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第四十一話

「ごめん、急に引いたから……」

 すぐに起き上がろうとしたものの、お腹の辺りに力が入らず、顕成の腕に体を預けた状態のまま動けない。

 脱力して顕成を見ると、烏帽子から数束の前髪が落ちて目にかかっていた。

 何だか……急にドキドキしてきた。

 顕成は視線を少し外し、片手で私の髪をさらさらと梳く。

 そして、

「ねえ……」

とかすれた声でささやかれ、ぞくぞくっと体が震えた。

「どうして為則君の振りまでして僕に文を届けに来たの?」

「そ、それは……」

 顕成は、尚も私の髪に指をからめ、さらさらと滑らせる。

「髪に月明かりが落ちて絹のようだよ」

「そ、そう?」

 頭がもぞもぞして心地よい。

 髪、洗ったばかりで良かった……じゃなくて!

 顕成は手を止めて私を見つめ、ふっと目を細めて微笑んだ。

「今夜は十三夜だね」

 庭に視線を移して月を確かめる。満月に近い月の光がとても眩しい。

「あ、本当だ……」

「月姫」

 再び囁き声で呼ばれ、顕成に視線を戻すと、鼻先が触れそうな位顔が近くに迫っていた。

 顕成は猫の瞳のような眼差しで、じぃーっと私の瞳を覗き込む。

 鼓動が早鐘のように鳴り響く。

 ドクンドクンドクンドクン……。

 駄目。

 心臓が壊れそう。

 私は少し顎を引いて顔を離し訴えた。

「あの、顕成が助けてくれないと起き上がれないんだけど」

 顕成は我に返ったかのような表情になり、私の背を抱き起してから、少し離れた位置に座り直した。

「あの、と、とにかく、無茶なことはしないで。僕が調べてみるから」

「うん……」

「もうすっかり暗くなってしまったから、今日は帰るよ」

「うん……」


 顕成が帰った後、私は力が抜けてドスンとその場に座り込み、きょうそくにもたれかかった。

 あの妙な空気は一体何?


「姫様」

 ふいに女性の声がして、ぎょっとした。声の方向を見ると、少し離れたところに誰かが立っている。手元に灯りを持っているようだが、顔の辺りは暗く月明かりを背にしているためよく判別できない。

「だ、誰? いつからそこにいたの?」

 彼女は高灯台に灯を灯した。周囲がほのかに明るくなり、彼女の顔が現れる。

 見覚えのある年配の女房だ。

 彼女はこちらに近寄ってきて、そっと座って頭を下げた。

「私は右京でございます。伊勢の頃から大殿様に仕えており、今はここで正高様に仕えております」

「ああ、右京ね。覚えているわ」

「陽が落ちましたので灯りをお持ちしましたが、何やらいさかいの最中のようでしたので離れて控えておりました」

「そ、そうだったのね」

「月姫様」

「はい?」

「あのような場面では、黙って目を閉じられるべきでしたよ」

「えっ? あのようなって?」

「顕成様が姫様を腕に抱きかかえていらした時の事です」

 御簾を上げてしまっていたので、見られていたようだった。

「あっあれは転びそうになったのを支えてもらっただけなのよ。言わば事故よ、事故」

「拝見しておりましたから存じております。しかし、姫様があそこで瞼を閉じられれば私は下がりましたのに」

「ま、瞼?」

 あのまま私が目を閉じればって――

「な、何を言っているの? それに離れた所からそこまで見えないはずでしょ」

「あら、長く女房をやっておりますと雰囲気で察する事ができますよ」

「そういうもの? でもそんなんじゃないわ」

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