第一話 墜落
第一話 墜落
修学旅行の帰りだった。
機内には解放感が漂っている。
二年三組の生徒達は各々の席で騒いでいた。
スマホで写真を見せ合う者。
恋愛トークをする女子達。
お土産を交換するグループ。
そして。
「九条、次それ見せろよ」
「嫌だね。俺のスマホには国家機密しか入ってない」
「女の写真しかねぇだろ」
「正解」
笑いが起きる。
九条玲司は軽く肩をすくめた。
クラスでは有名だった。
金持ち。
遊び人。
女好き。
成績はそこそこ。
運動神経もそこそこ。
人当たりは良い。
しかしどこか軽薄。
そんな評価を受けている。
玲司も別に否定しなかった。
わざわざ本当の自分を見せる必要はない。
窓際の席から客室を眺める。
いつものように観察する。
人間の癖だ。
三年前から。
ずっと。
◇
前方。
高城隼人。
クラスの人気者。
スポーツ万能。
顔も良い。
教師受けも良い。
将来間違いなく出世するタイプだ。
その隣には女子達。
中心にいるのはギャルの姫川愛莉。
明るく派手でクラス上位グループの中心人物。
後方では委員長の榊原雪乃が本を読んでいる。
学年トップの成績。
真面目。
責任感が強い。
頼れるタイプ。
通路側には久我翔。
軽い性格のムードメーカー。
良く言えば楽天家。
悪く言えば馬鹿。
そして最後に。
一人離れた座席。
李美月。
黒髪の少女。
静かで目立たない。
クラスでもほとんど誰とも話さない。
だけど玲司は知っていた。
彼女が本当は強い人間だということを。
◇
李美月。
三年前。
この島で出会った少女。
いや。
まだ本人は気付いていない。
玲司も名乗っていない。
だから向こうからすれば同級生でしかない。
だが玲司にとって違った。
彼女は守るべき存在だった。
三年前の約束だから。
◇
三年前。
父親とのクルーザー旅行。
玲司はまだ中学二年生だった。
父親との関係は良くなかった。
だが久々の旅行だった。
そこで嵐に遭った。
クルーザーが遭難した。
流された。
そして辿り着いた。
あの島へ。
◇
最初は本当に無人島だと思った。
だが違った。
そこには武装集団がいた。
傭兵。
兵器。
麻薬。
秘密施設。
そして。
檻に閉じ込められた少女。
李美月。
彼女だった。
◇
その地獄の中で玲司は出会った。
リーという男に。
元特殊部隊員。
脱獄兵。
美月の父親。
彼は玲司へ戦い方を教えた。
弓。
格闘術。
ナイフ。
追跡術。
生き残る方法。
全てを。
そして最後。
リーは命を懸けて娘を助けた。
施設を爆破した。
傭兵達を巻き込んだ。
そして死んだ。
◇
玲司も死にかけた。
大爆発。
沈む施設。
燃えるタンカー。
意識を失う自分。
そして目覚めた時。
そこにいたのは秘密組織だった。
救助隊ではない。
表に出ない人間達。
彼らは玲司の才能を見抜いた。
助ける代わりに誘った。
それから三年。
玲司は暗殺者になった。
◇
「おい九条」
声で現実へ戻る。
隣席の久我だった。
「ぼーっとしてどうした?」
「昔の女を思い出してた」
「最低だなお前」
「最高だろ」
二人で笑う。
演技だった。
本物の自分は出さない。
それが玲司の生き方だ。
◇
その時だった。
ガタンッ!
機体が大きく揺れた。
客室乗務員がバランスを崩す。
悲鳴。
ざわめき。
不穏な空気。
玲司の目付きが変わった。
一瞬で。
遊び人の顔が消える。
本能が警鐘を鳴らしていた。
おかしい。
ただの乱気流ではない。
◇
ゴォォォォォッ!!
衝撃。
機体が傾く。
荷物が落ちる。
誰かが叫ぶ。
「きゃああああ!」
「何!?」
「どうしたの!?」
警告音。
赤いランプ。
そして聞こえる機長の声。
『緊急事態です』
機内が凍り付く。
◇
玲司は窓を見る。
翼。
煙。
爆発。
その瞬間。
全てを理解した。
墜落する。
◇
悲鳴が響く。
泣く者。
祈る者。
固まる者。
教師ですら顔面蒼白だった。
だが玲司だけは冷静に周囲を観察していた。
衝撃への備え。
生存率の高い姿勢。
脱出口の位置。
水没時の行動。
全てを頭の中で組み立てる。
訓練通りだった。
◇
その時。
偶然目が合った。
美月だった。
少女は怯えている。
当然だ。
高校生なのだから。
玲司はほんの少しだけ笑った。
安心させるように。
すると美月も僅かに頷いた。
それだけだった。
◇
機体が海へ突っ込む。
轟音。
衝撃。
世界が反転する。
シートが壊れる。
ガラスが割れる。
海水が押し寄せる。
叫び声が消える。
そして。
玲司の意識も闇に沈んだ。
◇
次に目を開けた時。
そこは白い砂浜だった。
波が静かに打ち寄せている。
玲司はゆっくりと起き上がる。
頭は痛い。
身体も重い。
だが動ける。
生きていた。
周囲を見る。
生徒達もいた。
教師も。
荷物の一部も。
だが。
その景色を見た瞬間。
玲司の顔から笑みが消えた。
「まさか……」
呼吸が止まる。
あり得ない。
そんなはずはない。
しかし。
見間違えようがなかった。
沖合に見える崖。
山の形。
海岸線。
森。
全部覚えている。
忘れるはずがない。
三年前。
人生が壊れた場所だから。
玲司は震える声で呟いた。
「この島か……」
あの日の地獄が再び始まろうとしていた。




