15.記憶の辻褄
陛下の葬儀の準備で王宮は急に慌ただしくなった。
そんな中、私への思わぬ来客があった。
カールソン侯爵夫妻だった。
「ご無沙汰しております、カールソン侯爵様」
私がミハエル様の婚約者、新しい王弟の妃になると知ってすり寄るつもりなのだろうか?
それでもなければ、絶縁した養女に王宮まで会いにくるのはおかしい。
それに私がロンダではなく今はノーマだと既に知っていて来ているのならば、ありがたくない勢力と繋がっているということだ。
「どのような御用件でしょうか」
「あなた、ニールに何をしたの?」
私は侍女達を下げて、護衛のディーン様のみを部屋に残した。
「何のことでしょうか?」
私は知らないふりをした。
「ニールがあなたのことを何も覚えていないのよ。そんなことってある!?」
忘れた方がそちらにとって都合が良いのに、なぜこんな反応をしてくるのだろうか。
「何か不都合でも?」
「レイリー様があなたの所在を聞きにいらしたわ。その時ニールが応対して、そんな者はこの侯爵家にははじめからいない、そんな者は知らないと答えてしまって、無責任とか虚言だとニールと揉めてしまったのよ」
レイリー様が訪ねて来たなんて。
「レイリー様にはこちらから話しておきますので、ご心配には及びません」
「ロンダ、その···今まで悪かった、許してくれ」
「私よりもブレイク侯爵へ謝罪すべきなのではありませんか?ルファーブルのためにレイリー様を利用したのですよね?」
「それは······」
「仕方がなかったのよ!」
「それは誰に頼まれたのですか?」
カールソン夫妻はハッと息を飲むと口をつぐんでしまった。
「ルファーブルと手を切ったというのは本当ですか?」
「今はローハン伯爵の下についている」
「中立派の筆頭ですからね」
「······知っていたのか」
「王宮にいると知りたく無いことも全部入って来てしまいますわ」
私は冷めたお茶を飲んで喉を潤した。
「それで、今日いらした本題はなんでしょうか?」
自分の要望ばかりで、こちらが聞きたいことには答えてくれない人達とはもう話していたくない。
「王子妃になった暁には、どうかローハン伯爵家とカールソン侯爵家を···」
「私は王家派ですよ」
もう中立派から王家派へ寝返るつもり?
自分から縁切りした娘に、都合よくとりなしてもらおうなんて、なんて図々しいのだろうか。
私の養父は、こんな人だったのね。
中立なんかではなくて、ただの風見鶏。
王国のためとかでは全くなくて、自分達の利益にしか眼中にない。
そのためならば、養女も捨て、他家を犠牲にする。
何の学びもなく、再びすり寄り尻尾をふろうとする。
王家からすれば、自分達が最も信用できない、価値のない者だと気がつきもしないでいる。
「しかし···」
「私がミハエル殿下と結婚しなかったらどうなさいますか?」
私はそう言いながらチラリとディーン様の方を向いた。
ほんの少しだけ、からかうつもりで。
けれどディーン様はそれを勘違いしてしまったみたい。
「次のご予定がございますので、本日はこれでお引き取りを」
そうやって気を利かせてカールソン侯爵夫妻を追い返してしまったわ。
それはそれで良かったのだけれど。
レイリー様に兄の私に対する記憶は忘却魔法を使って消したと説明する手紙を出した。
すると、レイリー様から自分も記憶を消して欲しいという依頼の返信が来た。
リンジー様に関する記憶を消して欲しいと。
私は魔法研究所で働いている体で、レイリー様の以来通り、リンジー様の記憶を消した。
そして、忘却の魔法をかけたのが私であるということも消した。
右手の指先がほんの少し黒くなって、レノ様に治癒魔法をかけてもらった。
「今度は誰の記憶を消したのですか?」
「レイリー様の中のリンジー様の記憶です。これは依頼されてやりました」
「······そうでしたか」
「忘却魔法はとても複雑なものなのですね」
レイリー様の中のリンジー様の記憶は消えたけれど、私と白い結婚をした経緯に齟齬が生まれてしまったの。
「私はなぜあなたと契約結婚をしたのか理由を思い出せないのです」とレイリー様は混乱していた。
他の記憶と辻褄が合わなくならないように慎重に、何と何を消せばいいのかを過不足なくやらなければならないと痛感させられたわ。
「そうですね、多用は避けて、これが最後の切り札ぐらいの時に使うくらいが丁度良いかも知れませんね」
「···はい、これからはそうしようと思います」
「でも、あなたの独創性は貴重ですよ」
レイリー様の心の傷を減らせたらと思って引き受けたけれど、もっと吟味してよく話し合い、後悔しないようにしないとならないと思った。
家族やまわりの人がいるなら、説明は本人だけではダメなのよね。
もっと繊細に、精緻なものができると良いのだけれど。
カールソン侯爵夫妻も戸惑っていたし。
でも、それだけ効果があったという証拠でもある。そこは自信は持つことができた。
人の記憶を扱う魔法は諸刃の剣ね。
今後は一層気をつけないとならないわ。
それから半年後、レイリー様はリンジー様によく似た伯爵令嬢と婚約を結んだ。
少しは立ち直れたならば良かったと、安堵した。
記憶を消しても、結局その本人の好みの人をやはり求めてしまうものなのね。
今度こそ、どうかお幸せに。




