THREE-RING CIRCUS#2
「女の子なんて見てないよ。他を当たりな」
廃品屋の女店主にすげなく言い捨てられ、エディはとぼとぼと店をあとにした。
明ノ島、西油地区。
集合住宅四棟で構成されているスラム街で、治安はお世辞にも良いとはいえない。それは住民達のNPCIに向ける目つきからも明らかだ。
集合住宅内には小さな店が点在しており、特に廃品屋や違法チップの店が多い。この辺りは中国マフィア黒山幇の縄張りでもあるため、警察は特に歓迎されていなかった。
(これだから嫌なんだよな、明ノ島は……)
よく分からない液体で濡れた外廊下を足早に突き進み、次の店へと向かう。隣の二号棟から数多の視線を向けられているのが分かったが、気にしている暇はない。
噂になっている西洋人の少女を探し始めてから二日が経過した。
明ノ島を中心に聞き込みを行っているが、得られるのは目撃情報だけで、本人の姿は一向に見つからない。SNSを見るにスラムでの目撃情報が多いようだが、スラムの住人達はNPCIに非協力的なので、嘘の情報を掴まされることも少なくなかった。
今日、中国マフィアと接触する危険を冒してでも再度西油地区を訪れたのは、黒山幇が少女の捜索に乗り出したとの噂を耳にしたからだ。懸賞金目当てというよりも、NPCIやフリーランサー達がこれ以上縄張りを彷徨かないようにするための措置だろう。
他の連中の手に渡る前に、少女を見つけ出して話を聞かなければ。
「警察想要什么?」
「……ッ!」
咄嗟に腰の銃へ手を掛け、声のした方を振り向いた。
そこにいたのは黒山幇の構成員――ではなく、パトリック・ハリスだった。
「驚かさないでくれ、パット」
銃から手を離し、大きくため息をつく。
「悪い悪い。随分とまあピリピリした顔をしてたもんだからつい、な」
「ピリピリもするよ。それで、何か手がかりはあったか?」
「一号棟の方で目撃情報があった。ついさっき見かけたと言っていたから、まだ遠くへは行っていないはずだ。ホシが瞬間移動を使わなければ、だが」
「行こう」
「あいよ」
エディとパットは二号棟へ繋がる渡り廊下を通り抜け、建物の真ん中にある中廊下へと向かった。外廊下同士は比較的容易に行き来することができるが、建物の反対側へ出るには外廊下をぐるりと半周するか、四階の真ん中にある中廊下を通り抜けなければならない。
「それにしても、よく情報を得られたな、パット。俺なんて話をするのも一苦労だったのに」
「なに、ちょっとした裏技を使ったのさ」
「裏技?」
「お薬を欲しがってる若者にお小遣いをあげるんだよ。そうすればすぐに仲良くなれる」
エディは分かりやすく眉をひそめた。
「それは……いいのか?」
「だから裏技って言っただろ」
「オーケー、聞かなかったことにするよ」
ようやくたどり着いた中廊下を抜け、二号棟の外廊下に出る。
一号棟との間にはいくつもの渡り廊下が伸びており、そのほとんどで洗濯物がはためいていた。建物と建物の間にはバラックがひしめき合っていて、トタン屋根が三階廊下の高さまで迫ってきている。
「さて、綺麗なおべべのお嬢さんはどちらかねっと」
柵に手を掛け、パットが一号棟の方を見回す。エディも隣で下層の方へと視線をやった。
(本当にこんな所にいるのか……?)
人も、入り組んだ配管も、ゴミも、看板も、何もかもがモザイクのように入り乱れている。この中から目的の人物を見つけ出すのは容易ではない。――はずなのだが。
「……いた」
「えっ?」
風が動くような、妙な感覚があった。
直後、誰もいなかった場所に少女が現れた。いや、降ってきたという方が正しいかもしれない。少女はべしゃりとへたり込むも、すぐさま立ち上がって不安げに辺りを見回していた。
「おい、エディ!」
考えるより先に、体が動いていた。
エディは柵を跳び越えてバラックの屋根に着地し、僅かな隙間から一号棟の二階へと滑り込む。
背を丸めて廊下を歩いていたのは仕立ての良いワンピースを着た西洋人の少女だ。栗色の髪はボサボサになっており、顔も汚れている。そして目撃情報通り、靴を履いていなかった。
「……!」
少女は顔色を変え、踵を返して走り去っていく。
だがその細腕を捕まれ、呆気なくエディに捕らえられた。
「暴れるな。抵抗するようなら、執行法に基づき君を拘束する」
「Loslassen!」
英語が通じていないのか、少女は腕をぶんぶんと振り回してどうにか逃れようとした。
(ドイツ語か? ……くそっ、仕方がない)
少女の両腕を後ろで捻り上げ、壁に叩きつけるかたちで拘束する。苦しげに呻く少女に心が痛んだが、哀れという理由で容疑者を解放するほどエディは腑抜けてはいない。
「見せもんじゃねぇぞ、散れ散れ」
野次馬に来た住民達をかき分けながらパットが姿を現す。
「パット、悪いけど翻訳アプリを起動してくれるか。この子、英語が通じない」
「マジかよ。いよいよもって魔女の可能性が高くなってきたな」
パットはハンドヘルドデバイスを操作し、画面を少女に見せた。何も表示されていない画面を見せられ、少女は困惑している様子だ。
「俺たちは警察だ。大人しくすれば危害は加えない」
エディが発言した一秒後に、ドイツ語の翻訳が画面に表示される。
二人の正体が意外だったのか、少女は目を丸くして画面とパットを見比べていた。
