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43話 決闘

 

「シナイ……俺と決闘しろ」


 ……は?

 何を言ってるんだ、この人は……。


 俺が決闘をする?

 師匠と?


 戦う理由も目的も意味も、何もかもが見当たらない。


「何を言ってるんだ、父さん。なんでシナイさんと決闘なんて……」

「ライカは黙ってろ。これは俺とシナイの問題だ」


 娘のライカからの声かけすら師匠は拒む。


「……本気ですか?」

「俺が冗談を言うようにみえるか?」


「まぁ、わりと」


 師匠の人柄はよく知っている。

 冗談や嘘もつくし、基本的には適当な人だ。


「……この反応は俺の今までの生活態度のせいだな。それなら質問を変えるか。……俺が剣で冗談を言うように見えるか?」


「……それは、見えませんね」


 そうだ。

 酒飲み、ギャンブル狂、その上女好き。


 そんなダメ人間代表みたいな師匠だけど、唯一、剣にだけは嘘をつくような人じゃないのは良く知っている。

 そして、知っているからこそ、今回の決闘の申し込みの真意が分からない。


「俺の寿命はもう長くない。だから、最後に自分の弟子の手で引導をもらおうと思ったんだ。それに山ごもりから帰ってきた弟子の実力も自分の目で確認したいしな」


「だからって、こんないきなり……」


「いきなりじゃない。シナイと二十年ぶりに再会した時から考えていた。俺がここまで生きたのは最後にお前と剣を交えるためだってな」


「そんな……」


「いい加減にしてよ、父さん! 今の父さんがシナイさんの相手になるわけないでしょ!!」



 ライカの言う通りだ。

 片腕で全身に病気が蝕んでいて、余命もわずか。


 いくら元は凄腕の剣士だった師匠でも、俺を相手に……まして真剣勝負の決闘で無事に済むはずがない。

 それは師匠も分かっているはずだ。


 それでも師匠が俺に決闘を申し込む本当の理由は……



「ライカは黙ってろ!」

「っ!?」


「まあ、色々とゴチャゴチャ言ったが……俺の本当の思惑も、お前なら分かるだろ、シナイ?」


「何となくですけどね」


「思惑?」


 なんて事はない。

 ソレは剣士としてのただの本能だから。


「俺より強いやつと剣を合わせたい……ただ、それだけだ!!」


 そうだと思ったよ。

 俺も師匠と同じ剣バカだから考えることは同じだ。


 今際の直前に自分より強いやつ……しかもそいつは剣の極地に届いたまで吹く。

 そんな奴がいたら、俺だって剣を交えてみたい。


 これは抗えない、闘争本能みたいなもんだ。


 師匠の気持ちが、決意が、覚悟が痛いほどよく分かる。


 だから……しょうがないな……。


「……俺は決闘を申し込んできた相手に手は抜きませんよ?」

「当たり前だ。手を抜いたら、すぐにぶった斬るぞ」


「一度始まったら、待ったは無しですからね」

「はは、俺は止まらないからお前も止まるんじゃねぇぞ!」


「死んでも恨まないでくださいよ」

「命懸けって言っただろ? 自分の命を懸ける覚悟くらいあるさ」


「……分かりました。よく分かりましたよ。俺が修行の果てに届いた剣の極地、存分に師匠にぶつけてやりますよ」

「ああ、それでいい」


「ちょっ、ちょっと待ってください! 父さんもシナイさんもなんで決闘を始める気になってるんですか? シナイさんの実力が気になるなら別に真剣なんて使わないで木剣にすればいいでしょ!?」


 覚悟を決め、いよいよ斬り合おうとした俺たちをライカが間に入って止める。

 まあ、ライカの立場からしたら止めるよな。


 自分の師匠と実の父の命懸けの決闘。

 ましてや、自分の父はいつでも死んでもおかしくない重症人だ。


 ……でも、もう止まれないんだよ。

 だって、俺たちは死ぬまで剣士なんだから。


「どけ、ライカ。これは俺とシナイ、二人の問題だ」


「だからって傍観出来るわけないでしょ! 父さんも死にかけで頭ボケたの? 今の父さんがシナイさんの相手になる訳ないでしょ!? 一撃で斬られておしまいよ!!」


 自分の父親に対して中々厳しいことを言うな……。

 だけど、ライカなりに俺と師匠の戦力差を分析した結果なんだろう。


 そして、それは俺も同じ見解だ。

 多分俺と師匠の戦力差を数値化したら、数倍……いや、数十倍の開きがあるだろう。


 片方は剣の修行を二十年経て、心身共に最高期。

 方や、片腕をなくした今際の剣士。


 普通に考えたら俺の圧勝だろう。


 だけど、相手はあの師匠だ。

 俺に一矢報いる……どころか、勝利する算段があるかもしれない。

 だからこそ、今回俺に決闘を挑んだんだろう。


 師匠の性格はよく知っている。

 だからこそ、油断も慢心もなく剣を振るおう。


「……そこまで言わなくてもよくないか? それに勝敗の決まった戦いなんてないんだぞ……なぁ、シナイ?」

「ええ、その通りですね」


 ライカの事を無視するように、俺と師匠は剣を構える。



「っ……シナイさんまで! 一緒に父を止めてくださいよ!!」


「ごめん、俺には師匠の気持ちがよく分かるから止められない。それに、俺も師匠の立場だったら、多分同じ事をする」


「こっ、の……剣バカ達がっ!!」


 ……否定する言葉が見つからない。

 俺たちはどこまでいっても剣に全てを捧げた馬鹿野郎だからな。


「はっ! 俺たちにとってはそれは褒め言葉だ!! なぁ、シナイ?」


「ふっ……そうですね。じゃあ、そろそろやりますか」


 俺も師匠も、言葉を交わすより、剣を交わした方が相手のことをより理解できるしな。


 師匠が剣を俺に向け構えだす。

 それに応えるように、俺も剣を抜き、師匠に向ける。


「いくぞ、バカ弟子!!」

「こいよ、ダメ師匠!!」


 こうして俺は二十年ぶりに師匠と剣を合わせることになった。

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