七色の結界と、優しき竜王の帰還
第七地区、始まりの村。
夜の静寂の中、村人たちはいつも通りの穏やかな眠りについていた。
ただ一人、魔術の才を持つ少女エルナと、その師匠であるロゼだけが、夜空の異変に気づいて外に飛び出していた。
エルナ
「師匠……! なんですか、あれ……! 遠くの山が、光って……」
ロゼ
「馬鹿な……。あの規模の魔力収束、戦略級の魔導砲術だと!? なぜ人間の軍が、自国の辺境の村に向けてあんなものを……!」
ロゼは顔面を蒼白にさせながら杖を構えたが、自身の魔力では到底防ぎきれない規模だと本能で理解していた。
逃げる時間すらない。数秒後には、村ごと地図から消し飛ぶ。
閃光。
夜を昼に変えるような極太の魔力砲線が、山の稜線を越えて村へと一直線に撃ち下ろされた。
エルナ
「きゃああああかっ!!」
ロゼがエルナを庇うように抱きしめ、目を閉じた――その瞬間だった。
パァァァァァァンッ……!!
村の全域を覆い尽くすほどの、巨大で美しい『七色の半球状結界』が展開された。
かつて、ブライスが孤児を守るために無意識に発動し、冒険者の魔法を倍にして跳ね返した絶対防壁。
魔導砲の極太の光線は、その七色の結界に触れた瞬間、ギィィィィィンッ!という耳障りな音を立てて完全に相殺され、霧のように四散した。
ロゼ
「なっ……!? 防いだ!? こんな規格外の結界、一体誰が……」
バサァァァッ!!
突風が巻き起こり、月明かりを背にして上空から一つの影が降り立った。
赤い鱗の翼。黒い角。そして、金色の縦長瞳孔。
村から去ったあの夜よりも、さらに「魔」としての威容を増した半魔の姿。
エルナ
「……ブライス、お兄ちゃん……?」
ブライス
「ごめん、遅くなった。……怪我は、ない?」
村の広場に降り立ったブライスは、震えるエルナとロゼを見て、ホッと息を吐いた。
魔導砲の轟音で目を覚ました村人たちも、家から次々と飛び出してきて、結界とブライスの姿に呆然としている。
ロゼ
「お前……。あの夜、村を出ていったお前が、なぜ……」
ブライス
「……僕の、大切な場所だからです」
ブライスはそれだけ言うと、ゆっくりと山の稜線――魔導砲を撃ち放った人間国の軍隊がいる方向へと向き直った。
その瞬間、ブライスの纏う空気が、優しき青年から「冷酷な竜王」のそれへと激変した。
ブライス
「お前ら……何の罪もない子供たちや、優しくしてくれたお爺さんを……実験で消し飛ばそうとしたな」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ブライスの足元の地面が、圧縮された魔素の重圧でメキメキと陥没していく。
空に待機させていた数十頭の火竜たちすら、王のあまりの怒気に震え上がり、雲の上に身を隠すほどだった。
山の稜線に展開していた人間国の兵士たちは、自分たちの切り札である魔導砲が完全に防がれた上に、村から立ち上る異常な魔力にパニックを起こしていた。
兵士A
「ば、馬鹿な! 魔族特効の魔導砲がノーダメージだと!?」
兵士B
「おい、村の中から何か来るぞ! 赤い翼……! 報告にあった、古代竜の化身だ!!」
ブライス
「――《黒影の裁き(シャドウ・ジャッジメント)》」
ブライスが静かに右手を天に掲げた。
その瞬間、兵士たちの足元の「影」が一斉に実体を持ち、鋭い槍となって彼らの四肢を貫き、身動きを完全に封じた。
ブライス
「もう二度と、この村に近づくことすら考えられないようにしてやる」
ブライスが腕を振り下ろすと同時に、極大の炎球が人間国の軍事部隊の中心へと着弾した。
轟音すら遅れて届くほどの圧倒的な破壊。
軍隊ごと魔導砲は跡形もなく消し飛び、山の稜線が抉れ、地形そのものが変わってしまった。
⸻
炎が収まり、静けさが戻った村の広場で、ブライスはゆっくりと振り返った。
ブライス
「……脅かして、ごめんなさい。もう、安全だから」
角と翼を持ったまま、ブライスは少し悲しそうに微笑んだ。
きっとまた、化け物だと恐れられる。そう思って、再び飛び去ろうと背中を向けた時だった。
エルナ
「待って……っ!!」
背中から、エルナが飛びついてきた。
大粒の涙を流してしがみつくエルナに、ブライスは目を見開いた。
エルナ
「ごめんなさい……! 私のせいで、ブライスお兄ちゃんが村を追い出されちゃったのに……! また、私たちを助けてくれた……っ!」
村長
「ブライス……あんた、私たちのために、ずっと……」
お爺さん
「本当に……すまなかった。お前さんがどんな姿だろうと、その優しい心は、村にいた頃と何も変わっちゃいねぇのに……」
村人たちが、恐怖するどころか、涙を流しながら次々とブライスに歩み寄ってくる。
ロゼ
「……負けたよ。私は、魔素の濃さだけでお前を敵だと判断した。だが、お前は誰よりもこの村の人間を守ろうとしてくれていたんだな」
ロゼが杖を置き、深く頭を下げた。
ブライス
「みんな……」
赤い翼を広げた異形の姿のまま、ブライスはポロポロと涙をこぼし、エルナの頭を優しく撫で返した。
絶望と怒りの果てに、ようやく彼が心からの「和解」を手に入れた、温かい夜だった。




