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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
56/86

SCHISM#1 /1

 忘れ去られた地下鉄駅の廃墟に、今まさに忘れ去られようとしている数多の魔法使い達が救済を求めて集まっている。

 現実と虚構の狭間に取り残されている彼らが崇めているのもまた、かつて存在したと言われる高名な魔女の生まれ変わりで、このザリャ駅に存在する何もかもが虚構という名の歴史の排気孔に堕ちていっている気さえした。

 けれど、シャロンには〝聖女〟に縋る魔法使い達を軽蔑する資格はない。

 目的の為に聖女として振る舞うシャロンこそ、この場において最も胡乱であり不誠実な道化(そんざい)なのだから。

「聖女様、どうか私たちに道をお示しください」

「俺たちはいつ救われるのですか、聖女様」

「聖女様――」

 〈アルケーの火〉のアジトの中で最大とされているザリャ駅は、子供ばかりだったチェルミ駅と違ってテロリスト然とした人々が多く見受けられた。

 戦闘服に身を包み、銃を携帯している人々が、まるで熱に浮かされたかのようにシャロンへと手を伸ばす。

 リーゼンフェルト家の血を引く者――あるいはアドミラリィ・リーゼンフェルトの生まれ変わりが、学院から見放された自分達を救済してくれるのだと信じて。

「大丈夫です。私たちは間違っていない。私たちには生きる権利がある。前に進み続ければ、いずれ救われる日が来ます」

 人々はシャロンの曖昧な言葉に感極まってわあっと歓声を上げる。

 期待に満ちた目を見るたび、彼らを騙している気になって胸が痛んだ。

(……今更だ。ロブの手を取ったあの時から、私はずっと同胞達を騙し続けている)

 そう自分に言い聞かせ、無理矢理に偽りの笑顔を浮かべる。罪悪感の棘が胸の奥から抜けずにいるのは、彼らが二重に騙されていることを知っているからなのだろう。

 四日前、ザリャ駅で行われた議決により、シャロンは〈アルケーの火〉の新たな指導者となった。反対したのはヴァネッサやロブなどの一部のメンバーだけで、ほとんどの人間は〝リーゼンフェルトの血統〟が指導者の座に就くことを快く受け入れた。

 快く――いや、あれはどちらかと言えば盲目的と言うべきだ。

 多くのメンバーが求めているのは、組織を未来へと向かわせてくれるリーダーではなく、自分たちの過去を肯定してくれる偶像のように思えた。

 どちらにせよ、シャロンにはテロ組織をまとめ上げ、運営するだけの能力などない。それどころかまともに戦う力すらない。

 シャロンを擁したサミュエルは、そのことを織り込んだ上で指導者決定の議決を発した。むしろその方が都合が良かったのだろう。サミュエルはシャロンを傀儡にして、組織内の実権を握ろうと画策しているようだった。

 サミュエルの企みはおおむね上手くいった。

 〈アルケーの火〉はサミュエル派――つまりテロ活動に積極的な過激派連中が台頭し、穏健派であるヴァネッサ達は急速に力を弱めた。

(チェルミ駅のみんなはどうしてるだろう……)

 そんな資格はないと分かっているけれど、どうしてもロブや子供達のことが気になってしまう。組織が強硬路線に傾いた事実は、間違いなく彼らにも影響を及ぼすはずだ。

「あ……」

 ――ふいに、人影の中に見慣れた顔を見つけた。

 柱の陰からじっと視線を送ってきているのは、顔にそばかすが散った茶髪の青年だ。

「ロブ……!」

 声にならない声で友人の名を呼ぶ。

 ロブは目線が合ったことに気づいたようだったが、挨拶も合図もせず、ただ陰りを帯びた眼でシャロンを見据えるばかりだった。

「ロブ、待って――」

 聞きたくないと言わんばかりに、ロブはふいと顔を背けて人影の中に消えていく。

 口にしかけたシャロンの言葉は、聖女を崇める喧噪の中に呑み込まれていった。

(……何を一丁前に傷ついているんだろう。サミュエルさんの人形になることを選んだんだ時から、こうなることは分かっていたのに)

 強く拳を握り、〝聖女〟としての顔を繕い直す。

 任務のためであれば友を裏切ることも躊躇わないし、聖女を演じることも厭わない。この程度で心を痛めていては、この先生き残ることなんて出来ないのだから。

「何の騒ぎだ!?」

「襲撃か!?」

 突然、獣じみた咆哮がザリャ駅の広い空間に響き渡った。

 何かを避けるように人波が引いていく。

(なに、この声……)

 人々の視線を浴びながら一心不乱に暴れていたのは、獰猛な獣――ではなく、一人の年若い青年だった。

「あれ、ハリーじゃないの?」

「またヴァネッサ派の人間か……」

 こういった状況に慣れているのか、シャロン以外の人間はどこか冷ややかな目で青年を見ている。

「やメろ、ヤメろ、ヤメロ、お、あァッ――」

 青年は頭を掻きむしりながら叫声を発していた。その動きがぎこちないのは、誰かが人体操作魔法を使っているからなのだろう。

 けれど完全に動きを制止することは叶わないようで、ハリーと呼ばれた青年は縄を引きちぎろうとする猛獣のようにその場で暴れ続けていた。

「ハリー、落ち着け! 大丈夫だ、大丈夫だから……!」

 群衆を押しのけ、数名の若者がハリーへと駆け寄る。

 若者達は魔法を使おうとはせず、物理的にハリーの動きを止めようと試みていた。

「いやだ、イヤだ、あ、アアッ、アアアア――ッ!」

 ぞっとするような悲鳴を挙げ、ハリーは若者達をを振り払って群衆の方へと走っていく。人々は短い悲鳴を漏らしながら、彼を避けるように左右へと分かれていった。

 一拍を置いて、静まりかえった駅内にゴッ、と鈍い音が響く。

 その音を境に、狂気じみた叫声はぱたりと聞こえなくなった。

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