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蒼龍くん物語エピソードゼロ:「十龍図」若き日の玄龍の心の旅  作者: 蒼龍 堅明


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第八話:人龍倶忘(にんりゅうぐぼう):己という存在さえも忘れ、真理と一体になる

親友・黒龍こくりゅうを闇へと見送り、絶望の淵に立たされた玄龍げんりゅう

追い求めてきた「龍」も、それを捜していた「自分」さえもが消え去る、精神的な死と再生が描かれます。

すべてを失った荒野で、独り雨に打たれ続ける玄龍が辿り着いた、真実の景色とは。

激しかった雨は、いつしか音のない霧雨へと姿を変えていました。


黒龍が消え去った地には、もはや村人たちの狂乱もなく、ただ泥にまみれた「空っぽの鳥籠」と、黄金のうろこを虚しく濡らす玄龍が残されていただけ。


「俺は……一体何をしていたのか」


友を救うために力を磨き、友を追うために山を降りた。

しかし、その結末がこれだ。

救いたかった友は魔王へと堕ち、守りたかった約束は、泥濘ぬかるみの底へと沈んだ。


玄龍は、その場に力なく膝を折りました。

かつてあれほど誇りとした黄金の巨躯も、鋼のような意志も、今はただのなまりのような重荷にすぎません。


「龍」など、どこにもいなかった。

そして、そんな幻を追い求めていた「俺」という存在も、何一つ、意味など持たなかったのだ。


玄龍は、深い静寂の淵へと沈んでいきました。

怒りも、悲しみも、後悔さえも、絶え間なく降り注ぐ雨がすべてを洗い流していく。

自分が誰であるか。何を目指していたのか。それら一切の執着が、白く煙る霧の中に溶けて消えていく感覚。


そこにいたのは、黄金の龍ではなく、ただ冷たい大地の上に置かれた、一つの石塊のような「無」の存在。


どれほどの時間が流れたことか。

ふと、玄龍は気づいた。


自分という器を空にしたとき、そこには、世界を包み込む雨音だけが響いていました。

枯れた大地に染み込む水の音。遠くで芽吹こうとする命の微かな息吹。

自分を「特別な者」だと信じていた慢心が消え去ったとき、初めて彼は、世界そのものと一つに溶け合っていたのです。


追い求めた理想(龍)を忘れ、それに執着していた自分(人)をも忘れる。

そこには、もはや葛藤はなく、ただ「あるがまま」の真実だけが横たわっていました。


玄龍は、ゆっくりと目を開けます。

黄金の鱗は、もはやギラついた虚飾の光を放ってはいません。泥に汚れ、雨に打たれ、周囲の風景に静かに馴染んでいました。


「……そうか。最初から、何も無かったんだな」


言葉は、湿った風に消える。

しかし、その胸の奥に、かつてのような焦燥に満ちた空洞はありません。

すべてを失い、空っぽになったからこそ、世界を丸ごと受け入れられる広大な心が広がっていたのです。


玄龍は、泥の中から「空っぽの鳥籠」を静かに拾い上げました。

それはもはや、失われた過去の象徴ではなく、ただの古びた竹細工。けれど、そこには確かな竹のぬくもりがありました。


玄龍は立ち上がり、静かに歩み出します。

もはや、力強く大地を蹴る必要はない。

ただ風が吹くように。ただ雨が降るように。

彼は、新たな「一歩」を刻みました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


自分という執着を捨て、追い求める理想さえも忘れ去る。

それが、十龍図における「人龍倶忘にんりゅうぐぼう」の境地です。

すべてを失ったことで、お山の玄龍さまは初めて、世界と一つになる「空」の入り口に立ちました。


しかし、物語はここで終わりではありません。

「空」を知った者は、再び日常の景色の中へと戻っていくことになります。


次回、第九話「返本還源へんぽんかんげん」。

戻ってきた道場で、玄龍が手にするのは剣ではありません。

修行の果てに辿り着いた、あまりにも「当たり前」で、あまりにも尊い結末とは。


合掌

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