第二十二話
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「姫様」
吉野に声をかけられ我に返る。
「もしかして前斎宮様と昔何かございましたか?」
心配そうな目で見ているので、私は微笑んで、
「ああ、そんな事ないわよ。少し昔を思い出してみただけ」
と返した。
「では出仕のお話、お受けになられますか?」
「喜んでお受けするわ」
その後、兄上に中央の権力者の氏名や勢力図などを教え込まれた。
摂政左大臣藤原道長様に右大臣顕光様。内大臣様、大納言様、権大納言様、中納言様。その他権中納言が七名、参議七名。
皇族はたくさんいらして複雑なので、斎姫様の父君の上皇様、斎姫様の兄君の東宮敦明親王様、皇后は斎姫様の母君藤原娍子様という辺りだけでも覚えておくようにと念を押された。
世の中は摂政左大臣道長様の天下で、ほぼ一人勝ちの状態だという。少し前までは、先帝の上皇様との間で激しい対立があったそうだけど、それも上皇様が道長様の御孫敦成親王様に譲位されるまでのこと。その代わりに上皇様の第一皇子、敦明親王様を東宮に立てられた事で、一応の決着がついた形になっているらしかった。
そして初出仕の日。
私はお邸内に女房用の局をいただいて住み込むため、兄上の邸を出る。
「月姫様。どうか、私がいなくてもお元気で」
「吉野もね。私、吉野を見習って立派な女房になるから安心して」
「まあ、月姫様ったら」
そう言って吉野は涙を袖で拭いた。
「為則の事よろしくね。太刀傷が治っても私を恨んでるかも知れないけどね、ははは」
この後、吉野は近江に戻るのだ。
「あら、小若様は何だかんだ言ってもお姉様っ子で、月姫様の事お好きですから大丈夫ですわ。うまく取りなしておきますし」
「是非そうして。例の怪しい男の事も気になるし、不審な点があったら……」
「ええ、逐一報告いたしますわ」
門の前には既に斎姫様側から用意された立派な牛車が迎えに来ていた。
兄上とその妻の綾子様、その娘の三歳の鞠子姫が見送りに出て来た。
「月姫。辛い事があったら、いつでもここに戻って来ていいのですよ」
「ああ、そうだ。無理する必要はない」
夫婦揃って心配そうな顔を向けてくる。
「嫌だなあ、みんな。今生の別れじゃあるまいし」
と言いながら私は鞠子姫の頭をなでた。
「それに月下がりやら何やらで毎月戻って来るんですよ。では、行ってまいりまーす!」
湿っぽい空気に耐えられず、ささっと牛車に乗り込んだのだった。




