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何か書きたい。  作者: 冬の老人
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完結の考えた方の挟撃その2 前置き

その1で「小説家の在り方はこうであるべき」というようなエッセイに対して自分が感じた事、そして「そこまでいうなら」と少し試したいという思いで感想をして、その反応に対してアレコレと語らせてもらった。


本当なら「アドバイスについて」 のあと、すぐにでも「現状の小説家になろうについて考えた事」を書こうとしたが直ぐにその「高すぎる理想」に対してのカウンターとも言えるエッセイがランキングに入っていたためそれを見て、そして感想を書いたわけだ。


「完結すべきである」「オチをつけるべきである」というものに対して「小説家になろうはもっと自由に投稿できる場所で有るべきだ」というような物を語ったエッセイだ。

基本的に自分もその立場であるのだが、それじゃあ何をこのエッセイで語るのか。

言い換えればランキングに入るような評価されているエッセイに対してこの冬の老人という奴は何を難癖つけたのか。


自分が感想で書いたのは「完結すべきとか求める相手がそれだけで済むわけがない」という事。

そして「その先の危険性を書いてほしかった」という事になる。


なろうの利用者、ネットに触れている者なら今なら何かしらのSNSをやっている者が多いと思う。

自分も度々SNSのトレンドをテーマに語ったりする。

そのうち、自分がよく持ち出すのは「ツイフェミ」「弱者男性」。

リアルの話になると「LGBTQ」や「地方、田舎」の事も話に持ち出す。


さてこのいずれも「弱者」「被害者」として話題にされる時もあるが更に一段強く問題となる時は「加害者」として取り上げられる時だ。

基本的には弱者として「差別しないで欲しい」という訴えがある。

しかし我慢すれば悲しみを生み、悲しみが限界を越えれば怒りとなる。

「差別しないで欲しい」から怒りによって「私たちはこれだけ我慢したんだから特別扱いしろ」になる。


ツイフェミは名前に「ツイ」と冠するようにツイッターで暴論を掲げる自称フェミニストだが年々その行動は目に余る。


弱者男性も基本的にはツイフェミや自称強者の類の人間に馬鹿にされたり、差別されたりと話題の中のワードとして取り上げられるが去年の安倍氏の襲撃事件など凶悪事件の首謀者となり全国レベルの話題にあげられる。


LGBTQなどは今や当事者の手を離れて一人歩きしている状態と言っていい。いや政治利用されている節があるから一人歩きではないか。


地方、特に田舎なんて昔から「郷に入っては郷に従え」のパターンだし、最近では「ふるさと納税」の理念の形骸化による自治体としてはどこも得しない制度に成り下がりつつある。


コレらの件の共通点は「最初の希望はまとも」だった。

しかし自由や力を得ると言うことは責任もつきまとう。

また世界が広がると言うことは比較対象もそれだけ増える。

時が経ち、代替わりなどをして感じられる恩恵が薄まり、受け継がれた責任だけが残る感覚。

その空虚感を拭い去るために努力したりするわけだがつまりそれは怒りからくる努力となりそれは「情熱」とは言えない。現実逃避も兼ねた「没頭」である。

定期的にストレスを吐き出す必要があり、それをぶつけるための趣味でもあるが趣味がない奴は弱者にぶつける。

あるいは弱者に石を投げるような行為を趣味にしているような者もいる。


そうした「弱者」の中でもさらに弱い者に矛先が向いて最下層の者が我慢を重ね、限界を突破すると壊れる。

溢れた破壊衝動を他人、あるいは自分に向ける。

それを見た矛先を向けていた者達は更に抑えつけようとする。

なんせ壊れた弱者と大した差がない弱者だから。

「金持ち喧嘩せず」とか「争いは同じレベルの相手にしか発生しない」と言うように本当の強者は弱者を理不尽に責めることはしない。

弱者同士で争ってそこで勝ったから強者のつもりなだけ。

まぁ以前から自分が語っている人間とは「賢者、勝者、敗者」の3種類、3分割される、の話ではある


さてこの段階では3分割で均等なのだがやがて「2・5・2」の比率へ変わる事も以前から語っている。

それぞれの3種類の人間の中でさらに3分割される。

賢者の中で上中下、勝者の中で上中下、敗者の中で上中下。

「賢者グループの中で下に甘んじているより勝者でトップにいる方がいい」

「後もう少しで敗者から這い上がれる、絶対に食らいついてやる」

こうして「3・3・3」から「2・5・2」となる。

多数派となった勝者グループはそれだけ比較対象が増える。

同じグループにいながら「勝者の面をした賢者」と「勝者であろうとする敗者」

多数派の上と下が拡張される、と言うことはつまり「普通」の定義の拡大、「格差」の拡張だ。


差別を訴えるときは自分たちの「下限」を基準に訴える。

要望を訴えるときは自分たちの「上限」を基準に訴える。





ぶつ切り

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