THREE-RING CIRCUS#3 /1
情報通り、ジェスル島マラクン・ハリージュの一角にある劇場でオークションは行われていた。
明ノ島に住むヤオは、本来劇場の敷地内にすら入ることが許されない。だがシモンが作成してくれた偽造IDと招待状のおかげで難なく会場に潜入することが叶っていた。
さすがに普段の黒スーツでオークションに参加するわけにもいかないので、着慣れないダークグレーのスリーピースを着用し、髪は軽く整えている。アジア人である以上、多少目立つのは避けられないが、怪しまれない程度の身なりにはなっているはずだ。
会場はVIP専用エレベーターで地下二階に降り、長い廊下でIDチェックと持ち物検査を受けた先にあった。
円形劇場を取り囲んでいる豪奢なロビーでは、肥え太った男や着飾った女がシャンパングラスを片手に談笑している。バーも併設されており、テレビで見たことのある顔同士が顔を近づけてヒソヒソと話をしていた。
(アジア系もそこそこいるな。おかげで怪しまれずに済む)
ボーイが勧めてきたシャンパンを一つ手に取り、グラスに軽く口を付けながらロビーを見渡す。
ザッと数えただけでも百人。会場の中にいる人間も含めれば百五十人ほどはいるだろう。警備も厳重で、南北にあるロビーの出入り口、および会場への出入り口には黒服が二人ずつ配備されている。
今回は身体検査があることが予想されたため、武器は一切持ってきていない。つまり、問題が発生した場合は黒服連中と素手でやり合う必要があるわけだ。
「――あの噂は本当でしたか? 魔女のアレの話」
ふと、近くにいる男二人の会話が聞こえてきた。ヤオは自然な動きで壁際に寄り、会話に耳を澄ませる。
「いやあ、思ってたほどじゃありませんでしたよ。そもそも買ったのは十五歳でしたから、もともと締まりはよかった」
「羨ましい限りですよ。私も今日こそは魔女を落札しようと思っていましてね」
「だとすれば、かなり積まないと難しいでしょうな。今日は彼が参加していますから」
「まさか……ミスター・テイラー?」
(テイラー……常連か?)
男二人はそれから株の話に移ってしまったため、テイラーが誰なのかを知ることはできなかった。
壁際でデバイスをいくらかいじる振りをして、劇場の方へと向かう。黒服に一旦静止をされたが、ID照合を済ませたらすぐに道を開けてくれた。
「張海彬様ですね。お楽しみください」
「どうも」
オークション会場はすり鉢型の円形劇場となっており、ステージを取り囲むように座席が並んでいる。中央上部にはステージの様子を映すモニタもあったが、参加者の多くはステージ近くの席で実物を楽しんでいるようだった。
席に着く気にもなれなかったので、外周からステージの様子を伺う。
オークションと聞いていたが競りは行われていない。ステージではピエロが参加者に恭しく礼をし、回転するルーレットに向かってナイフを投げていた。
だが、よく見るとルーレットには十歳ほどの少女が大の字で括り付けられており、太ももや肩、手のひらにナイフが突き刺さっている。痛々しい悲鳴がスピーカーから会場に響き渡り、それが一層参加者を沸かしていた。
「お次は……皆さまお待ちかねのウツボ責め!」
わあっと歓声が上がる。
ルーレットと交代でステージに上げられたのは、ウツボが何匹も泳いでいる水槽と怯えた少女だ。
少女は大柄の男二人に持ち上げられ、爪先から少しずつ水槽の中に入れられていく。ウツボたちは競い合うように少女の指に食らいつき、水槽の水はみるみる赤くなっていった。
「どうした、魔法を使え!」
「食べられてしまうわよ!」
スピーカーから響き渡る呻き声と水音。そして参加者達の野次と笑い声。――狂気だ。
「お気持ちは分かります。……正直、見ていて気分のいいものではない」
「……ッ」
突然傍らから話しかけられ、ヤオは珍しく動揺した。見せ物の悪趣味さに気分を悪くしていたとはいえ、ここまで接近されて気づかないとは。
いつの間にか隣にいたのは西洋人の男だった。
長い金髪を後ろで束ね、洒落た紫のスリーピースを着こなすその姿は、そこいらの金持ちと違ってイギリスの上流階級めいた雰囲気がある。グラスチェーンのついたラウンド型眼鏡や、白手袋、アルバートチェーンといった小物のせいか、名家に仕える執事のようにも見えた。
