SCHISM#2
シモンチームのアジトに集っているのはリーダーのシモンを除いて二人。アントニー・サーフィットの暗殺任務を請け負っているヤオと、そのサポート役に選ばれたキーンのみだった。
「……標的は想像以上に厄介な人物のようだ」
キーンの抑揚に欠ける呟きに返答する者はいない。
隣に腰掛けているヤオはつまらなそうに壁の方へと視線を投げているし、向かいに座るシモンは神妙な面持ちでモニタを睨んでいる。そこに映し出されている不気味な男、アントニー・サーフィットの顔を。
「彼女は無事なのか?」
「今のところ別状はないようです。本人曰く〝何故か気に入られている〟とのことでした。それが良いことなのか悪いことなのかはさておき」
ヤオは短く肩を揺らして鼻で笑う。
「気に入られてる、か。さすがは聖女サマだな」
シモンは「ヤオさん」と嗜めたが、内心ではヤオの言葉に賛同しているようにも見えた。
シャロンが魔法使い達の聖女――〈アルケーの火〉の指導者に祭り上げられてから四日が経った頃、彼女はとうとう暗殺対象であるアントニー・サーフィットの居場所を特定することに成功した。
まさかシャロンもテロ集団のリーダーとして標的と対話をすることになるとは思ってもいなかっただろう。
サーフィットの見張りが次々に発狂する事態を受け、シャロンは指導者として自らサーフィットと対峙することを申し出た。
幸いにも、今のところシャロンは無事だった。それどころかサーフィットは一目見ただけでシャロンに興味を示し、定期的な対話を要求したのだという。それ以降、見張りが発狂することはなくなり、ヴァネッサは仲間の安全のためにシャロンとサーフィットの対話を受け入れざるを得なくなった。
そうして数日が経過し、シャロンはとうとうサーフィットと二人だけで話をする機会を得た。つまり、サーフィットの周囲から魔法使い達がいなくなる絶好の機会を作り出すことに成功したのだ。
約束の日は明日――五月十四日午後三時。
この日、B&Bはついにアントニー・サーフィット暗殺を決行する。
「シャロンとサーフィットの面会予定時間はおおよそ十分ほど。この時間までに現地に到着し、標的を処理、その後撤退していただく必要があります」
「その前に一つ確認したいんだが」
面倒臭そうに口を開いたのはヤオだ。
「はい」
「クソガキの話が真実である確証は? 潜入先の教祖になり、標的とお友達になるような奴の話なんて俺ならそう簡単には信じないが」
「懸念は分かります……が、僕はまだシャロンが裏切ったとは判断していません」
「根拠は」
「超絶有能諜報員としての経験と勘ですかね」
ヤオは何も言わず、代わりに大きなため息をついた。態度こそ大きいが、基本的に上司の決定には黙って従う男なのだ。
「俺からも一つ確認しておきたいことがある」
ヤオと交代する形でキーンが口を開く。
「どうぞ」
「今回、サーフィットの方から二人きりでの面会を要望してきたと聞いたが、シャロンの安否はどう考えている」
シモンの表情にか陰が落ちる。感情の読みづらい目は、珍しく苦悩の色を湛えてモニタを睨んでいた。
「正直に言うと、シャロンの安全はまったく保証されていないのが現状です。サーフィットは何かしらの取引を望んでいるようですが、取引に応じた結果シャロンが発狂しないとも限らない」
「彼女はそのことを理解しているのか」
「十分理解した上で取引に応じると申し出ました。標的暗殺のタイミングを作るために」
ヤオとキーンは神妙な顔で押し黙る。さすがのヤオも「シャロンが任務のために自らの命を賭けている」と言われてしまっては皮肉を口に出来ないようだ。
シモンの話の通り、シャロンとサーフィットの面会はサーフィット側からの要請で実現することとなった。
サーフィットは「君の知りたいことを教える」とシャロンに持ちかけ、その対価として二人きりでの対話を望んだらしい。「応じてくれれば今後見張りで遊ぶのはやめてもいい」と付け加えて。
見張りが次々と発狂死する問題に悩んでいたヴァネッサ派の面々は、この要求を呑まざるを得なかった。ヴァネッサは渋々了承する形で、そしてヴァネッサ派の面々はシャロンに希望を託す形で、シャロンとサーフィットの面会を許諾した。
まさか、シャロンがサーフィット暗殺のために動いているとは露も知らずに。
