番外編3.ノーマ·コネリー
私が13歳の時、大工だった父が突然亡くなり、私と母と妹は母の実家を頼った。
喪が明けるのを待たずに母は小さな妹を連れて再婚した。
母の実家も生活に余裕がなかったからだ。
私は祖父母に育てられた。姓は母方の姓に変わった。
私は15歳になると豪商の家で住み込みで女中として働き、祖父母に仕送りをするようになった。
それからすぐに放蕩息子だった母の弟が舞い戻って来た。
酒びたりて働きもせずに祖父母から金を巻き上げて遊ぶだけでなく、家そのものを乗っ取ってしまった。
それを私が知った時には既に祖父母は亡くなっていた。
おまけに借金まで作り、私の勤め先にまで取り立てが来て、主から迷惑だと叱られてしまい肩身の狭い思いをしていた。
そのうち、叔父は家を売り払い、それでもまだ足りずに私に借金を全部押し付けて夜逃げしてしまった。
自慢の長くて美しい金髪も売り、勤め先からも追い出され、娼館に売られそうになった。
「あんたの戸籍を売れば借金から自由にしてやるよ」
右頬に斜めの傷痕のある男が、私の戸籍を売れば助けてやると言って来た。
そのカラクリはよくわからなかったけれど、借金を返すあてもなく、娼婦にもなりたくなかったので、私はその話に乗った。
そしてその男に新しい名前をもらった。半年前に病死した人の名前だという。天涯孤独な人だったようだ。
その少女の名前はロザリー。
「ではロザリーさんよろしくね」
私は新しい名前で働きはじめた。大きなお屋敷の坊っちゃんの子守りと、刺繍や縫い物などをしてなんとか自分一人食べて行けるようになった。
それから三年後、街へお使いへ出た時、行方をくらましていた叔父にばったり再会した。
「お前も戸籍を売ったのか?」
「誰のせいでこうなったと思っているのですか!」
私は自分の名前は好きだった。その名前を呼んでくれる家族達も。それはもういない。
母と妹は義父と幸せに暮らしているようだから、邪魔をしないで欲しい。そして私のこの生活も壊さないで欲しい。
でも叔父は母のところへも私にもお金の無心に来た。
「あんたなら、金貨1枚であいつを消してやるよ」
私の戸籍を買い取った右頬に傷のあるあの男がそう言った。
私は母のため自分のために、私物を換金し、せっかく伸びた髪も再び売り、なんとかその代金を工面して支払った。
それで母や私を脅かす叔父はいなくなった。
私はそのうち、その頬に傷のある男の妻になった。結婚はできないから内縁の妻ということだった。
彼も過去に戸籍を売り、ヘンリーという名を使っているのだとか。
強面の見た目とは違い彼は優しい人だった。
金貸しの怪しい裏稼業の店で働いていたが、叔父なんかよりもよほどまともな人間だった。
彼は二度も私を助けてくれたし、他の困っている人にも手を差し伸べる血の通った暖かい人だった。
私はようやく生活が楽になり、暖かい家庭を得て幸せだった。
そして数年が経った。
いつものように食卓に夕食を並べていると、 夫のヘンリーが「今日お前の戸籍を買った女がいたぞ」と教えてくれた。
「そう、どんな人?」
「あれは良いところのお嬢様だな。貴族とかかもな」
「そんな人でも他人の戸籍を買うのね」
「わけありなんだろう。相場の倍でも買うんだからな」
事情は知らないけれど、私の戸籍を買ったその人が、どうかこの先ずっと幸せであって欲しい。
ロザリーになった私は今幸せだから。
私が売った名前はノーマ·コネリー。二度と名乗ることはない私の名前。
(了)
オマケです。




