番外編4. 魔女の店
魔獣討伐で負ったこの利き腕の深い傷を治すにはどうすれば良いのだろうか。
俺はまだまだ働き足りない。持病のある娘のためにも働かなければ。
古の魔女の血を引く女店主がいるという評判の薬草店へ行ってみることにした。
幾人の医者にはもう治らないと匙を投げられた。
元から期待はしていなかったが、もしも効果があるならば、その時は儲けものだと思っていた。
その女は長い黒髪に琥珀色の瞳、黒い爪をしていた。爪は磨いたように艶があり黒曜石のようだった。
女は俺の腕の傷を確認しながら聞いた。
「どんな魔獣にやられたんだい?」
「ギルカーの成獣だ」
「じゃあ、このポーションを試しに飲んでみてちょうだい」
手渡されたポーションを飲むと、傷口が高速で修復されてゆき、傷自体が嘘のように消え去った。
「なっ···どうなってるんだこれは?」
「ギルカーに襲われた時にできた傷というあんたの記憶を消したのさ」
この辺りでは魔獣討伐で怪我を負うのは大抵ギルカーによるものだった。
「···痛くない、腕も元どおり動かせる!ありがたい、恩に着るよ」
「いいかい、治ったからって無茶はダメだよ。そう何度も治せないから、絶対に命は粗末にするんじゃ無いよ」
「ああ、わかった」
あまりに効果覿面過ぎて怖いぐらいだ。
これなら俺の娘の病も治せるかもしれない。
「今度はなんだい?」
「今日は俺じゃなくて、娘を見て欲しいんだ」
七歳にしては体は小さく、顔色もすぐれない弱々しい娘だった。
「どれどれ?ああ、これは薬で治す病気じゃないよ」
「えっ?」
「これは愛情っていうもんが最も効くだろうさ。あんた、奥さんはいないのかい?」
「四年前に亡くしまして」
「お父さん、私、お母さんが欲しいの」
「ハッハッハッ。それで治らなきゃまたおいで」
母親が亡くなり、父親も仕事で家を空けがちによる世話不足から虚弱体質になっていただけだった。
必死に母親の真似をしようと無理をしても、慣れない父親の手料理や七歳の子どもが作る料理では栄養不足に陥っていた。
何よりも娘へもっと世話をしてあげるための時間が不足していた。
「結婚が無理なら、通いの家政婦でも雇ったらどうかね」
「早速そうします」
家政婦によって清潔な部屋と栄養に配慮された食事ができるようになると、娘の体調は改善した。
翌年家政婦と再婚し、そのまた翌年には二人目の子どもが産まれると、弟ができたとはしゃいでますます元気になった。
以来、困っている同僚達にはその魔女の血を引く店主のいる薬草店を紹介することにしている。
けれど、俺の紹介で行った奴らが言うには、黒髪で琥珀色の瞳の女なんていなかった、薄桃色の髪に薄紫の目の太ったおばあちゃんだったと口を揃えて言うのだ。
そんなことは無い筈だと、自分の目で確かめに行った。
俺がその店に行くと黒髪で琥珀色の瞳の店主はそこにいた。
ほらな、ちゃんといるじゃないか!
「いらっしゃい、今度はなんだい?」
「い、いや、他のみんながあんたじゃない人が店主だと言うし、なんだか······」
「なんだそんなことかい。はい、これはサービスだよ」
お茶と共に出されたのは、黒スグリのパイだった。
このパイの商品名は『ジュジュ』、ジュリアンという子どもの愛称から名付けられているらしい。
「うまい!」
舌鼓を打っているうちに、なんだかどうでもよくなってしまったな······。
***
「ロンダさんお疲れ様です、今交代しますね」
「あいよ」
黒髪の女は魔法を解いた。
女は花びらのような薄桃色の髪に薄紫の瞳と恰幅の良い老女の姿に戻った。
この店の店主ロンダは変装魔法が得意なのだ。
次期店主はまだ見習い中。ノーマが王宮で仕事をしている時や留守をしている時は、こうやってノーマのふりをすることもある。
それは全部ロンダの気分次第。
ノーマの忘却魔法を応用したポーションもこの頃は販売するようになった。
この店の看板にはほんの少し手が加えられた。
看板の『ロンダ』という文字に長く伸びた影を描き、それが『ノーマ』という文字になっている。
これはノーマが悩んだ末のアイデアなのだが、大抵は四季咲きのつる薔薇に隠れてしまって見えない。
なので、客の多くはこの店を「魔女の店」という名だと勝手に思い込んでいるわけなのだ。
「まあ、いっか、魔女なのは本当だしね」
「ハッハッハッ」
(了)
これでこの物語はおしまいです。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。




