血塗られた玉座
――ドゴォォォォンッ!!
アリアの祈りの間に、分厚い石の壁を粉砕して巨大な顎が突っ込んできた。
漆黒の体毛と四つの赤い眼を持つ、城壁ほどもある魔獣。
王国の近衛騎士団を容易く噛み砕いてきたその化け物は、祭壇の前に立つブライスと、へたり込むアリアを次の餌と認識し、鼓膜を破るような咆哮を上げた。
「ひっ……!」
アリアは絶望に顔を覆った。
だが、深闇の黒衣を纏うブライスは、迫り来る死の巨躯を前にしても、眉一つ動かさなかった。
ただ、退屈そうに薄く息を吐き、右手の指を軽く鳴らす。
――パチン。
その乾いた音が響いた瞬間、ブライスの足元に伸びていた漆黒の影が、まるで底なしの泥沼のようにドロリと広がった。
「……お呼びでしょうか、我が主様」
影の中から、音もなく一人の男が這い上がり、ブライスの傍らに恭しく跪いた。
完璧に仕立てられた漆黒の外套。片眼鏡の奥で冷たく光る、深淵の瞳。
かつて魔の王の側近として天界を蹂躙した悪魔にして、今は王の直属たる『十指』の第一位――一指のヴァイスである。
「ヴァイス。眠りが深すぎたようだ、外の獣どもが耳障りでならない。……排せ」
「御意のままに。王の御前に、不浄なる血の匂いは不要にございます」
ヴァイスが恭しく一礼し、ゆっくりと立ち上がった。
次の瞬間、襲いかかろうとしていた巨大な魔獣の動きが、空中でピタリと静止した。
「ガ、ギ……ッ!?」
魔獣自身の足元から伸びた影が、無数の鋭い刃となって、魔獣の四肢と胴体に深く突き刺さっていたのだ。
「消えなさい」
ヴァイスが指先を軽く振るう。
ザンッ!! という無機質な切断音と共に、城壁ほどの巨体を誇った魔獣が、一瞬にして何百もの肉塊へと細切れにされ、血の雨となって崩れ落ちた。
「な……」
アリアは声を出せなかった。
国を滅亡に追いやった規格外の化け物が、瞬きをする間に消滅したのだ。
だが、第一の悪魔の行動はそれだけでは終わらなかった。
「……『深淵の庭』」
ヴァイスの足元から放たれた影が、生き物のようにうねりながら、王城全体、そして城下の街へと瞬く間に広がっていく。
街を蹂躙していた数万の魔獣たちの足元から、一斉に処刑の影刃が突き出された。
悲鳴すら上がる暇はなかった。
数秒。たった数秒の間に、この小国を埋め尽くしていた魔獣の大軍勢は、第一の悪魔の影によってただの一匹残らず刈り取られ、完全なる静寂が訪れた。
「不浄なる者どもは、すべて影の底へ沈めました、我が主様」
ヴァイスが再び跪き、恭しく報告する。
アリアは、目の前で起きたあまりにも次元の違う光景に、ただ震えることしかできなかった。
神の奇跡などという生易しいものではない。これは、圧倒的で絶対的な『蹂躙』だ。
ブライスは、血の海と化した祈りの間を静かに歩み出した。
その足取りには、一国の王城を歩くような遠慮は一切ない。己の庭を歩くような、絶対的な支配者の歩みだった。
彼は祭壇の奥、この国の王が座るはずであった玉座――今は魔獣の爪痕で無惨に破壊され、血に濡れたその椅子に、悠然と腰を下ろした。
足を組み、頬杖をつきながら、ブライスは床に這いつくばるアリアを見下ろす。
その視線は、冷酷でありながら、深淵の底のように全てを見透かす知性を帯びていた。
「さて」
静寂を取り戻した王城に、覇王の冷たく、重厚な声が響き渡る。
「僕が永い眠りについている間に、この世界はずいぶんと奇妙な形に歪んでしまったようだ。……あの愚かな女神が遺したこの世界で、何が起きているのか」
ブライスは、底知れぬ魔力を孕んだ瞳で、アリアを射抜いた。
「詳しく聞かせてもらおうか。僕が定めた理を、勝手に書き換えた者が誰なのかを




