13.今と未来
「そういえば、さっき誰か来てたのか?」
「ノエル様を狙う悪い虫でしたので、追い払っておきました」
「そ、そっか……」
あまりにいい笑顔。きっと相手は、俺の母国の国王陛下だろうなと分かる。ルーファスの言い方はあれだけど、陛下も俺にちょっかいをかけてルーファスをからかっているみたいだし、良好な関係なら喜ばしいことだ。
でも。
「ルーファス。何かあったのか?」
「いえ、何も」
「あっただろう? 何だか、不安そうな顔してる」
主従関係の間もずっとルーファスの傍にいたのだ。そのくらいは分かる。
「もし俺が関係しているなら、聞いておきたい。誤解とか擦れ違いでルーファスとの関係にヒビが入るようなことがあったら嫌だから、しっかり話し合っておきたい」
恋愛作品はそれで拗れることが多い。情報共有と話し合いは大事だ。
ジッと見据えると、ルーファスはおそるおそる口を開いた。
「もし、あの男が……よりを戻したいと懇願してきたら、ノエル様はどうなさいますか? 国外追放は、あの男にはどうにも出来ない理由があったとしたら……」
(ステファン様が、そんな話を……?)
いや、これは、もしもの話だ。本当にステファン様がよりを戻したいと言っていたなら、何があろうとルーファスが俺に伝えるはずがない。だとすると、実際に起こったのは、国外追放の理由の方だろう。
国王が溺愛していたステファン様にもどうにも出来ない理由が、あるのだろうか。
(どうにも出来ない理由……あるよな……)
物語の強制力だ。ステファン様が子爵令息を好きになり、俺を国外追放するという。
でもそれをルーファスが知るはずがないから、きっとそれ以外の理由があったのだろう。それでも……。
「どうもしないよ。理由がどうでも、俺と両親が追放された事実は変わらない。俺はもう、あの人の元に戻るつもりはないよ」
だって俺の心はもう、少しだってあの人の元にはない。
劇場で再会した時も、あの人は俺じゃなくて彼を選んだ。だからもう、あの人の人生に俺が関わることは二度とないんだ。
「ルーファスが俺たちを助けてくれた事実も変わらない。ルーファスが望んでくれるなら、俺はこれから先もずっと一緒にいたい。それに俺は……ルーファスのことが、恋人として好きだから」
「ノエル様……」
「これから先も……今までも、たとえ何があったとしても、俺はずっとルーファスのそばにいるよ」
物語の強制力があったとしても、ルーファスなら、止めようとすれば国外追放を止められたのかもしれない。ステファン様と子爵令息の方を追い出して、俺たちはそのまま国に留まることも出来たかもしれない。俺が侯爵家を継いで、ルーファスが婿入りすることもきっと出来た。
それをしなかったのはきっと、あの国が俺たちにとって良くないと判断したから。父上と母上は、あの国はもう駄目かもしれないと言った。もしかしたらルーファスも、同じ気持ちだったのかもしれない。
「俺はもう、今と未来しか見ていない。ルーファスも今を幸せだと思ってくれているなら……」
「幸せに決まっています」
「それなら、これからは過去じゃなくて、未来の話をしよう」
そう言った途端、ルーファスに苦しいくらいに抱き締められた。
「ノエル様の未来を、私にくださるのですか……?」
「あげるよ。俺の全部を、ルーファスにあげる」
自然とそんな言葉がこぼれる。すると俺を抱き締める腕が、ぴくりと震えた。
「だから、あの……キスとか、しても大丈夫だよ……? その先も……」
「っ、ノエル様」
「俺はルーファスと結婚するつもりだし、ルーファスもそうだろう?」
自分でも大胆なことを言ったものだと思う。でもまさか、ルーファスの強靱な理性を粉々にするほどとは思ってもみなかった。
◇◇◇
一つになれて幸せだ、と思う間もなかった。きっとルーファスもそうだろう。積年の想いが叶ったようなことを言っていたのに……いや、だからこそ、夢中で求めてくれたのだと思う。
ぼんやりとした頭で、目の前で揺れる髪を胸元に抱き抱える。
(黒髪……)
この世界に来て、ルーファス以外に一度も見たことのない色。
「ノエル様……」
ぐったりした俺を心配そうに覗き込む、黒曜石の瞳。
(綺麗だな……)
濡れ羽のような髪も、黒曜石を思わせる瞳も、とても綺麗だ。
俺にとっては、懐かしい色。優しい両親としっかり者の弟妹を思い出して、目の奥が痛む。
でも俺はこの世界で、元気に生きている。俺をこれ以上ないほど愛してくれる人がいるから、幸せだよ。そう、家族に伝えられればいいのに……。
「ルーファス、綺麗だ……俺、ルーファスの髪と瞳の色、大好きだよ」
大切な人がいる。一生を共にしたいと思える人がいる。だからみんなも、幸せに生きて。
無意識に流れた涙。柔らかな唇が頬に触れる。抱き締められて、温かい体温にほっと息を吐いた。
しばらくして、ルーファスが俺の頬にキスをする。そして、手が俺の脚に触れた。
「ノエル様、愛しています」
「うん、俺も…………え、あの、ルーファス……? 俺、もう……」
もう一回抱かれるのは、体力が……というか、これ以上は頭が馬鹿になる。駄目だと意思表示すればやめてくれると思ったのに、ルーファスは初めて見せる、とても意地悪な笑みを浮かべた。
「言ったでしょう? そのうち貴方を、泣かせて差し上げると」
「えっ? ……あっ! あれっ、そういう意味だったのかっ?」
以前に劇場で、ルーファスに本気で怒られたら泣くかも、と冗談を言った。確かに「そのうち」と言われたし、泣くのは怒られた時だけじゃないと言われた。その時のルーファスが何故か上機嫌で、それ以上追求しなかったけど……。
(まさかこんな意味とは思わないだろっ!?)
「る、ルーファスっ、俺、初めてなので……」
「ええ。優しく、泣かせて差し上げます」
「泣くの確定じゃん!!」
わっと文句を言うと、それはもう大層愛しげな笑顔を向けられた。
太ももにキスをされて……その後は比喩じゃなく、頭も体も馬鹿になるほどに抱かれた。
ただ、目が覚めたら、大罪でも犯したのかというほどに謝罪された。あの時のルーファスは、本当にずっと理性を飛ばしていたんだな。
俺をそんなにも欲しがってくれたことも、主人としてじゃなく伴侶として俺を求めてくれたことも、嬉しい以外になくて、早々に許してしまった。
仕方ないんだよな。俺はルーファスを……これ以上ないくらい、愛しているんだから。
-END-




