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後日談 弓矢の男

 後日談 弓矢の男


 無人島事件から半年後。


 冬の夜。


 東京湾近くの倉庫街に銃声が響いていた。


「撃て!」


「逃がすな!」


 男達が怒鳴る。


 全員武装している。


 拳銃。


 短機関銃。


 ナイフ。


 裏社会の住人達だった。


 最近勢力を急激に伸ばしている新興麻薬組織。


 その理由は一つ。


 ブースト。


 かつて無人島で開発されていた軍用薬物。


 その再現に成功したからだった。


「社長!」


 部下が叫ぶ。


「研究データは運び出しました!」


 スーツ姿の男が笑う。


 麻薬組織のボス。


 黒崎剛。


 元々はただの売人だった。


 だがブーストのレシピを闇市場で入手してから変わった。


 人間を怪物へ変える薬。


 裏社会が欲しがらないはずがない。


「これで俺達の時代だ」


 男が笑った瞬間だった。


 シュッ。


 風を切る音。


 次の瞬間。


 護衛の拳銃が弾き飛ばされた。


「なんだ!?」


 騒然となる。


 銃弾ではない。


 矢だった。


 黒い矢。


 長い矢羽。


 そして倉庫の屋根の上。


 黒いフードを被った人影が立っていた。


 覆面。


 黒いコート。


 そして長弓。


「弓矢の男だ!」


 誰かが叫ぶ。


 その名を聞いた瞬間、裏社会の人間達の顔色が変わった。


 最近噂になっている都市伝説。


 犯罪者だけを狩る謎の男。


 警察より先に現れる影。


 通称、弓矢の男。


「殺せ!」


 男達が発砲する。


 銃弾が雨のように降る。


 だがもう遅い。


 人影は消えていた。


 玲司は倉庫の影へ着地した。


 音がしない。


 気配もない。


 息すら消している。


 暗殺者として訓練された成果だった。


 彼は矢を番える。


 一射。


 照明が割れる。


 闇が落ちる。


 二射。


 見張りが倒れる。


 三射。


 監視カメラが沈黙する。


 パニックが広がる。


「どこだ!」


「見えねぇ!」


「くそっ!」


 敵は銃を持っている。


 だが玲司には関係なかった。


 本当の狩人は姿を見せない。


 見付からない。


 闇に紛れる。


 それがリーから教わった戦い方だった。


 玲司はコンテナの上を走る。


 矢を放つ。


 肩。


 手首。


 膝。


 次々と男達を戦闘不能にする。


 撃ち合わない。


 接近戦にもならない。


 見えない場所から一方的に戦う。


 それが弓の強みだった。


「化け物かよ……」


 男の一人が震える。


 玲司は答えない。


 影から影へ移動する。


 やがて広い倉庫の中央に黒崎だけが残った。


 彼は震えていた。


 周囲には倒れた部下達。


 立っている者は誰もいない。


「誰だ……」


 黒崎が掠れた声で言う。


「何者だお前は」


 玲司はゆっくり前へ出た。


 フードの影から見えるのは冷たい瞳だけ。


「ただの配達人だ」


「は?」


「借金の回収にな」


 矢を構える。


 黒崎の額から汗が流れる。


「待て!」


 黒崎が叫ぶ。


「金か!?」


「違う」


「女か!?」


「違う」


「じゃあ何だ!」


 玲司は少しだけ黙った。


 そして答えた。


「約束だ」


 リーとの約束。


 神崎との約束。


 あの島で死んだ人達との約束。


 ブーストを二度と世に出さないという誓い。


 黒崎は震えた。


 理解できない。


 金でも権力でもない。


 損得で動かない人間を相手にするのが一番怖い。


 その時だった。


 黒崎がポケットから注射器を取り出す。


 中には青い液体。


 ブースト。


「なら死ね!」


 自分の首へ突き刺した。


 玲司の目が細くなる。


 筋肉が膨張する。


 血管が浮き出る。


 身体が変形する。


 理性が壊れていく。


 無人島で何度も見た光景だった。


「ハァァァァァァァ!」


 怪物が突撃する。


 倉庫が揺れる。


 鉄骨が軋む。


 普通の人間なら絶対に勝てない。


 だが玲司は静かだった。


 ゆっくりと矢を一本だけ取り出す。


 リーが最後に教えてくれた型。


 最も得意な構え。


 呼吸を整える。


 そして放った。


 シュッ。


 矢は一直線に飛んだ。


 怪物の額へ吸い込まれるように突き刺さる。


 動きが止まる。


 次の瞬間。


 巨体が崩れ落ちた。


 轟音。


 静寂。


 決着だった。


 玲司はフードを被り直す。


 遠くからサイレンが聞こえる。


 もうすぐ警察が来る。


 その前に立ち去る。


 いつものように。


 倉庫街を離れようとした時だった。


 スマホが震える。


 メッセージ。


 送信者は美月だった。


『明日、空いてる?』


『映画行こう』


 玲司はしばらく画面を見つめた。


 そして少しだけ笑う。


「平和だな」


 返信を打つ。


『奢りなら』


 数秒後。


 返事が来た。


『ケチ』


 思わず吹き出した。


 無人島では想像もできなかったやり取りだった。


 玲司はスマホをポケットへしまう。


 夜風が吹く。


 フードが揺れる。


 背中には弓。


 腰には矢筒。


 誰にも知られないまま。


 誰にも感謝されないまま。


 それでも。


 守りたいものがある。


 だから戦う。


 都市伝説《弓矢の男》は今日も闇へ消える。


 あの日守れなかった未来を守るために。


 その戦いは、これからも続いていく。


 完

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