影の使者と、異界の智
帝国魔術研究所の一室。
サリエラから渡された人間国の機密情報を眺めながら、ブライスは思考を巡らせていた。
そこには「魔族特効兵器」の開発拠点や、関与している貴族たちの名が記されているが、あくまで廃人の一歩手前まで追い詰められた幹部の供述に過ぎない。
ブライス
「……情報は手に入った。でも、敵の懐に飛び込んで、現在の正確な動向をリアルタイムで掴む手段が必要だ」
サリエラ
「そうね。帝国の諜報員を送り込むのも手だけど、あいつら人間は『魔力感知』に過敏だわ。魔族が化けて潜り込んでも、高位の神官がいればすぐにバレるのが関の山よ」
サリエラが包帯越しに肩をすくめる。
魔族と人間、互いの憎悪が深いゆえに、潜入任務は困難を極めるのがこの世界の常識だった。
ブライス
「なら……この世界の魔術理論に基づかない『何か』を送り込めばいい」
ブライスの脳裏に、前世でプレイしていたステルスアクションゲームや、自身がかつて書いていた物語の情景が浮かび上がる。
人の目を欺き、音もなく闇に溶け、決して捕らえられない存在。
ブライス
「召喚魔法、か。今まで使ってこなかったけど、今の僕なら……」
ブライスは、かつて女神から与えられるはずだった、しかし今は自分の魂に深く刻まれている「神選の子」としての膨大なギフトの権能を探る。
そして、その中にある『万象召喚』の項目へ、自身のSSSランクの魔素を叩き込んだ。
ブライス
「イメージするのは、個人の意志を持たず、主の命令のみを遂行する純粋な影の断片。……顕現せよ、《隠密の影》」
ブライスの影が不気味に波打ち、床から真っ黒な液体のようなものが這い出してきた。
それは音もなく形を変え、ブライスと同じ背格好をした、顔のない漆黒の騎士のような姿へと変貌する。
リエル
「わぁ……ブライス様の影が、立ち上がったみたいです……!」
リエルが驚きに目を輝かせる。
現れたのは一体だけではない。ブライスの背後の闇から、次々と十数体の「影」が這い出し、整然と膝をついた。
サリエラ
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! 今の、何の詠唱も媒介もなしにやったの!? しかもこれ、魔力の反応が『無』に近いわ……。気配を消されたら、隣にいても気づけないレベルよ」
サリエラが鼻息を荒くして影を覗き込む。
この召喚体は、ブライスのSSSランクの魔力によって「存在そのものを希薄化」されており、この世界の探知魔法には一切引っかからない。
ブライス
「これに前世の知識……『忍び』や『諜報員』の概念を上書きする。影のまま地面を這い、必要とあらば対象の影に潜み、情報を収集せよ」
ブライスが命じると、影たちは一瞬で霧のように溶け、部屋の隅々へと散っていった。
ブライス
「これなら、人間国の王宮だろうが勇者軍の本拠地だろうが、誰にも気づかれずに潜り込める」
サリエラ
「……恐ろしいわね。あなたがその気になれば、寝ている間に人間国の首脳陣全員を暗殺することも可能じゃない」
ブライス
「そんなことはしませんよ。……まずは、あの『兵器』の正体をこの目で見極めたいだけです」
ブライスは静かに微笑んだが、その瞳の奥には冷徹な光が宿っていた。
召喚された影の部隊――《影の探索者》たちは、ブライスの意志を受け取り、夜の闇に紛れて人間国へと放たれた。
⸻
数日後。人間国の王都。
厳重な警備が敷かれた秘密研究所の地下。
技術者たちが、エルフの魔力器官を組み込んだ巨大な魔導砲の調整に追われていた。
技術者A
「よし、出力は安定している。これなら古代竜の鱗すら容易に貫通できるはずだ」
技術者B
「ああ、あの化け物さえ消せば、我々人間が再びこの世界の頂点に立てる」
彼らは気づいていない。
自分たちが立っているその足元の「影」の中に、主への報告を淡々と続ける漆黒の瞳が潜んでいることに。
ブライス(遠隔同期)
「(……見つけた。これが、魔族特効兵器の正体か)」
遠く離れた魔族領の研究所で、ブライスは影の視覚を共有し、人間たちの醜い野望を冷ややかに見つめていた。
ブライス
「(壊し甲斐が、ありそうだな……)」
魔族領で手に入れた「力」と「居場所」。
それを守るため、ブライスは音もなく、確実に、人間国の心臓部へとその触手を伸ばしていく。




