11.王族と皇族と俺
「それで、国に戻る件だが」
陛下の視線が俺に注がれる。
これ以上ないほどの温情だ。陛下が国を治めるなら、俺も両親もルーファスも、幸せに生きていけるはずだ。それでも……。
「……私はこの国で、平民として生きていきます」
ステファン様との思い出が残る場所に戻るより、新しい幸せを与えてくれた、この国がいい。
「これは、私個人の意見です。両親が帰国を希望した場合は、お聞き届けいただけますでしょうか」
「ああ。約束しよう」
陛下の返答に胸を撫で下ろす。
「私はルーファスの婚約者ですので、ルーファスがどうしたいかにもよりますが……」
「ノエル様……私は貴方といられれば、場所は何処でも構いません」
「そう言ってくれるなら俺は、この屋敷でずっと暮らしたいな」
想いを伝えると、ルーファスに手を繋がれて、額にキスをされた。
「初々しいことだな……」
「っ……大変失礼いたしましたっ」
「いや、ルーファス殿は、ここまで理性的な人間だったのかと感動しているところだよ」
言葉の意味が分からず困惑する。でも陛下の「まだキス止まりと聞いていたが本当らしい」と感嘆する声で理解した。
「私は、ノエル様を大切にしたいのです」
俺を見つめる瞳が優しく細められる。指先が唇に触れて、心臓が大きく跳ねた。
(婚前にキスなんてするわけがない、って主張したから……)
だから、最初のキス以来、唇にはされていない。
大切にされているのが嬉しい。それと同時に、ルーファスがその先もしたいと言うのなら、叶えたいと思う。俺はもうルーファスに恋をしているのだから、拒む理由はなかった。
ただ……男同士の行為の知識は皆無だから、まずはそれを調べるところから始めよう。
「大切にするのはいいが……ノエル殿。あなたは屋敷の外に出ていないと聞いたが、本当か?」
「……はい」
「ノエル様。外に出る必要はありませんよ」
「うん。いつも俺たちが不自由しないようにしてくれてありがとう。でも、前も言おうと思っていたんだ。買う物がなくても、俺、ルーファスと一緒に街に遊びに行ってみたいな」
仕事が忙しいルーファスに、遊びに行きたいなんて失礼だろうか。そう思っていると、陛下がクスクスと笑い出した。
「必要という言葉の認識が、こうも違うとは」
「陛下……?」
「他にも色々と誤解がありそうだ。ルーファス殿の婚約者は、随分と純粋無垢のようだからね」
「愛おしくてたまりません」
「惚気させるために言っていないよ」
陛下はまた笑い、肩を竦めた。
「だが、そうだな。私もノエル殿に興味が湧いてきたよ」
「え……」
「あの男の兄弟に渡すくらいなら、ノエル様を鎖に繋いで監禁します」
「はっ!?」
「怖い男だな。彼に逃げられるのも時間の問題ではないか?」
「……私に全く権力がないとでも?」
「思わないね。私も、戦争になると分かっていながら権力は使わないさ」
「戦争っ!?」
いちいち大きな声を出してしまった俺を、二人は何故か微笑ましく見つめる。
貴族令息らしからぬ反応だったと気付いてきゅっと唇を引き結ぶと、ルーファスに「愛おしいです」と頬にキスをされた。
「戦争は冗談だ。ルーファス殿はとにかく強くて、従う者も多いということだよ」
「ルーファスは、第十三皇子じゃ……」
「人を惹き付ける者に、肩書きは関係ないだろう?」
「妙な言い方をしないでいただきたい。単に家族仲がいいだけです」
「私に愛する者を奪われたと君が訴えれば、ルーファス殿の家族は戦争も辞さないだろう?」
「それは……」
「君はそれを利用することも厭わないのだから、私は権力でノエル殿を奪うことはしない。彼が私を好きになった場合は、私のせいではないから怒らないでくれ」
陛下がクスリと笑うと、ルーファスの眉間に深い皺が寄る。
(ルーファスは、家族仲がいいのか……)
義兄弟が多いと血で血を洗う権力争いが起こるイメージだったから、家族に大事にされているのは本当に嬉しい。
「俺は、ルーファスが好きだよ」
「ノエル様……」
「陛下はきっと、国のことを心配されてあんなことを仰ったんだ。……俺がお願いすれば、ルーファスは戦争も出来るし、本当に起こせる権力がある。そのことを、俺たちに自覚して貰いたかったんじゃないかな」
「ノエル殿には、お見通しだったか……」
俺の言った通りだと、陛下は苦笑する。
「戦争のこともだが……私は、弟のことで何の力にもなれなかった。ノエル殿には今度こそ幸せになって欲しくて、ルーファス殿の覚悟を試したのだ」
「試すなど、陛下はノエル様の兄ではありませんが?」
「ちょっ……ルーファスっ」
「かまわないよ。昔から私を尊敬も軽視もしないから、気に入っているんだ」
対等というのは居心地がいい、と陛下はクスクスと笑った。
「私は二人を心から祝いたい。前国王の死は他国のことだから、気にせずに盛大な結婚式を挙げてくれて構わないよ」
「言われずとも、家族と国民も張り切っております」
「そうか。国を挙げて準備をしているのか」
「結婚式の日は祝日に制定され、街は花で飾られ、一ヶ月間の祭りが開かれます」
「待って!? どういうこと!?」
思わず声を上げた。国を挙げて? どういうことだ?
