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帰還


 話しあいはおわり、南のテントからシャマラが出てきた。アレクサンドロスは兵を帰還(きかん)させる指示をだし、川で停滞(ていたい)していた船の援軍にも封書が送られた。今後は竜人たちが冬の国との交渉を取りもち、帝国は北城塞都市(きたじょうさいとし)再興(さいこう)させる。竜人の国には干渉(かんしょう)しない盟約(めいやく)も彼らのあいだで()わされていた。


 周辺国を制圧(せいあつ)してきた帝国だが、領地が広大になりすぎ(むずか)しい問題がおこることは十分に理解しているようだ。


 白銀に(きら)めく竜人が(みなと)のそばへ立った。


「アキツミナト、バラウルとの空中戦は見事(みごと)だった」


 シャマラは敬意をつたえ、竜人たちを連れて自国へ引き()げる。バラウルも伸びをしておきあがり湊へ顔をよせる。白濁(はくだく)する瞳でどのくらい見えているのか不明だけど、こっちを見ていた目は満足そうにまばたきした。


「ワシも帰るとしよう、尻尾(しっぽ)でジーラと遊んでやらねばな」


 翼をひろげたバラウルが羽ばたき、周囲の土埃(つちぼこり)を巻きあげる。疾風(しっぷう)のごとく雲を突きぬけ、たちまち見えなくなった。




手柄(てがら)を横どりされた気分だがまあいい。これで私も本来の遠征先へ向かえそうだ」


 あとから歩いてきたアレクが傲然(ごうぜん)と言いはなつ、ドラゴンにさえ不遜(ふそん)にふるまう男は唇のはしを上げて湊を見つめる。しかしラルフが横から()っさらい、さきに奪われてしまったアレクは片眉をしかめた。


「ふん、おのれの不甲斐(ふがい)なさで逃げられてなくてよかったな。愛しい弟よ」


 尊大(そんだい)に肩をすくめたアレクは緋色のマントをひるがえし、前線にいた大隊を連れて北城塞都市から去った。入れかわりで後方にいた大隊がここへのこり警備と再興(さいこう)をおこなう。しばらくは北方を警戒しながら様子見(ようすみ)するようだ。


 前線で戦っていたラルフたちも引きあげる準備をはじめた。ヴァトレーネと港町の兵士たちは隊列をくみ南へ行進する。山中の街道はきれいな状態をたもっていたが要所は(いくさ)で破壊されていた。




「ミナト……私のところへ、もう戻ってこないと思っていた」


 ゆれる馬上でラルフが静かにつぶやく。


 目が覚めたラルフは、湊が蛮族(ばんぞく)(さら)われたのではないかと必死で探した。いなくなった理由はおのれの意気地(いくじ)のなさだとアレクに指摘(してき)され、きっと自国へ帰ってしあわせに暮らしているとシヴィルが言ったそうだ。

後者はフォローなのだろうけど、傷口へ塩を()りこんでるようでもある。いないあいだに好き放題(ほうだい)言われ、湊は力なくため息を吐いた。顔を上げたら背中を丸めたラルフがやや悄気(しょげ)た目でこちらを見てる。


「……ミナトは帰らなくていいのか? 」

「俺はここへ帰ってきたんだよ、ラルフ」


 光のこぼれそうな目と見つめあっていたら黄金色の瞳が近づいた。唇と唇がかさなって目をつむる。ながいながい石づくりの道のりをともに馬へ乗って帰った。




 はやく帰りたいのは湊たちだけではない、歩きどおしなのに兵たちは文句ひとつ言わない。日がおちて野営地(やえいち)へテントをはり、焚き火がともり焼けたパンの匂いと笑い声がひびく。


 移動をつづけ、(なつ)かしい青い川が見えてきた。ヴァトレーネの北は門も兵舎もなくなってたけど、見なれてしまった彼らは通りすぎてゆく。川には大きな木製の橋が()かり、その横へ真新(まあたら)しい石の橋が建設されていた。


 守りきった南側の住居へ町の人がもどり、修復を見守りつつ日常生活を送っている。


「おおい、おおーい! ミナトッ、ミナトじゃねーか!? 」


 北城塞都市から帰ってきた兵を迎える人々のなかに、木べらを持った食堂の親父が混ざっていた。木べらを()っていた親父は腹を()かせた兵士に呼ばれ、あわてて建物へ入った。


