第十二話
「何で? さっき会った人、幼馴染の顕成だって言ったでしょ。彼に届けて欲しいの」
吉野は背を正して座り直した。
「尚更この文はお届けできません。姫様は興奮してらっしゃるから私が代筆して少し変えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
私はむっとする。
「そんな時間はないのよっ。これでいいの」
「では仕方ありません」
吉野は丁寧に文を結び直してから私に突き返し、さささっと下がってしまった。
「え、ええっ? ちょっと待ってよ!」
と吉野を追うものの、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
ちょうど柱の影に控えていた郎従の藤助と目が合う。
「とうす……」
「私もお断りします」
吉野や藤助が動いてくれないと諦められない。しかし他の女房や下男、牛飼童まで、吉野が命じたようで誰も動いてくれそうもない。
仕方がない。
私は、そっと西の対屋へ行き為則の部屋へ忍び込む。為則はもう寝ているようで、灯りは消されていた。
月明かりを頼りに彼の長持を見つけ、中から狩衣と指貫、烏帽子と沓を取り出した。
為則は几帳の向こうで寝息を立ててぐっすり寝ている。彼の女房もちょうど下がっていて人の気配はない。
私は奥の屏風の裏に隠れ、袴を脱いで指貫を履き、袿の上からがぼっと狩衣を被って帯を締めた。更に、髪を一つに結い上げて烏帽子の中へ押し込む。
身だしなみを確認するために手鏡を覗いてみる。
男装した私がそこにいた。こうして見ると、今でも為則によく似ている。
庭に降りて沓を履き、西門を抜けて国司館の外に一人で飛び出した。
松明を手に北西へと進み川づたいに歩く。
目的の場所は大体把握していた。湖の近くにある大きな邸を左大将様が最近買われたという噂を耳にした事があるのだ。
左大将様とは、摂政道長様の嫡男、藤原頼通様。
旅先の滞在に他の貴族の別邸を借りること自体は珍しくない。ただ、為則は「ご家族で滞在されている」と言っていた。
顕成の家族? 伊勢のお祖父様やお祖母様だろうか? ご両親はどちらも他界しているはずだし……
その時、後ろから馬の蹄の音が近づいてきた。私の目の前で止まると同時に、ざっと背の高い男が降りて立ちはだかる。
ぎょっとして見上げると、藤助だった。




