SCHISM#1 /2
(どう、なったの……)
若者達は互いに顔を見合わせてから、ハリーが走り去っていった方へと歩いて行く。
廊下を覗き込んだ彼らの口からは深い深い溜息が漏れた。
「……聖女様を追放しようとした罰だ」
静まりかえった中に、誰かの呟きが漏れ聞こえる。
その言葉に同調する者はいなかったが、否定をする者もいなかった。
(何が罰だ。私は神でも何でもない。……そもそも、神ですら私たちを見守ってなんかいないのに)
胸の奥に沸き起こった苛立ちに突き動かされ、シャロンは人々を押しのけて若者達の方へと足を進めた。人々が縋り付くようにシャロンを引き留めたけれど聞く耳は持たなかった。
廊下では若者達が沈痛な面持ちで横たわるハリーを見つめている。
壁には真っ赤な血の花が咲き、ハリーの額はまるで叩きつけたトマトのようにぐしゃりと潰れていた。
「ハリー……さん」
それ以上言葉が出なかった。
〈アルケーの火〉の聖女として祈りの言葉を口にすべきなのだろうが、あまりに衝撃的な光景を前に聖女の顔を繕うことが出来ないでいる。
頭蓋骨が潰れるほどの勢いで壁に頭を叩きつけるなど、普通ではない。
あまつさえ、頭が潰れた状態で満足げな笑みを浮かべるなど――。
「ブリャンカ駅に連れて行くよ。……ヴァネッサに知らせないと」
若者の一人はハリーの遺体を抱え上げると、仲間達にアイコンタクトをしてからふっと姿を消した。
「……今のは一体なんなのですか」
シャロンの問いに、残った三人の若者はバツが悪そうに顔を見合わせる。
「気にしないでください、聖女様。これは俺たちの問題なので――」
「……あいつのせいです」
怒りさえ感じる低い声でそう被せたのは、背の高い巻き毛の青年だった。
「あいつが俺達を狂わせているんです」
「おい、マイク!」
「次にあいつを見張るのは俺なんだぞ! 今まで見張りに立った人間は全員死んだ。次は俺だ。俺が死ぬんだ」
マイクと呼ばれた青年は両手で顔を覆ってカタカタと身を震わせている。指の隙間から覗く顔色は酷く悪い。
(あいつって、まさか……)
青年達が直面している原因不明のヒステリーも気がかりだが、それ以上にシャロンは〝見張り〟という言葉が気になって仕方がなかった。
シャロンが知る限り、〈アルケーの火〉が監禁、監視をしているのはアントニー・サーフィットただ一人だ。
先ほど何者かが「またヴァネッサ派の……」と言っていたことから、この若者達はヴァネッサ派の人間とみて間違いないだろう。
となれば、彼らが見張りをしているのは――。
「その話、詳しく聞かせてもらえませんか」
緊張と期待で声が僅かに震える。
(落ち着け。変に怪しまれれば、余計に警戒されるのがオチだ)
「…………」
若者三人はもう一度顔を見合わせる。
口を開いたのは髪を短く刈り上げた精悍な青年だった。
「……俺達は今、とある男の見張りを任されているんです」
青年は罪の告解でもするかのように、ぎゅっとシャツを掴んで続きを吐き出す。
「その男、見張りについた奴にあれこれと話しかけて、みんな最初は少し仲良くなるんですけど、気づいたらハリーみたいに……」
(発狂死、か……)
「あれは何かの魔法なのですか?」
「いえ、魔法じゃないと思います。人体操作魔法に近いかもしれないけど、人体操作魔法は人の精神までは操れない。発狂させて自殺に追い込む魔法が存在するのなら、それはもう禁呪です」
禁呪――以前にロブから教えて貰った言葉だ。
魔法を研究していく中で、効果があまりに非人道的だったり、魔法使用時の反動が大きすぎるものは学院によって禁呪に指定されており、使用をすれば厳しく罰せられるのだという。
学院の法がパシフィカにまで及ぶことはないだろうが、多くの魔法使いには禁呪イコール悪しきものという図式が刷り込まれているらしい。そのため、進んで禁呪を使おうとするものは殆どいないそうだった。
(魔法でないのなら一体何が原因なの。何かのウイルス? あるいはマインドコントロール? いや、そんなまさか……)
「今まであいつの見張りについた仲間は全員死にました。次は、俺です」
マイクがどこか虚ろな目でそう呟く。
顔面蒼白で唇を震わせるその姿は、思わず目を背けたくなるほど痛々しい。
「見張りをつけないという選択肢はないのですか。たとえば、監視カメラを設置するとか……」
再び静かになったマイクの代わりに、刈り上げた青年が返答する。
「ヴァネッサは色々と考えてくれているみたいですが、とにかく今はあいつを逃がすわけにはいかないんです。逃がせば……俺達全員が終わります」
青年の言っていることは正しい。
〝あいつ〟がアントニー・サーフィットを指しているのであれば、逃走を許したが最後、〈アルケーの火〉は壊滅するだろう。人質を奪還したストラースチに兵器の使用を躊躇う理由はない。
ただ――。
(サーフィットの監視体制が崩れかけていて、しかも監視カメラを設置していない……これは、思っている以上に好機かもしれない)
シャロンは小さく喉を上下させて生唾を呑み込んだ。
今ここで仕掛ける。――そう自分に言い聞かせるように。
「あなた方が見張りをしているのは、もしかしてアントニー・サーフィットという男ではありませんか?」
若者三人は途端に目を見開いた。
「どうして、それを」
「私は元々ヴァネッサ派の人間です。ヴァネッサは最後まで私のことを認めてはくれませんでしたか……」
若者達の顔に浮かんだ警戒の色が少しずつ和らいでいく。
人を騙すときは嘘をつくのではなく、都合良く切り取った真実だけを述べろ――諜報員の心得としてシモンが教えてくれたことの一つだ。
「今でこそ聖女として祭り上げられていますが、本当は貴方たちのように世の中の不条理と戦いたくて組織に入ったんです。許されるなら私もあなた方の力になりたい」
胸に手を当て、必死に訴える。
「もう誰も死なせません。マイク、貴方をあんな目には遭わせない」
手を取って強く握ると、マイクは縋るような視線をシャロンへと向けた。他の者達と同じ――聖女を崇める狂信者のように。
「私が、アントニー・サーフィットと話をします」




