第四十六話
中から出て来た門番に向かい、予め考えておいた台詞を口にする。
「私は旅の僧で、ここから東へ向かう予定ですが、方違えが必要になりました。一晩泊めてもらえませんか?」
「家司に確認してくるので、しばらく待たれよ」
と、門番は一旦邸内に戻っていった。
右大臣家の家司と言えば惟義――?
いきなり本人と対面する事になるのだろうか?
しかし、門番は一人で戻って来て、
「家司は全員外出していて自分には判断できない。申し訳ないが他をあたってもらえないか」
と淡々と伝えてくる。
「ご主人は?」
「右大臣様もあいにくご不在だ」
「では、ここで帰宅を待ってもいいですか?」
「いつになるか分からないのだが」
「じ、実は腰を痛めてこれ以上歩けないのです」
苦労して出て来たのに、追い返されてはたまらない。
「まいったな。ここにおられるのも……」
「そこ、何を揉めておる?」
背後からの声にびくっとして振り返ると、何と道雅様が騎馬でそこにいた。
私はさっと頭を下げ、笠で顔を隠した。
「中将様。何でも方違えで泊まりたいと突然言われたのですが、右大臣様も家司も不在でして」
と門番が説明した。
「方違え? 禁忌の方角は?」
「東と申しております」
「東か……そなたはどちらの僧だ?」
これは私に問いかけられているので口を開くしかなかった。
「わ、私は旅の僧です」
道雅様は馬を降りて、私の顔を下からじーっと覗き込んだ。
「ほう。旅の尼僧が都に? ずいぶん若そうだが」
「は、はい。修行中でございまして」
「……」
道雅様は尚も私の顔を覗き込み、
「その声。近江じゃないのか?」
と囁いた。
「あ? え? ち、違います」
あわてて否定するが、道雅様はにっこりと笑った。
「私は女人の声と顔は一度見たら忘れられないのだよ。香りもね。化粧をしていなくても分かる」
これ以上ごまかすことは不可能そうだ。
道雅様は門番に向かって、
「この僧はうちで預かろう。戻ってよいぞ」
と伝え、私に馬に乗るように促してきた――
堀河殿から少し南に下り、そこから東へ進みかけて、道雅様は一旦馬を止めた。
「東が凶というのは誠かな?」
「あっ。いえ、方便でございます」
「ふっ、やはりそうか。ならこのまま東へ進むぞ。さほど遠くないがね」
と再び進ませて、少し進んだ先の門に入り馬を下りた。
比較的新しそうだが質素な造りのお邸だ。
「ここが道雅様のお邸ですか?」
「いや、私の家に騎馬で僧衣のそなたと戻るのは目立つからね。ここは出家した弟の邸だ」
「弟君?」
「母は違うけどね。ここならその姿の者と出入りしてもおかしくないだろ?」
道雅様は片目をぱちんとはじいて微笑んだ。
邸内に入ると、前から若い僧侶がやってきた。