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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
13/86

THREE-RING CIRCUS#3 /2

 その時、近くを歩いていたインド系の女性が勢いよくヤオにぶつかった。女性の持っていたシャンパンがヤオの顔にかかり、毛先と顎先からポタポタと雫が落ちる。

「え……ああっ、ごめんなさい!」

 女性は顔を真っ青にし、ハンカチでヤオの顔を拭こうとした。

「この程度、大したことありませんよ」

「いえ、そういうわけには……大変、シャツまで濡れてしまって」

 静止に聞く耳を持たず、女性はゴシゴシとヤオの襟元をハンカチで拭いた。シャツに思いっきり顔を近づけ、目を見開いて拭き続けるものだから、ヤオは両手をあげて苦笑するほかなかった。

 その苦笑が一瞬〝暗殺者の顔〟に変わったことを、ウォルシュ知る由もない。

「もう結構ですよ。どうもありがとう」

「本当にごめんなさい。私はロビーの方にいますから、弁償が必要でしたらおっしゃって。クリーニング代でもかまいませんから」

 女性は何度も頭を下げ、会場から出ていった。

「災難でしたね」

 ウォルシュは口元に手をやり、クスクスと笑っている。

「踏んだり蹴ったりです。……ああ、すみません。ちょっと父の知り合いに挨拶をしてきます。お話しできて光栄でした、ミスター・ウォルシュ」

「こちらこそ。オークションを楽しんで……などと言ったら皮肉に聞こえてしまうかな。会場の空気に呑まれないようお気をつけて」

 片手を上げて挨拶をし、ヤオはタイミングを(うかが)って西側の観客席へと移動した。

 観客席の真ん中で葉巻を燻らせているのは臙脂(えんじ)色のスーツを着た肥満体の男だ。何度も手を挙げ、赤毛の少女を競り落とそうとしている。

「三万アトル。他にいませんか? ……では、締め切らせていただきます。こちらの商品を落札されたのは二十三番の方!」

 会場から拍手が巻き起こる。どうやら肥満体の男が少女を落札したようだ。

「失礼。僕の勘違いでなければ、貴方はミスター・テイラーでは?」

 ヤオは肥満体の男――テイラーの隣に腰掛けた。

 テイラーはぶよぶよの顔に一瞬喜色を浮かべたが、ヤオが男だと気づくとあからさまに顔をしかめた。

「なんだ、お前は。今、忙しいのが見て分からんか」

 ステージでは次の少女が前に立たされ、入札の準備が進められている。

「すみません、どうしてもお話がしたくて。僕は張海彬(チャンハイビン)と申します。お見知りおきを」

 握手を求めたが、テイラーは応じない。不愉快そうな顔でヤオを見るばかりだ。

「お噂は耳にしております。ミキャエル・フォーコネやエルマー・ミュラーといったアーティストを見出したのは、実は貴方なのだとか。昨今のヘクセンヤクト・アートブームは、貴方がいたからこそと言っていいでしょうね」

 競りに参加しようとしていたテイラーが、にわかにヤオへと興味を移す。オークショニアが入札を募っているが、テイラーは手を挙げようとはしなかった。

「それなりに勉強しているようだな」

「お恥ずかしながら、僕もアーティストの真似事をしておりまして。特にバティスト・ノレに憧れて、ヘクセンヤクト・アートを」

「ノレか。悪くない趣味だ。彼の悪魔的な画風は憎悪ではなく享楽から生まれている。そのシニカルさが絵をより残酷に見せているのだ」

 他の参加者が次々と入札していく中、テイラーは葉巻の煙を吐き、ヤオに体を向けた。今回の少女は完全に見送る気でいるのだろう。

 ロジャー・テイラーがアートコレクターであることは、つい先ほど通信機越しにシモンから教えられた。欧州で流行っているアングラアートの話や、舌を噛みそうなアーティストの名前もすべてシモンが伝えてきた情報だ。ヤオは芸術に一切の興味がないため、適当に話を合わせているだけである。