 ヴァトレーネの邸宅も壊れて修復中だ。湊をのせたラルフはヴァトレーネを通りすぎ、しばらくは港町へ滞在する。






***************


 少しまえにシハナが開けた部屋の窓へ朝陽がふりそそぐ。


「ふあぁ~」


 久しぶりに柔らかいベッドで目覚めた湊は両腕をのばして欠伸(あくび)した。こっちへ戻ってから歩きっぱなし、おまけにドラゴンへ乗るなど()れないことをしたものだから体中が痛い。腕を伸ばした途端(とたん)(すじ)が引きつって痛みにうめいた。


 腰元も(おも)い。視線を落とすとラルフが腕をまわして抱きついていた。とっくに起きていた様子で湊をじっと見てる。


「ラルフ……起きてるなら、はなしてくれない? 」


「ノォォン!! 」


 彼は腰元へ顔をくっつけて拒否した。港町の屋敷ではなぜかベッドはいっしょだった。


 湊はラルフを付けたままベッドを降り、着がえのある収納まで歩いた。筋肉痛が身体をむしばみ、収納のまえで力尽きてしまう。数分後、シハナとルリアナが訪室して引き()がされたラルフはしぶしぶ中央広場の兵舎へでかけた。


 ヴァトレーネの復興と北城塞都市への物資補給(ぶっしほきゅう)の中継など、プラフェ州を管轄(かんかつ)している彼は仕事をたくさん抱えていた。


 ラルフがいなくなり湊は落ちついて朝ごはんをいただく。塩のかたいパンにも慣れてきたけど、ラルフの屋敷で食べるはちみつパンは美味い。シハナの作ったジャムをのせたらリンゴの甘みがひろがり、ちいさな幸せをかみしめる。




 ケープを羽織(はお)って中央広場の建物へむかった。円柱の回廊からなかへ入るとツァルニが港町の文官たちと会話していた。


「ミナト、出てきて大丈夫なのか? 」


「そっちこそ」


 自然とならんで歩き、ヴァトレーネの復興状況(ふっこうじょうきょう)や物資の輸送について意見を()わす。臨時(りんじ)の人手が少なくなったぶん、ツァルニの分担はふえた。仕事の鬼と化したツァルニから書類を渡され、帰還した翌日に仕事がはじまった。

さいわい帝国と港町の文官が作成した書簡をもとにしてすんなり進捗(しんちょく)した。湊は帝国の数字ではなくアラビア数字で書きこんだ台帳もひそかに作っていた。


「あいかわらず早くて助かる」


 湊の書類を受けとった上司は確認してほほ笑んだ。


 山積(やまづ)みになった書簡や紙束をまとめたツァルニは、眼帯をはずし目頭(めがしら)()んだ。右の眼球の腫れ()はひいたけど完治していない、疲れやすくなったと話す原因は酷使(こくし)してるせいだろう。


 湊はむこうの世界から持ってきた物を思いだし、昼に屋敷へ帰って荷物をさがした。


 しかし出てきたのはナディムの革袋だけ、せっかくさまざまな用途に役立つ物を入れたバックパックを竜人の国へ置いてきてしまい叫び声をあげた。ドラゴンが港町にいるはずもなく、北の山脈への距離をかんがえた湊は頭を抱える。


「はぁ……街道? 船? 何日かかるんだろ。ラルフ許可してくれるかなぁ……」


 予定の立てられない旅はいつになることやら、湊は革袋の底に発見した物を(にぎ)りしめてツァルニのところへ走った。




 書斎へ行くとシヴィルが机にもたれていた。2人とも近日中にヴァトレーネへもどる予定だという。


「港町はラルフ様にまかせ、しばらくヴァトレーネの復興に専念する。ミナトにはラルフ様のサポートをしてもらいたい」


 切実(せつじつ)な上司のねがいに湊はこころよくうなずく。引きつぐ仕事の説明を受け、港町の文官を紹介された。


 湊はツァルニの目を心配して目薬を渡した。角膜(かくまく)の傷を治すのとドライアイの保湿用、湊は自身で実演して彼へ点眼する。見たこともない薬なので根掘(ねほ)葉掘(はほ)り聞かれたけど、湊の国の極秘製法(ごくひせいほう)だといってごまかした。


 容器のプラスチックについても言及(げんきゅう)され、見かねたシヴィルが目薬をかすめ取った。目薬に書かれた文字が分からず説明を求められ、湊が色分けで種類と使い方を説明するとうなずいた。


「角膜の修復と……こっちがドライアイ? ああ~保湿のやつね。オーケィ」


 妙にネイティブで帝国じゃない言葉が聞こえた気がする。湊が首を(かしげ)げるまえに、目薬を持ったシヴィルはチェシャ猫のように笑って走りだした。


「点眼の時間になったらまた来るっ! 」

「シヴィルッ!! 」


 あっという間にシヴィルの姿は消え、目薬を持って行かれたツァルニの声が廊下へひびいた。




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