「皇族の結婚は十五年ぶりですので」
「そんなに!?」
聞けば、第十二皇子とは十歳離れているらしい。
十三皇子だから自由にさせて貰っていると聞いていたから、てっきり皇帝陛下や兄弟とはそこまで親密ではないと思っていた。
(もしかして……皇帝陛下にも、婚約のご挨拶しないといけなかったんじゃ……)
挨拶もせず失礼な奴だと思われたかもしれない。血の気が引いたところで、ルーファスに背後から抱き締められた。
「愛おしくて外に出したくないと言い続けていましたが……両親の方から会いに来るそうです」
「はっ!?」
「会ってくださいますか?」
「えっ、あのっ……勿論っ」
「よかった……」
安堵する声に、心臓がぎゅうっとなった。
俺より八つも年上だけど、ルーファスには十二人も兄がいるんだよな……そう思うと、途端に可愛く思える。
「明日の昼過ぎに来るそうです」
「急だな!?」
「視察で近くに来るので、ついでに寄るそうで」
「フットワーク軽いっ……」
「侯爵家にお仕えしていた頃も、国際会議で近くに来たからと、度々会いに来ていました」
もう言葉も出ない。ツッコミ疲れてしまった。
皇族が近くまで来ていたこともだが、侯爵家の子供に仕えていると知って、ご両親は怒りはしなかったのだろうか。
「いつかノエル様と結婚するのだと言ったら、母には、ステファン王子を消せばすぐに出来ると言われましたが」
「血筋だぁ……」
ルーファスは、疑いようもなく母君の子だ。ステファン様は生きているから、きっとその時は皇帝陛下が止めてくれたのだろう。
「それを兄の私に聞かせるということは、私はルーファス殿に相当信用されているということか」
「陛下の真意を確かめる意図もありました」
「うん? ……ああ、弟のことか。心配しなくとも、あれを兄弟とは思っていない」
いまいち噛み合わない会話に首を傾げていると、陛下の視線が俺に向けられた。
「ノエル殿。母国に戻りたいと思ったらいつでも手紙をくれ。それと……独占欲の酷い婚約者から逃げたければ、私が助けになるよ」
「っ……陛下っ」
国王陛下から手の甲にキスをされ、恐縮のあまり固まってしまう。
いや、ルーファスも皇族だけど……ルーファスはルーファスだし……。
そう思っていると、グッと背後に引き寄せられた。
「陛下は、開戦をご希望で?」
「ただの親切心だよ。ルーファス殿が、彼に見限られなければいいだけの話だ」
「っ……」
ルーファスの縋るような瞳と、陛下の面白がっている笑顔が俺に向く。
「……ルーファス。俺たちは結婚するんだろう? 戦争するより、結婚式の準備をする方が大事だよ」
我ながら、もっと上手いことは言えなかったのかと頭を抱えたくなる。戦争と結婚準備なら、戦争の方が大ごとだろう。
「ノエル様の仰る通りです」
(あっ、これでいいんだっ?)
「私との結婚以上に大事なことはない、私を見限ることはなく、国王陛下には戦争を仕掛ける価値もない、と考えてくださっているのですね」
「う……結婚式、大事だよ」
三つ目の言葉には同意できず、曖昧に濁した。いくら王族と皇族でも、さすがにここまで言うのは……。
「ルーファス殿のことは、ノエル殿に任せておけば安心だな。では、私は帰るよ。結婚式でまた会おう」
俺の心配を余所に陛下はクスクスと笑い、「お幸せに」と優しい笑顔を残して颯爽と去って行った。