「それで、私に何の用だ。まさかパトロンになってほしいのか?」

「パトロンだなんて恐れ多い。……実は、僕は本物の魔女狩りを目にしたことがないんです。ヘクセンヤクトアートを描くのであれば、やはり一度は本物を目にしておきたくて」

「欧州の画家とパシフィカの画家の違いは正しくそこだな。リアルな経験だ。だが、お前が憧れているノレもパシフィカの画家で、魔女狩りとはあまり縁がないはずだ」

「だからこそ、です。ノレを超えるためには、本物を見る必要がある」

「ふむ……」

 話をしているうちに、四番目の少女が落札されたようだった。残るは五番目――全員が注目している黒髪の少女だ。

 会場に緊張感が走る。

 テイラーもヤオとの会話を一旦やめて、ステージに向き直った。

「それでは皆様お待ちかね。今夜の目玉商品、正真正銘の魔女でございます」

 十二、三歳くらいの少女が手と足に枷をつけられ、目隠しと猿ぐつわをされた状態でスポットライトを浴びている。背後には黒服が立っており、少女の後頭部に銃を押しつけていた。

「スタートは一万アトルから!」

 オークショニアのかけ声を皮切りに、参加者達が次々に手を挙げる。入札額はどんどん伸び、あっという間に五万アトルを超えた。

「さあ、六万アトル、六万五千、七万! 他にいらっしゃいませんか」

 テイラーはふんと鼻で笑い、潰れたパンのような手を高々と挙げる。

「八万アトル! 八万五千……九万!」

 会場がざわつく。さすがにもう手を挙げようとする者はいなかった。

「他にいらっしゃいませんか。……では、締め切らせて頂きます。落札者は二十三番の方。おめでとうございます」

 盛大な拍手に包まれ、テイラーは上機嫌で葉巻をくゆらせていた。ヤオも隣で無邪気に拍手をしてみせる。

「おめでとうございます、ミスター・テイラー」

「今回はそれなりに高くついたな。だがまあ、いい」

 テイラーは品定めをするようにヤオを見やり、スーツの胸ポケットからデバイスを取り出した。

「本物の魔女狩りを見たいというのであれば、見せてやろう。だが今日は都合が悪い。後日連絡をするから、しばらく待っていろ」

 ヤオの内ポケットに入っているデバイスが軽く震える。テイラーが電子名刺を送ってきたのだろう。

「感謝します、ミスター・テイラー。今後、貴方と良い関係を築けていけたら光栄です」

「せいぜい、私の審美眼に適う絵を描くことだ」

 今度こそ握手をし、ヤオは席を立って会場を後にした。ぶよぶよとした皮膚の感触がいつまでも残っていて、鳥肌が止まらなかった。

(あの豚からの連絡を待ってもいいが……後をつけた方が早いな)

 ずっと手に持っていたシャンパンを一気に飲み干し、ボーイが持っている盆にグラスを置く。

 オークショニアが閉会の宣言をしたのか、参加者が会場からぞろぞろと出てきた。その中には他の参加者と楽しげに話しているテイラーの姿もあった。

 テイラーがロビーを後にするタイミングで、劇場の近くに停めてあるバイクを拾いに行き、後をつける――そう考えていたヤオの元へ、テイラーは大股に近づいてきた。

「どうかなさいましたか、ミスター・テイラー」

 テイラーは随分馴れ馴れしくヤオの肩を抱き、ポンポンと背を叩く。ヤオの全身が瞬く間に(あわ)立ったことは言うまでもない。

「気が変わった。これからお前を屋敷に招待しよう」

「よろしいのですか?」

「ああ。お前に魔女狩りのなんたるかを教えてやるとも」

 がっしりと肩を掴まれたまま、ヤオはロビーの出入り口へと連れて行かれた。

 途中、ヤオがすれ違ったインド系女性へ目配せしたことに、テイラーは全く気づいていなかった。

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