表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何か書きたい。  作者: 冬の老人
157/352

価値その1

先日、ツイッターで筋トレ界隈がbig3、ベンチプレス、デッドリフト 、スクワットという基礎的なフリーウェイトの種目について何やら話題になっていた。

ハッキリ言えば「好きにやらせてくれ」で終わる話ではあるが自分も含めてそうはいかない。拘りがあるからだ。


最新鋭のトレーニング器具、トレーニング理論に拘りを持つ者はハッキリといえば「原始的」で「古臭い」、また危険性も少なからずある「フリーウェイト」に対しては最低限の知識や経験は必要と認めつつも一定以上になれば最新トレーニング方を正しい道にしたい。

一方でやはりトレーニングについては単に筋肉を大きくするだけが目的ではなく、身体の使い方を学んだり、あるいはパワーリフティングや他のスポーツへの適応を考えた場合はやはりフリーウェイト、その最たるものであるbig3は重要だとする者。

さらに別な派閥としてはそもそも筋トレなどはあくまでトレーニングであり、スポーツなどに運用出来なければ意味がない。big3というよりフリーウェイト、そしてマシントレーニング全般、つまり筋トレそのものを何らかのスポーツと比較して「低レベル」な物、「簡単」な物、口が悪い者は「運動神経のない陰キャが正当化したい運動紛いの物」という物もいる。


結局、何処で火がついて話題になったのかよく分からないままトレンド入りしており気づいたらトレンドから消えていた。

「とりあえず3分割」という事で自分がbig3というワードで確認出来た3つの派閥の主張なわけだが勿論他の主張があっただろうし、そもそもこの3つの主張がただbig3というワードに引っかかっただけで別の話題をそれぞれ語っていた場合もある。

とはいえ今回自分は「同じ話題」をそれぞれの派閥でそれぞれ主張していたと仮定して話を進めたい。


「好きにさせてくれ」というのは自分の主張であるが、先述の3つの主張いずれも正解である。

自分みたいな趣味でやってる人間がツイッターで筋トレ界隈のインフルエンサー、コンテストや競技、あるいはトレーナーなどの次元で言い争ってる連中の間に入り込んで語る事でもない。

big3のこの手の話題は以前のエッセイで話題にした「デートは男が奢るべき」と同じでネットでその界隈にいれば「何度目だ」という話なのである。


その上で彼等の問題は「語り方」である。

ネットでは「断言」すれば同調、反論、様々な反応で話題が大きくなる。

炎上商法みたいな事であるがそれ故に人を傷つける。

主張の違いで「争った」結果、時間や労力を使ってしまった、というのであればそれはその人達だけの問題なので別に好きにすれば良い。

だが明らかに主張を「誇張」するためだけに使われた言葉がある。

それはその人達だけでは済まされない。


最新鋭の安全制が高く、トレーニング理論を推す主張。

それは確かなのだがだからといって「フリーウェイト」を古臭いだとか非効率だとか、さらには理論について理解出来ないという者を「情弱」などとしてみるのは言い過ぎである。

一方、フリーウェイト派も身体の使い方だのを重視する主張は良いのだがだからといってマシントレーニングを軟弱だのと言ってみたりしたら同じ事。

そして今回の主張で一番「言い過ぎ」だと感じたのは筋トレそのものが他のスポーツに劣る、というような言い回しをした主張だ。

確かにトレーニングはあくまでトレーニングであるし、確かに「運動神経」や「体格」などに恵まれずに子供の時にスポーツで落ちこぼれとされたような人間が筋トレにハマって身体の成長とともに気が大きくなっている事もあるかもしれない。

だからといってそうしたその人達自身にはどうしようもなかった過去を掘り返すような言葉で徴発するのはダメ。


確かにそれは事実だ。事実自分も子供の頃は落ちこぼれといえる体格だし運動神経だった。

運動神経や体格が良ければ筋トレより、スポーツと考えたかもしれないから「トレーニングはあくまでトレーニング。」そうした考え自体は自分は良いと思う。

そこに留まっていれば価値観の話だから。

だが未熟な子供にとってどうしようもない体格や運動神経そのものを馬鹿にするのは例えそれが主張に突っかかってきた面倒な相手を「手間をかけず」撃退するのは楽な手法かもしれない。

けどそのおかげで第三者からは

「プロのトレーナーや筋トレ上級者はやっぱり筋トレ初心者をそうした目で見ているんだ」と思う。

もしもコレがツイッターなどではなく、筋トレ界隈上級者だけの外部の目に晒されないところでの話なら別だが場所を考えれば色んな人の目に触れる事は理解できる。

そしてそうした「言い過ぎ」な主張をしておいて

「そうした人達が運動能力や体型を改善したい、と思ってくれるから自分達も仕事になるわけだし」

とフォロー入れたところで遅い。

「身体のコンプレックス抱えた金づる」としか見ていない、と言っているような物、そんなふうに捉えられないこともない。

自分の主張を通せれば、あるいは相手のコンプレックスを刺激して楽に黙らせられたら、というのはサイコパス的発想だ。

身体の特徴をイジって馬鹿にする以上、差別的とも捉えかねない。

そしてそうした一部の人間のために筋トレ界隈全てがそうだとレッテルを貼られかねない。


流石に昭和のような情報媒体が限られた時代のように「一部の人間がそう主張しているからあの界隈全てがそうだ」とするレッテル貼りをする人間は大分少ないと思う。

しかし、今なお「ジムにいく事」や「筋トレする事」について行ってみたい、と思う反面「勇気」を出す必要があると言う初心者もいる。

その多くがそうした「架空のサイコパス筋トレ上級者」からの被害を恐れる故だ。


コロナ禍の影響という素直には喜べない影響ではあるがおかげで日本のトレーニング界隈は人口が増えたし、それを通じてボディビルやパワーリフティングの競技への参加人口が増えて、今では大会スタッフの不足などが出ていたりするらしい。

それだけ日本における「価値」が上がった。

それを筋トレ界隈の人間、それも筋トレで飯を食っている人間が同業者より更に稼ぎたい、注目されたい、として自分、あるいは自分の所属するカテゴリさえ良ければと「言い過ぎ」な主張をするのは回り回って筋トレを趣味でしている自分のような「一般のトレーニー」も困るようになるかもしれない。

少なくとも彼等のヒートアップした強い言葉の数々が「悪い影響」を周囲に振りまく事は想定できるが「良い影響」は何も思い浮かばない。


長々と筋トレ界隈で話題になっていた話をしたが結局これも80点関連に繋がる。

60点から80点までの20点に何をおいて次世代の「スタンダード」にするか。

新しいトレーニングマシン主導の筋トレ界隈にしようとするか。

古風でもあくまで基礎はフリーウェイトか。

いや、そもそも筋トレ人口より他の競技に目を向ける方向に向かうべきか。

去年か一昨年か、ボディビルダーがプロ野球のトレーニングトレーナーとして特別コーチみたいな肩書で呼ばれたという話もあったという。

どれも次のスタンダードの可能性としては有りではある。

それはそれとして。

もう少し「価値観」の多様性、力を持つ人は考えてその強い言葉を口にしてくれないか?


タイトルに対して落とし所あってんのか、コレ?と思わんでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