第四十話
「月姫。確かに惟能殿が左大将様の近江別邸に潜入していたという話は不審に思うけど、その後僕の周りでは特に何もない。現時点で危険なのはやはり君の方じゃないかな?」
「現場にいたのが私だと気付いたのなら、為則を斬った時のように、速攻ここに来そうだけど」
「まだ君の身元までは気付いていないだけかも知れないよ。近江では君が名乗ったのを聞いていたのだろうけど、今回は違うのでは?」
確かに昨夜、あの場面では特に名乗ったりはしていない。
でも後から調べれば、当子様の女房の近江だって答えはすぐに出てくるだろう。そして、惟能がもし美濃さんの転落にからんでいたとすれば……現場にいたことを私に目撃されていた事に気付いていたとすれば……。
「このままひと月もじっとしているわけにはいかないかな」
ぼそっと漏らすと、顕成は目を光らせた。
「月姫、まさか何かするつもり?」
「え?」
ギクッとして、扇を落とす。
「この件は僕に任せて君はここでじっとしていてくれないかな」
「どうして?」
「どうしてって、あなたは危険な事をしそうだからだよ」
いつの間にか日が暮れ、辺りは暗くなっていた。月明かりが顕成の顔を照らしている。
彼は真剣な表情で真っすぐ見つめてくる。
「私は無関係じゃないから何もしないでは、気が治らないのよ」
「何をするの? まさかまた男姿にでもなって右大臣家にでも乗り込むつもり?」
「お、男姿って!」
痛いところを突かれて――なんだか急にムカムカとしてきた。
「そんな事しないわよ! でも、私のせいで弟が傷を負って、同僚の女房が同じ犯人に襲われて亡くなったのかも知れないのよ? じっとしていられるわけないじゃない!」
「その気持ちは分かるけど、無茶な事はせずに僕に任せてくれれば……」
「それよりも、顕成。近江では誰と一緒に滞在していたの?」
「石山詣りの時? 祖母と母、それに妹だよ。養子先の、だけど」
「私と応対した人はどなた?」
「ああ、それは僕の乳母だよ」
顕成は即答した。
乳母?
あの女房が顕成の乳母だったの? つまり、昨日宴の前に話した中将内侍さんだったと?
「あの夜、潜入した不審者について彼女から話を聞いた?」
「為則君の事件の後にもちろん聞いたよ。盗人らしき男を女房の一人が見かけたものの、すぐ逃げ去られたとだけ言ってたけど」
「それ、おかしいよね? 右大臣様の家司と言ったら立派な貴族よ。盗人の真似なんてしないわよね?」
「君は惟能殿だと決めつけているけど、似てるだけで違うかも知れないじゃないか」
「惟能で間違いないのよ!」
ムッとして私は叫んだ。
月明かりに照らされた男の顔――あの目と傷。あの時、一瞬でしっかりと目に焼き付けられている。
そうだ。中将内侍さんもあの時、男姿の私の顔を見ていたはずだ。
私からは扇を手にした彼女の顔は見えなかったけど、私は何も隠していなかった。
あの時の私の顔を覚えている可能性はある。
「中将内侍さんだけど……聞かれるまで顕成に報告もしない、盗人と決めつけて調査もしない? 失礼だけど、彼女も怪しいわ」
「そんな、まさか」
「私にじっとしていて欲しいんだったら、その賢い頭を働かせて、ちゃんと調査してちょうだい!」
私は勢いよく立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
「えっ? どこ行くの?」
袖を強く引かれ、私はよろめいて後ろへ、仰向けの状態で倒れていった。
頭を打つ予感がして思わず目をつむる。
しかし、ふわっと、下から腕で支えられる形で止まった。瞼を開けると、目の前に顕成の顔があった。




