第六十三話
「本当ですわ。顕成様が姫様をこう、抱きかかえて来られたのです」
吉野が両腕を前に出して再現する。
その姿を顕成と自分に当てはめて想像してみると何だか恥ずかしい。
「全然記憶にない。どうやって宇治からここまで私を運んできたのかな?」
「もちろん御車ですわよ」
「嵐の中を?」
「昨日は朝から快晴でしたわよ」
庭に目をやると、陽の光で溢れていた。あの嵐が嘘のようだ。
「――ってことは、私、一昨日からずっと寝てたってこと?」
「そう正高様が言われていたではないですか」
一昨日の記憶を辿る。
道雅様の別邸に顕成が来て、横に並んで話をして過ごして――
その前は?
あっ、宇治殿!
「藤助! 藤助は近くにいる?」
「藤助さんなら、正高様と一緒に外出してますわよ。正高様が『月子はしばらく寝てるだけだからよいだろう』っておっしゃられて」
全く、兄上ときたら。
あの後、道雅様のところに無事着いて文を渡せたのか、藤助に聞きたかったのに。
「他の郎党呼びますか? 私でできる事なら私が致しますし」
吉野が申し訳なさそうな顔をする。
「いや用を申し付けるわけじゃなくてね――吉野にも説明しなくちゃいけないわよね」
私は吉野にこれまでの出来事と顕成から聞いた話など思い出せるだけ全部話した。
「まあ……顕成様や藤助さんにも大まかにはお聞きしていましたが、まさか姫様がそんな恐ろしい事に巻き込まれていらしたなんて」
「そうやって吉野が私を心配してくれる気持ち、今になってわかる気がするのよね。私も当子様が心配なのよ。藤助に託した文を道雅様が読んで何か対応してくださったかどうか確認したかったのだけど」
「分かりましたわ。私が宮様の周辺に何も起きていないか探ってみます。姫様、今後もご自身で行動するのではなく、私どもを頼ってくださいね」
「そうね。私は今動けないから……」
「今だけでなく、これから先ずっとですわ。顕成様にもそう念を押されましたことですし」
「は? 顕成に? 何で?」
「あら、姫様を心配されての事ですわ。もう私感動して」
吉野は両手を合わせてうっとりとしたような顔をする。
「まさか……吉野も兄上のように勘違いしてるわけ?」
「勘違いとは? 初恋を実らせたのでしょう?」
私は大きくため息をついた。
一昨日。
――君に何かあったら僕は……先生に申し訳がたたない――
そう訴える顕成の姿を思い出す。
「全っ然違うから。父上へ恩義を感じてるだけよ」
「そうでしょうか?」
「恋文ひとつもらったことないわよ。見舞いにだって来てないでしょう」
「確かにそうですが……。お忙しいだけでは」
「残念ながら違うのよ。吉野、私の今一番気がかりは当子様なんだけど」
「ああ、そうでしたわね。すぐに手配いたします」
吉野が退室し、私はもう一度大きくため息をついた。