「君は何者だ。どこから来た?」
「…………」
少しのためらいを見せてから、少女はドイツ語で返答した。画面にその翻訳が表示される。
<リタ。シュネーシュメルツェ孤児院から来ました>
「その孤児院はドイツにあるのか?」
<オーストリア>
エディとパットは互いに顔を見合わせる。
オーストリアの孤児院で暮らしていた少女が、一体何故パシフィカにいるのか。
「誰かに連れてこられたのか?」
<そう。知らない男達。友人らは全員。シスターは殺されました>
「……君は、逃げ出した?」
リタは答えなかった。代わりに、憎悪をかみ殺すかのように唇を強く噛んでいる。
(多分、人身売買の被害者だな……可哀想に)
現在、クラウン・ファミリアという犯罪組織が欧州各地で活動しており、人身売買や武器の密輸、薬物売買などを行っている。特に魔女の売買は一大ビジネスとなっているらしく、孤児院や魔法使いコミュニティーへの襲撃が頻発しているらしい。
(ファミリアに拉致されたのであれば、魔法使いの可能性が高くなる。だからといって、バーンズ殺しの犯人と決まったわけじゃないけど……)
エディは拘束の手を少し緩め、再度質問をした。
「君の身に何があったか教えて欲しい。もしかしたら、力になれるかもしれない」
警戒の目をエディとパットに向けながら、リタは静かに口を開く。
<サーカス>
「……サーカス?」
<拷問、レイプ、苦痛。一緒にいた子は死んでしまいました>
翻訳アプリのせいで無機質な文章になってしまっているが、リタが言わんとしていることは痛々しいほど伝わってきた。
<アンディが危ないです。助けないと>
「……アンディっていうのは、友達か」
<はい>
大きくため息をつき、エディはリタを離した。この哀れな少女に、これ以上苦痛を与える気には到底なれなかった。
「これ、着てくれ。そんな格好じゃ寒いだろ」
ジャケットを脱ぎ、リタの肩にかける。
「リタ。君は犯罪の被害者だ。俺たち警察は君を安全な場所で保護することができる」
リタはジャケットを前に寄せ、小さくうなずいた。
「よし。じゃあ、ひとまず警察署に行こう。大丈夫だ、俺たちが側にいる」
<待ってください>
リタを連れて場を離れようとしたエディとパットだったが、リタはその場に踏みとどまった。
<アンディを見つけていません。貴方たちの所には行けない>
「アンディも俺たちが見つけてみせる。そのためには、君から詳しい話を聞かないとならない」
<バーンズのことですか?>
画面に表示された短い文章に、エディとパットの顔色が変わった。
「……バーンズを知っているのか?」
<最低の男。最低、最低。笑いながら酷いことをしました。痛いことをした。魔女は豚以下だと言って。プールに何度も沈められて、苦しくて、痛くて、だから>
パットがゆっくりと腰の銃に手を運ぶ。リタがバーンズ殺しの犯人だと確信したのだろう。
「パット、よせ!」
咄嗟に静止をしたが遅かった。
リタはパットが銃に手をやったことに気づき、逃げるように後退していった。
<私はまだ捕まるわけにはいきません。アンディを助けるまでは>
突然、突風が吹いた。
「うおっ!」
パットは数メートルほど吹き飛ばされ、外廊下の柵に衝突した。
「クソッ……!」
腰から銃を抜き、構える。
パットと一緒にデバイスも吹っ飛んでいったため、もう会話をすることはできない。
「動くな、両手を頭の後ろで組め! 抵抗するなら撃つ!」
リタはエディのジャケットをぎゅっと手で掴むと、悲しげに眉をひそめ、そして――消えた。
「な……」
何度目を瞬いても、リタの姿はない。
彼女は一瞬でこの場から姿を消した。
「まさか、本当に……」
魔法。その言葉は口に出来なかった。口にしてしまえば、自分の中の何かが崩れてしまうような気がしたからだ。
「いっててて……車に轢かれたかと思ったぜ」
パットが頭を押さえながらふらふらと戻ってくる。目立った外傷はなさそうだ。
「大丈夫か、パット」
「とりあえずはな。嬢ちゃんが生活習慣病を誘発する魔法を使ったんだとすれば、無事じゃないかもしれねぇ」
「それは俺には分からないよ。病院に行ってくれ」
「んだよ、つれない相棒だな」
パットは野次馬達を睨みながら、廊下に落ちたハンドヘルドデバイスを回収した。西油地区では、デバイスを床に三秒置いておいたら盗まれると言われている。
「にしても、思ってたより厄介な事件だな、こりゃ。ファミリアが関与してるなら組織犯罪課の仕事だぜ」
「ボスから捜査打ち切りの命令が来るまでは仕事をするさ。まずはリタの行方だ。……それから、サーカスについて」
「魔法使いを無理矢理見世物にしてるクソサーカスか。パシフィカの金持ちがいかにも好みそうな趣向だ」
「急ごう。犠牲者がこれ以上増える前に」
エディは銃をベルトのホルスターしまい、襟を正そうとして、制服のジャケットがないことに気づいた。リタに持って行かれてしまったのだ。
あの、憎悪と執念にまみれた獣のような目。
アンディという友人を探すためなら、リタは何でもするだろう。
(リタ、頼むから無茶なことはしないでくれ)
エディとパットは野次馬達をかき分けながら場を後にした。住人達は小声で「魔法、魔法」と囁き合っていたが、エディは見向きもしなかった。




