる。


「ほんと、すごい行列だね」


「うん。……ねぇ笑麻? 他の店でもよくない? 田島だよ? たぶんそこまでチョコにこだわらないと思うけど」


 綾香からすれば、悠斗の場合十円のチョコレートでも文句なく受け取りそうに思えてしまう。少なくとも、悠斗は間違いなくこういったイベントを楽しむタイプの人間ではないという確信があった。


「そうだね。……でもさ? 付き合い出してから初めてのバレンタインだもん。頑張りたいんだ!」


 照れたように笑う笑麻。


 親友の恋する乙女な表情に、思わず綾香の頬も緩む。


 そんな綾香に対して笑麻も反撃にでた。


「それで、あやちゃんはほんとに買わなくていいの? 翔太君の分」 


 冗談半分、本気半分である。


 少し気合の入ったチョコなのは間違いないけれど、それでも手作りよりを渡すよりは“重たく”ないはずだ。


「私と翔太は、その、まだ付き合ってないっていうか……私が一方的に片思いしてるだけだから」


 途端にしどろもどろになる綾香。


 まだしばらく、この列に並ぶ時間は続きそうである。その間に買うか買わないかは、綾香が決めればいいだろうと笑麻は心の中で思う。


 しばらくなんてことない話をしていると、綾香が笑麻に顔を近づけて小さな声で言った。


「ねぇねぇ……後ろの女の人、すごいキレイじゃない?」


「私も思ってた! ハーフなのかな」


 小声でキャッキャと騒げるというのは女子の必須技能である。あくまでも後ろに並ぶ女性に気付かれないように、笑麻と綾香は盛り上がる。


 二人の背後に立つ女性は、目が大きく鼻筋の通った美人であった。見た感じ化粧もかなり薄いのだが、周囲の女性と比べると圧倒的に華がある。


 笑麻は思う。


 今、この女性がメールをしている相手はきっと彼氏か旦那なのだろう。スマホを見ただけで、あんなに嬉しそうな笑顔を浮かべているのだから。


「……あんなにキレイな人の彼氏さん、幸せだろうね」


「うん。私達も、あんな大人になりたいな」


 初めてあった、話したこともない相手。


 にも関わらず、思わず憧れてしまうほどに、その女性はキラキラと輝いていたのだった。



「さぁ……どうだっ!」


 満面の笑みを浮かべ、笑麻が悠斗にチョコレートを渡す。


 二月の十四日、火曜日。


 当然のように二人の姿は学校にあった。


「……へぇ」


 包装紙を空け、悠斗が発したのはその一言だけ。思わず笑麻は不満げな声を挙げる。


「……もう少し反応があってもいいんじゃないかな」


 せめて喜んでいるのかそうでないのかくらいは示してくれても罰はあたらないはずだ。


 悠斗はそんな笑麻の方に視線をやることなく、小さな声で告げる。


「その……驚いたよ。予想してた以上にセンスがよかった。これ、高かったでしょ?」


 悠斗は笑麻の買ってきたチョコのブランドを知っていたのだ。セレブ向けのハイセンスなブランドであることも。


 てっきり彼は、G、もしくはMから始まる有名店の外れの無いチョコが贈られるだろうと予想していたのだ。


「ふふ……頑張ったもん!」


 頬にエクボを作り、笑麻が得意げな顔を作る。デパ地下で感じた彼女の直観は間違っていなかった。


「これは、ちゃんとしたものをお返ししないとね」


 柄にもなくそんなことを言う悠斗。笑麻は少しだけ目を見張る。


「……なに?」


「なんでもない! 期待しーちゃおっ!」


 そう言って、悠斗の腕にしがみつく笑麻。実はこんなことをするのは初めてだったりする。


 悠斗の言葉が嬉しくて、つい衝動的に飛びついてしまったのだ。


「ウザい。離して」


「やだ」


 校舎裏のベンチの上。


 笑麻の笑顔がキラキラとした木漏れ日に照らされるのであった。


当初は、悠斗・笑麻・綾香・翔太の四人で初詣に行くお話にするつもりだったのですが、上手く描くことが出来ず苦戦しました。


悩んだ末にバレンタインに方向転換したのですが、いかがだったでしょう。悠斗と笑麻の関係が少しずつ前に進んでいることを描けていたら幸いです。


宣伝を少し。


今回のこぼれ話に出て来た、謎の女性。


デパ地下で、笑麻と綾香の後ろに並んでいたハーフみたいな美人さんです。


彼女の正体とは……!


別作品の『愛猫が ニャーと鳴くから 米を炊く』を読んでいただければ、その正体が分かると思います。


http://ncode.syosetu.com/n9027dq/


違う作品のキャラが登場するという手法、やってみたかったんです(笑)


さて、本作はこれにて完結となります。


いつか大学生編、もしくはプロの監督になった悠斗を描ける日が来たらいいな、なんて夢を持っていますが、しばらく先のことでしょうね。


他にも作品をいくつか連載しておりますので、そちらも読んでいただければ嬉しいです。


最後になりましたが、


本作品を読んでくださった読者の皆様。心より感謝を申し上げます。


皆様の評価、ブックマーク、感想が執筆の励みになりました。


本当にありがとうございます。


またどこかでお目にかかれることを楽しみにしております。


香坂蓮でしたー。



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