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勇者の処刑場

「急ぐぞ! 神都が魔王軍の襲撃を受けているという噂は本当のようだ!」


選ばれし勇者レオンと、彼を取り巻く優秀な冒険者たちは、息を切らして神聖教国の首都へと駆け込んでいた。

辺境で女神の祝福を受け、数々の試練を乗り越えてきた彼らの胸には、「我らこそが世界を救う希望である」という絶対的な自信と使命感が満ち溢れていた。


だが、彼らが踏み入った神都に、かつての威容は微塵も残されてはいなかった。

天を突く白亜の大聖堂も、煌びやかな石畳の街並みも、すべてが平等に灰色の瓦礫と化し、死の静寂だけが無限に広がっている。


「……嘘だろ。これが、あの神都なのか……?」


呆然と立ち尽くすレオンたちの足元で、不意に瓦礫の一部がゴトリと動いた。

見れば、地下下水道へと続く隠し通路の扉が僅かに開いている。レオンは意を決し、仲間たちと共にその暗く湿った地下空間へと足を踏み入れた。


「うっ……!?」


地下に降り立った瞬間、レオンは思わず鼻をつまみ、顔をしかめた。

汚水と、汗と、そして何日も洗われていない群衆の体臭が混ざり合った、酷く鼻をつく強烈な悪臭が空間に充満していたからだ。


そこには、教国が誇っていた傲慢な元貴族たちや、狂信的な神官たちなど、数千人にも及ぶ生き残りが、ネズミのように身を寄せ合って隠れ住んでいた。

絶望に支配されていた彼らの濁った瞳が、レオンの腰に提げられた『勇者の聖剣』を捉えた瞬間、異様な熱を帯びて見開かれた。


「お、おおお……! 見よ、あの剣を! 女神様は我らを見捨ててはおられなかった!」

「勇者様だ! 勇者様が駆けつけてくださったぞ!!」


悪臭漂う地下室に、狂気じみた歓声が爆発する。

群がってくる神官や貴族たちは、「勇者様を筆頭に反撃軍を組織しよう!」「あの憎き魔女の首を獲るのだ!」と、勝手に気勢を上げ始めた。

彼らの熱狂的な称賛を浴びたレオンもまた、己のヒロイズムを激しく刺激され、力強く頷いた。


「皆、もう心配はいらない! この勇者レオンが、必ずお前たちを救い出し、魔王軍を打ち倒して見せる!」


そうして結成された数千の即席『反逆軍』は、意気揚々と地下から這い出し、瓦礫の山を乗り越えて街の中心地へと進軍を開始した。


やがて彼らの眼下に、すり鉢状に吹き飛ばされた大広場の跡地が見えてきた。

その中心には、不気味なほどに禍々しい漆黒の玉座が置かれている。そしてそこには、足を組み、退屈そうに頬杖をつく一人の少女――『六指ろくし』のアリアが、たった一人で腰掛けていた。


「見ろ! あの魔女は一人だ! 悪魔の軍勢はどこかへ出払っているぞ!」

「今こそ大将首を獲る好機! 勇者様、我らに続きなされ!」


反逆軍の戦士たちは、勝利を確信したかのように歓喜の声を上げ、武器を振りかざして一斉に玉座へと突撃を開始した。レオンもまた、聖剣を抜き放ち、彼らの先頭に立って駆け出した。


だが、彼らは知る由もなかった。

自分たちが、死地へと続く美しいレッドカーペットの上を、自ら喜んで歩かされているだけの滑稽な道化であることに。


レオンたちが玉座の目前まで迫り、完全に退路を断たれる位置まで踏み込んだ、その瞬間。


ゾワァァァァァァッ!!


瓦礫の死角、空を覆う灰色の雲の中、そして彼らの足元の影から。

潜んでいた数千の悪魔の軍勢が、まるで泥水が湧き出すように一斉に姿を現したのだ。


「なっ……!? まさか、罠か!?」


レオンが足を止めた時には、すでに手遅れであった。

最初から「敵を一箇所に集めるため」に、アリアは無防備を装って彼らを誘い込んでいたのだ。


「ぎゃああああッ!?」

「た、助け……ヒィィィィッ!」


突撃した反逆軍は一瞬にして悪魔たちに完全包囲され、悲鳴を上げる間もなく、次々と無惨な肉塊へと変えられていく。飛び交う鮮血と臓物が、灰色の瓦礫を瞬く間に赤黒く染め上げていった。


その凄惨な虐殺劇を、玉座のアリアはひどく冷めた瞳で見下ろしていた。


「……中途半端に馬鹿な人間は行動の察しが付きやすくてありがたい」


アリアの酷薄な呟きが、絶叫の響く処刑場に静かに溶けていく。

自分のせいで仲間たちが一方的に惨殺されていく光景に、レオンはパニックに陥りながらも、玉座のアリアに向けて狂ったように聖剣を振りかぶった。


「き、貴様ァァァァッ!!」


だが、その剣が届くことは、永遠になかった。

アリアが冷たい瞳でレオンを「睨みつけた」だけ。ただそれだけで、彼女の全身から底知れぬ深淵の『魔力の重圧プレッシャー』が爆発的に放たれたのだ。


「ガ、アァァァァァッ!?」


見えない巨大な巨人の足で踏みつけられたかのように、レオンの身体が強引に地面へと叩きつけられる。

全身の骨が軋み、内臓が押し潰されるような絶対的な重圧。レオンは腰を完全に抜かし、握っていた聖剣を取り落とし、カエルように這いつくばることしかできなくなった。


「あ、あ、ああ……」


歯の根が合わず、無様な呻き声を漏らすレオン。

その目の前で、アリアがゆっくりと玉座から立ち上がった。


彼女の右手に握られていたのは、世界を焼き尽くす破滅の象徴たる漆黒の魔剣『レーヴァテイン』。

刃から禍々しい黒炎を立ち昇らせ、周囲の血を啜るように明滅するその恐るべき切っ先が、這いつくばるレオンの首筋へと、氷のように冷たく突きつけられた。


「ひっ……!」


もはや命乞いの言葉すら紡ぐことができず、レオンはただ涙と鼻水を流しながら、己の死を待つことしかできなかった。


だが、アリアは魔剣を振り下ろすことはしなかった。

彼女の瞳に浮かんでいたのは、敵意ですらない。道端の石ころを見るような、完全なる「見下し」と「無関心」であった。


「……お前が救いたかった世界など、とうの昔に死んだ。一生そこを這いつくばって、己の無力さを呪いなさい」


その宣告は、レオンの「勇者」としての尊厳と心を、根元から完全にへし折る死刑宣告に他ならなかった。

アリアは殺す価値すら見出せないというようにレーヴァテインの切っ先を収めると、レオンには二度と一瞥もくれることなく、背を向けて玉座へと歩み去っていった。


後には、無惨に散らばった数千の肉塊と、血の海の中で永遠に立ち上がることのできない廃人となった男だけが、ただ虚しく残されたのであった。

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