第八十七話
一瞬、中将内侍さんの瞳の光が揺れるのを私は見逃さなかった。
「威子様への呪詛は入内を阻むためですね? そして当子様が代わりに入内すれば、父君である上皇様の復権につながるから……ですか?」
「……」
彼女は答えない。
「当子様は以前私に入内の話を断ったとおっしゃっていましたが、それは嘘だった。そもそも私をお邸に呼んだのは、近江で惟義に遭遇したのは私だと気付かれたから、ですか? 当子様は私が自由に外出したい時に男の子の格好をしていた事をご存知でした。だから始めから気付いていらした。どこまで私が知っているのか確認し監視するつもりだったのですね? もしかして、あの食膳の件は自作自演ですか? 道長様を疑っていた私にその誤解を確信させるため? 私はその通りに道長様が当子様を手にかけようとしたのだと信じていました!」
一気にまくし立てているうちに、だんだんと悲しくなってきた。
私は友人だと思っていたのに、当子様の方は違ったのだ。
ぽんと肩に手を置かれた。
「その位に」
顕成は静かに囁き、中将内侍さんの方を向いた。
「中将内侍、ためらわれたのは正解です。呪術がどうというよりも、見つかった時の代償の方が大きいのですから」
「道雅様も――」
やっと中将内侍様は口を開いた。
「道雅様もそう言って説得していましたが、宮様の意思は硬く、考えを変えることはありませんでした」
「中将様はあなた達の仲間だったのですか?」
「彼が宮様のお邸の警護で宿直した時、偶然宮様のお姿を垣間見られてしまった事がございました。その後、道雅様は恋文を送ってこられるようになったのです」
「恋文……」
私には戯れで扇を取り上げて顔を覗きこんだりしていた道雅様も、当子様には礼儀正しく御簾越しでの応対しかされていなかった。
それが、美しく大人びた魅力のある当子様のお姿を偶然見て、ひと目で恋に落ちてしまったということだろうか。
「それで密通……?」
「いいえ!」
中将内侍さんは跳ね返すように小さく叫び、私の方を向いた。
「宮様は相手にされませんでした。しかし、その代わりに私たちの仲間になる事を提案されたのです。彼の家も、道長様とは長い間政敵であったという共通点がありましたから」
「で道雅様は仲間に? でも……」
私を何かから守るために当子様のお邸から連れ出した、というのが引っかかる。
「道雅様は承諾はされませんでしたが、断られることもされませんでした。そして道長様と敵対するような事はやめるよう説得するために何度も通われたのです」
「つまり中将様は反対していたんだね?」
顕成が尋ねると中将内侍さんは頷いた。
「ひと昔、彼の親類が企てた呪詛事件が発覚し、父君の伊周様が公務停止となって中関白家の再興が絶望になった事は有名な話だよね。家が凋落するのを目にしてきた中将様が、同じような事を企てようとする当子様を止めない訳はないだろうね」
「ええ、その通りです。道長様の勘の良さと恐ろしさを彼はよく知っていますから。しかし宮様は聞き入れず、最後には結局道雅様を遠ざけられるようになりました」
当子様のお邸に数ヶ月勤めていながら、道雅様が通われていてそんなやり取りがあったなんて全然気付かなかった。
でも最終的に道雅様は遠ざけられた?
そうなると、私を連れ出させたきっかけは?
あの日にあった事と言えば、食膳への毒物混入未遂の件――。
「あの――先程は勢いに任せて、あの食膳の件は自作自演だなんて言いましたが、真相はどうだったのですか?」
「自作自演ではございません。あの食膳は宮様のものではなく、あなたの食膳だったのですよ、近江さん」
え? 私?




