6. 悪役令息
劇場に着くと、専用の通路に通される。皇族と友好国の王族以外は利用できない場所らしい。
誰もいない廊下を歩いていると、正面に立っていた男性が「ルーファス殿下」と恭しく声を掛けた。何かを話して、ルーファスは眉間に皺を寄せる。
「ノエル様、申し訳ございません。少々、母と話をして参ります」
「うん。俺もチケットのお礼をお伝えしたいんだけど……今は難しそう?」
「……私から申し伝えておきます。母との顔合わせは、また後日お願いしてもよろしいでしょうか」
「うん。こちらこそ、お願いします」
母君と会うのは、婚約者としての顔合わせになるのだと気付く。
婚約承認の手紙を見せて貰った日に、ご両親が忙しいから婚約の挨拶は後日、とルーファスから聞いていた。でも……この婚約はいつか解消されるものだから、合わせる顔がない。
「ノエル様、こちらに」
先に席に向かえばいいのかと思っていたら、すぐ近くのソファに促された。ソファの両側に、いつも護衛をしてくれる男性二人が立つ。
「すぐ戻ります。決して、ここを動かないでください」
「うん、分かったよ」
そんな、視線を合わせて子供に言い聞かせるようにしなくても。苦笑すると、ルーファスは心配そうに振り返りながら近くの部屋に入って行った。
(そういえば、外出は初めてだな)
外に出なくても不便がなかったから、気付かなかった。
今日は観劇が終わると遅い時間だから、今度街に出てみたいと言ってみようか。もう俺は主人じゃないから、ルーファスと並んで歩ける。一緒に食事をすることもできる。友人みたいに過ごせたら……。
「あれ? お前、まだ生きてたの?」
聞き慣れた声に、反射的に体が強張った。
振り向かなくとも分かる。この声は……あの子爵令息だ。
「そっかー、悪役令息の追放後エピソードなんて、どのルートにもなかったもんね」
その言葉に、弾かれたように顔を上げた。
金色の長い髪と、きらびやかな衣装。従者を四人も連れた彼は、ひと月前に見た時よりも宝飾品が増え、派手な装いになっていた。
(彼も、転生者だったのか……?)
口振りから、ここはゲームの世界で、彼は主人公なのだと理解した。そして俺は……やはり、悪役令息だった。
だからステファン様は彼に惹かれて、俺を断罪した。俺がどう足掻こうと、あの結末は変えられなかったのだ。
(俺とステファン様の過ごした時間は、無意味だったんだ……)
それならどうして、最初から冷遇されるシナリオにしてくれなかったのだろう。主人公を幸せにするためなら、俺のこの気持ちは必要なかったのに……。
じわりと視界が滲む。うつむいて膝の上で拳を握ると、護衛の二人が、俺と子爵令息の間に立った。
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です。彼と話をさせてください」
「もしかしてそれ、護衛? 金持ちのジジイの妾にでもなった?」
護衛の向こうから、嘲笑する声が聞こえる。護衛の一人は俺の前から離れず、もう一人は俺の様子を心配してくれてそばに屈んだ。
この廊下を通るなら、王族関係者だと理解している。だから彼らは子爵令息に対して何も言えない。
「お前なんて誰にも愛されないんだから、野垂れ死んだ方が幸せだったんじゃない?」
「……ノエル様。お席にご案内致します」
そばに屈んだ護衛が、優しく微笑みかけてくれる。
彼らは、突然婚約者として現れた俺のことも厭わずに、受け入れてくれた。俺が馬鹿にされることは、彼らの矜持を傷付けることにもなる。
グッと涙を堪えて立ち上がり、子爵令息の前に進み出た。
「ご挨拶が遅れ、失礼しました。ご無沙汰しております。隣国の第二王子殿下の婚約者様に、この国でお会い出来るとは思いませんでした」
「っ……尻尾巻いて逃げればいいのに……ここには旅行で来たんだ。ステファン様が、結婚前に僕をいろんなところに連れて行ってあげたいって言ってくれてね」
「そうでしたか」
“結婚前”を強調されたけど、俺は穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。
そのステファン様は、どこにいるのだろう。前世で小説や漫画を読みすぎたせいか、この国に対して良からぬことを考えているのではと警戒してしまう。
「お前は、ステファン様と旅行したことある?」
「国内ですが、王家所有の保養地で数日ご一緒させていただいたことは、何度か」
「は? 何それ、マウント取ってんの?」
「何のことでしょう?」
わざとらしくとぼけて首を傾げた。
(旅行……か)
保養地に滞在したことはあるものの、公務に同行して泊まるだけだった。勿論部屋も別だ。
それを知らない彼は、俺たちに体の関係があったと誤解したのか、顔を真っ赤にして怒り出した。
「今更マウント取ろうとしたって無駄だよ! お前はステファン様に捨てられたんだから!」
あまりの大声に、さすがに彼の従者たちも顔色を変える。この廊下の先には、皇族や王族が観劇する部屋があるからだ。
「僕の身分を馬鹿にしたお前が、平民落ちなんて笑えるっ……お前! 土下座して僕に許しを乞えよ!」
これが、彼の本性なのか……?
優雅な仕草と花が綻ぶような笑顔で、あっという間に人々を魅了した。それはゲームの主人公であって、転生した彼自身は全く違う性格だったのか?