「他に質問はありますか? なければ作戦内容の話に移りますが」
ヤオとキーンからの返答はない。
シモンは軽く頷き、ローテーブルの天板――大型モニタと連動しているタッチパネルをペンで叩いた。
モニタに表示されたのはロトス島の3Dマップだ。緑色の光線で構成された立体的なワイヤーフレームが街や地下施設の輪郭を浮かび上がらせており、廃棄された地下鉄の線路も目視できるようになっている。線路は蟻の巣のよろしく複雑に入り組み、点在する駅はまるで巣の横穴から伸びる部屋のようだった。
タッチパネルを叩く音の後、線路の一部分と幾つかの駅が赤くハイライトされる。
ロトス島北東にある〝クラースヌイ駅〟――標的の所在地だ。
「今回、お二人にはロトス島地下鉄道、N-17線を経由して標的の居場所へと潜入していただきます。ただ、これはあくまでB&Bが現在保持しているデータを元に算出された経路だということを留意しておいてください」
「回りくどいな。もっとはっきり言え」
「データが古いので不測の事態がかなり予想されます」
「――だそうだ、キーン」
ヤオに話を振られ、キーンは機械のように頷く。
「構わない。続けてくれ」
「ありがとうございます。……まず、鉄道内への潜入は〝グロームキー駅〟から行って頂きます。この駅はストラースチの本拠地に近いため〈アルケーの火〉のアジトとして使用されておらず、魔法使い達も存在自体をあまり認知していないとのことです」
「それはシャロンからの情報か」
「そうです」
「有益な情報だ。そう思わないか、ヤオ」
ヤオは返答せず、ただ大型モニタを睨むばかりだった。
「グロームキー駅へ侵入後は、N-17線を北上し、ドゥマ駅、カザンカ駅を経由して目的の場所……クラースヌイ駅へと潜入してください。ドゥマ駅、カザンカ駅もアジトとしては使用されていないようですが、シャロン曰く、若い世代のメンバーが勝手に使用している可能性はゼロではないとのことです」
「彼らと遭遇した場合の対応は」
「速やかに処理してください」
キーンは眉一つ動かさず頷く。
速やかに処理――今回の場合においては、〝殺害〟が最も意味として近い。
「N-17線は人が立ち入らなくなって数年経つため、瓦礫等で道が塞がっている可能性が極めて高いです。〈アルケーの火〉が使用しているK-235線と隣接しているため、爆発物等の使用は基本的には許可できません。極力音を立てず、迅速にクラースヌイ駅まで到達して頂く必要があります」
「十分しかない面会時間に間に合うように、か?」
ヤオの皮肉が混じった問いに、シモンは淡々と返答する。
「おっしゃるとおりです」
「優秀な諜報員のおかげで任務が楽になって助かるな。……キーン、問題ないか」
「お前を標的の元まで連れて行くのが俺の任務だ。任せてくれ」
ヤオは相変わらずの仏頂面で頷いたが、その双眸にはキーンへの確かな信頼が見て取れた。
実際、破壊工作においてキーンの右に出る者はいない。〈アルケーの火〉に気づかれないように地下線路を進むといった作戦内容は、キーンの能力が最大限に活かされるものに他ならなかった。
「クラースヌイ駅へ到着後は速やかに標的を殺害し、撤退してください。魔法使い達との戦闘は極力避けたい」
「シャロンは回収しなくていいのか」
「構いません。彼女は瞬間移動の魔法でいつでも撤退できますから」
「了解だ」
「他に何か確認しておきたいことはありますか」
「ない」
「ヤオさんは?」
ヤオはただ黙って首を横に振る。
「ありがとうございます」
シモンは頷き、再びディスプレイをペンで叩いた。
モニタに表示されていたN-17線の3Dマップの隣には、再び骸骨のような男――アントニー・サーフィットの顔写真が映し出される。
「改めて確認です。今回の任務の最終目標はアントニー・サーフィットの暗殺。手段は一切問いません。確実に殺害してください。今回は島民保護法が適用されないので、障害となるものは全て処理してくださって構いません」
ヤオとキーンは静かに頷く。
「明日、シャロンから連絡が入り次第作戦を開始します。必要なものがあれば今のうちに準備をお願いします」
「承知した」
「承知だ」
モニタに映し出されているサーフィットは、まるで二人の暗殺者の来訪を待ちわびているかのように、不気味な笑顔を浮かべていた。




