第二十一話
菅原道真の師匠だった島田忠臣の『惜桜詩』だ。つい最近、父上の講義で習ったところだった。桜を惜しむ歌で恋愛要素は全くない。
「で、でも、桜は我が国の誇りだとか、他に類を見ない美しさだとか書いてあります。斎姫様の事とかけてるのでは?」
無理矢理取り繕うとするも、
「女に真名で詩を送るなんて前代未聞だわ!」
と斎姫様は取り合わない。
まあ怒るのも無理はない。今の時代、女の人に贈る文は仮名で書くのが普通だ。
なのに漢詩を送るなんて……。
「ええと、課題で書いたものを間違えたのかも知れないです」
「手折りの枝に結び文にしてまで? いえ、私を馬鹿にしてるのよ! どういった男?」
花木に結ぶ前に中身を確認しなかった事を私は後悔した。
「あの、私と同い年の男の子でして……。ちょうどこの近くに住んでる子なので今から連れてきて謝罪させます!」
牛車を借りて顕成の住む邸まで走らせ、嫌がる顕成を無理矢理引っ張ってその牛車に乗せ、斎宮まで折り返した。
御前に二人で座ると、御簾の向こうからため息が聞こえてきた。
「なるほど、顕成だったとはね」
「え? お知り合い?」
驚いて顕成を見ると、取り澄ましたような顔で、
「斎宮様はお元気そうで何よりです」
と言って深いお辞儀をする。
「白々しいわねっ」
「前々からご要望の手本をやっと書きましたのに、お気に召さなかったとか?」
「何が手本よ。その件も仮名手本と伝えたはずよ」
「『真名』と聞き違えました」
「なわけないでしょ。あーもういい! どんな男の子が来るのか内心楽しみにしてたのに、顕成じゃ話にならないわ」
「すみませんっ。知り合いとは知らなくて」
「月姫に悪気がないのは分かってるわ。振り回して悪かったわね」
御簾越しで表情は伺えないが、私には幾分和らいだ口調だった。
「私で良かったでしょう。斎宮様はお立場を分かってないようですが」
「顕成の説教なんて聞きたくもないわ。もう帰って!」
「ええっ? 斎姫様?」
「月姫も今日はもういいわ。遅くなってしまうし。誰か! お二人帰られるわよ」
すぐに女房が来て、あっという間に二人とも建物の外に送り出されてしまった。
藤助の待つ馬宿についた時、女童が追いかけてきた。
「顕成様、命婦様からこれをお祖母様にお持ちするようにとの事です」
顕成は躊躇する事なく、その女童から何か包みを受け取った。
「ああ、承知したと伝えてもらえる?」
私は乗りかけた馬から降りた。
「ねえ、斎姫様と顕成はどういう関係なの? 親戚とか?」
顕成はじっと一点を見つめた後目を反らし、
「兄妹のような関係、かな」
と少し寂しそうに呟いた。
「兄妹? 斎姫様は顕成の妹君なの?」
顕成君は目を反らして、
「それは違う。のようなって言ったろ。僕は近いから歩いて帰るよ」
それ以上は話したくないという雰囲気だった。
後日斎姫様に尋ねると、あっさりと
「顕成は乳兄妹なのよ」
と教えてくれた。
それなら何故、顕成はそうとはっきり言わなかったのか――




