176 間違いだらけの男女とデリバリー兄弟と私
「ギルマス、ジェシカさん! また明日ね」
「じゃあな」
太陽のように眩しい笑顔を見せてアルが、アリオスと手を繋いで執務室を後にした。
パタンと扉が閉まる。二人を見送ったエルビスは、大きなため息を吐いてソファーの背もたれに身を預け、額に手をあてて天井を仰ぐ。
執務室からアリオスとアルという台風の目がいなくなるだけで、一気に静かな空気へと変わる。
「お茶、もう一杯いかがかしら?」
「ああ……頼む……」
本当の娘のように可愛がっていたアルが、アリオスによる独占欲の証を首筋に刻まれ、それを当たり前のように受け入れていた。
「可愛いわね」
「アルちゃんは……可愛い……だが、アレだぞ!」
エルビスのいう「アレ」とは、もちろんアリオスのことだ。突然、新人冒険者としてマローに現れたアル。実力は申し分なかったが、純粋で無垢すぎる故にエルビスとジェシカは彼女を守るために、アリオスとアルを引き合わせた。
ジェシカとエルビスの目論み通り、アリオスはアルの師匠となり、自分の保護下にアルを据えた。
「あのアリオスが、ここまで執着するとはね……」
ジェシカは、新しく淹れたコーヒーをエルビスの前に置いた。以前のアリオスを知るからこそ、アルとの関係を微笑ましくも思う。
「ああ、アリオスならこの先何があろうともアルちゃんを守りきるだろう……だけど、歯型だぞ! 歯型! アルちゃんも……なんで拒否しないんだ……指まで絡ませて手を繋いで帰って行きやがった」
エルビスの憤慨ぶりに、本当の娘のようにアルを慈しんでいることがわかる。
「女の子は、いつか親許を離れていくものよ」
「クソッ! やってられん! 今日は飲みに行くぞ」
「うふふ……お付き合いするわ」
「アルちゃんを泣かせでもしやがったら……ぶち殺してやる……」
砂糖もミルクも入っていない苦いコーヒーを、エルビスは一気に喉へと流し込んだ。
エルガ村よりも暖かい気候だとはいえ、年明けしたばかりのマローも冬の真っ只中だ。
冬は日が暮れるのが早い。エルビスやジェシカにアリオスのやらかしたことの事情説明やお詫びに明け暮れて、マローのお空もすっかりオレンジ色だ。
アリオスと手を繋ぎながら帰る道。いつのまにか隣にいてくれることが当然になっていた。
「帰ってきたんだね」
「ああ……相変わらず賑やかな街だな」
すれ違う人々と挨拶を交わしながら、アリオスと歩いていく。
「あれぇ? アルちゃんだ!」
「アルちゃんだ!」
不意に声をかけられ振り向けば、真似っこ兄弟のウーバーとイーツが、私とアリオスを不思議そうに見ていた。
お兄ちゃんのウーバーが、じっとアリオスを見上げる。弟のイーツもウーバーと手を繋いだまま、私の顔をじっと見上げる。
「なんだ? ガキンチョ」
ウーバーとイーツは、好奇心旺盛な仲良し兄弟だ。SSSランクでお顔が怖かろうと興味があれば、アリオスにだって構わない。怖いもの知らずな真似っこ兄弟が、アリオスを指差して尋ねた。
「だれだ? アルちゃんの男か?」
「男か!」
「!? おと……男?」
虚をつかれたアリオスが、たじろいだ。ウーバーもイーツも何わかりきった質問をしてきているんだろう? アリオスは、どこをどう見ても女性に見えるはずがないじゃないか。
「師匠だよ! もちろん男でもあるよ」
「じ、嬢ちゃん!?」
私の答えを聞いて、なぜかアリオスが頬を染める。今の会話のどこに恥ずかしがるポイントがあったというのだろうか?
「私は、ちなみに女だよ」
「師匠の女なのか?」
「女なのか!」
「おお!」っと驚くウーバーとイーツ。そして、アリオスが嬉しそうに兄弟二人の頭を撫ではじめる。意外にも、子ども好きだったらしい。
「アルちゃん……もうやったのか?」
「やったのか?」
「やる? 何をやるの?」
私に逆に質問をされ、首を傾げるウーバーとイーツ。おそらく、両親や周りにいる大人たちの言葉を聞いて、真似っこをしているだけだろう。
「えっと……抱きついたり?」
「抱きつく!」
「一緒に……お布団で寝たり?」
「寝る!」
「父ちゃんが言ってた!」
「母ちゃんが言ってた!」
ふむふむ……アリオスに抱きついたり抱きつかれたり……あるね。エルガ村では、一緒のベッドで眠ったり、一つの毛布に包まったりもした。
「ふふん! やったよ!」
「おお! アルちゃんはやったのか!」
「やったんだ!」
「!?」
アリオスが、「間違っちゃいない……間違っちゃいない……」と呪文のように繰り返し唱えはじめた。そして、私の顔をチラッと横目で見ると、嬉しそうに微笑む。相変わらずアリオスのツボがわからない……。エルビスやジェシカに聞いてみる?
「アルちゃんに、男ができた! 父ちゃんに報告だ!」
「アルちゃんが、男とやった! 母ちゃんに報告だ!」
「おう! ちびっ子兄弟! しっかり報告してこい!」
わしゃしゃしゃしゃっと、両手で嬉しそうに二人の頭をアリオスが撫ではじめた。
「バイバイ! アルちゃん」
「バイバイ!」
賑やかな真似っこ兄弟が、手をぶんぶん振って帰っていく。アリオスも嬉しそうに手を振って「頼んだぞ!」と言っていた。相変わらず騒がしい仲良し兄弟だ。私も笑顔で去っていく二人に手を振った。
「帰ってきたんだね」
「……ああ、帰ってきた」
私とアリオスは、再び手を繋ぎ、指先を絡ませ合う。ふふふと笑い合いながら、オレンジ色に照らされた道を歩いた。
ハアアアアアア……byエルビス




