第六十四話
またしばらく横になって休み、夜に藤助が戻って来たと聞いてすぐに呼び出した。
「一昨日は悪かったわね。嵐の中大変だったよね」
「はい、非常に大変でした」
藤助は苦いものでも口に含んでいるかのような顔で続けた。
「所々道が冠水し、迂回する場面が何度もあり、京入りするのに通常より倍近く時間がかかったかと思われます」
「冠水って、河川の氾濫とかあったの?」
「氾濫まではなかったと思いますよ。私の見た限りでは」
「それなら良かったわ。藤助には苦労かけちゃったけど。で、肝心の私の文は渡せた?」
「報告が遅れまして。亥の刻を過ぎてしまいましたが、中将様自ら出て来られ、直接渡しました」
「文、読めたかしら? 水浸しにならなかった?」
「荷物の中に入れて腰に括り付けてましたが、それでもかなり濡れてしまいましたね。巻子本は無残な状態で。しかし姫様の文は何とか判読可能で、中将様はすぐに対応に出ていかれました」
「すぐに? あの天候の中を?」
「京では雨は治まり小康状態でしたので私のような労はなかったかと」
苦労したのは自分だけだと強調しているように聞こえる。
実際、大変だったのだろう。
「それならまだ良かった。報告ありがとう。また何かお願いするかも知れないからよろしくね」
藤助は目を横に逸らし、口を真一文字に結んで答えない。
「藤助?」
「もうあのような事はご勘弁いただきたいと思います」
「え?」
「正高様にも顕成様にもお叱りを受けまして」
「兄上は分かるけど、顕成が? いつ?」
「姫様が行慶様のお邸に泊まられた夜の事です。人形の噂を聞いて見舞いに来られたので」
「ああ。顕成にも聞いたわ。しかし何で藤助を顕成が叱るわけ?」
「その前日、彼は姫様に『家でじっとしていて欲しい』と言われてましたよね?」
「……それ人払いしてたはずなのに何故」
「傍で控えて安全を守るのが仕事ですから」
しれっと言われ、私は呆気にとられた。
「……まあいいわ。で?」
「あの日、顕成様は帰られる際、私に姫様が無茶をしないよう見ていて欲しいと頼まれたのです。しかし反対に手助けをしてしまい、結局その後はそれ以上の事もしてしまいましたので」
藤助を下がらせた後、私は頭を抱えた。
恩義のある父上の娘である私を心配するのは分かるけど、吉野や藤助にまで口を出すなんてどうかしてる。
まあ、私が普通の姫君と違い過ぎるのも自覚してるけど……
「姫様」
次の日の夕方、吉野が神妙な顔をして部屋に入って来た。
「まず、美濃さんという亡くなられた女房の件ですが」
「そちらも調べてくれたのね。何か分かった?」
「検非違使に確認しに行った者の話では、事故で間違いないと断定されたそうです。争った形跡はなく、足を滑らせた跡のみ確認できたと。しかも柵が腐っていたようで」
「事故で間違いないと?」
「ええ、人為的なものではないそうです」
でも――
美濃さんが私を呼び出した事。
なのに邸の外に出ていた事。
惟義が現場近くにいた事。
どう考えても状況がただの事故ではないと示している。
結局、もろもろの謎は謎のまま。