すっと通った鼻筋と垂れ気味の目はいかにも西洋人的で、深い青色の瞳と相まって、まるで宗教画に描かれる天使のようだ。だが、このような場所にいる以上、少なくとも天使ではないのだろう。神が魔女狩りを推奨しているのであれば、その限りではないかもしれないが。
「……オークションと聞いて参加したのですが、まさかこんな見せ物だとは思いませんでした」
ヤオの返答に、男は理解を示すようにうなずく。
「私も初めて参加した時は驚きました。仕事の関係で仕方なく参加してはいますが……ここに来るたび、取引を一考したいという気持ちになる」
「貴方のような方がいてくれて少し救われた気持ちです。僕の方がおかしいのかと思っていたので。ええと、ミスター……」
「ウォルシュです。エリック・ウォルシュ。よろしく」
握手を求められ、ヤオは自然な笑顔を浮かべてそれに応じた。
「張です」
「ミスター・張。見た限り随分とお若いようですが、一人でここに?」
「父と一緒に来る予定でした。でも父が急遽来られなくなったので、仕方なく一人で……」
明ノ島やジェスルには華僑も少なからず住んでおり、裏社会と繋がりを持っている者も少なくない。金持ちの息子という設定は、ヤオの年齢を考慮すると妥当なものだろう。
「それはさぞ心細かったでしょうね。このような場所に息子を一人で行かせるとは、なかなか豪胆なお父上だ」
「ええ、本当に」
その時、会場から一際大きな歓声が上がった。
ステージではピエロやハンマーを持った大男が倒れており、黒髪の少女がうずくまって荒く呼吸をしている。ハンマーが頭に直撃したのか、大男はわかりやすく痙攣していた。
「おや、今夜は魔女が出たようだ」
ウォルシュの目にほんの少しだけ冷たさが滲んだのを、ヤオは見逃さなかった。
「魔女……?」
「ここで見せ物にされている少女達はみな、魔法使いの末裔なのだとか。けれど年若いため魔法はまだ発露していない。そこで、ああやって恐怖や苦痛を与え、無理やりに魔法を発露させているというわけです」
確かに、魔法使いは命の危険に晒された時、身を守るため魔法を発露すると噂には聞いたことがある。だが、あくまで噂でしかなく、そもそもヤオは魔法使いの存在自体に懐疑的だった。
瞬間移動をしたり、触れずに物を操ったりするなど、本当にあり得るのだろうか。何かカラクリがあって、それを迫害の理由にしているだけなのでは。
「魔法を発露した少女は、どうなるんですか?」
「高値がつきます。買われたあとにどうなるかは……ご想像にお任せしますよ」
おおよその想像はつく。汚い金持ちが子どもを買ってすることなど、一つしかない。
ステージではピエロや大男が雑に運び出されていき、代わりにオークショニアらしき男と少女たちが舞台上に上げられていた。これから競りが始まるのだろう。
魔女が出たと聞きつけ、ロビーからも次々と人が流れ込んでくる。全員のお目当てはもちろん魔女として覚醒した黒髪の少女だ。
「悍ましい」
ウォルシュはぼそりと呟き、手にしていたシャンパングラスに口をつけた。
「何度見ても理解に苦しみます。魔法使いに値札をつけて、あまつさえそれを高値で買おうとする輩がいるなど」
海色の瞳に嫌悪感を滲ませ、ウォルシュはステージを睨んでいる。少女たちの運命を嘆いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「魔法使いに価値などない。むしろ害しかありません。連中は生まれてきたことが罪であり、その罪は火でもって贖わなければならない。……そうは思いませんか」
ぞっとする目つきだ。
天使のようだと思った海色の瞳が、今ばかりは悪魔の眼のように見える。
「すみません。魔法使いのことは、あまり……」
ウォルシュは押し黙っていたが、しばらくしてパッと朗らかな表情に戻った。
「申し訳ない、感情的になりすぎました。欧州にルーツを持つものですから、魔法使いはどうしても好きになれず……」
「気になさらないでください。欧州が色々と大変なのは存じていま――」




